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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年2月号

先端技術とリハビリテーション

山内繁

平成7年に制定された科学技術基本法によって、科学技術立国をめざした科学技術振興策が確立しました。これに基づき、平成8年の第1期科学技術基本計画、平成13年に第2期科学技術基本計画が策定され、科学技術関連予算への重点配分が続いています。このような科学技術振興策を背景として、リハビリテーション分野においても、科学技術の成果、先端技術の活用に高い期待がかかります。

1 サリドマイド事件のこと

リハビリテーション分野に先端技術を導入しようとした最初の試みは、サリドマイド事件の時でした。サリドマイドというのは1957年にドイツで開発された催眠薬で、妊娠初期の妊婦が用いた場合に、重症の四肢の欠損症(無肢症、海豹肢症、奇肢症、母指三指節症)や耳の障害(難聴、無耳症、小耳症)など、「サリドマイド胎芽病」と呼ばれている障害を発生させた薬害事件でした。1961年には、これらの障害がサリドマイドによって引き起こされたものであることがドイツで明らかにされ、ドイツでは同年11月末には販売が停止されましたが、わが国では1962年9月まで販売が継続されたものです。

当時、サリドマイド児と呼ばれた被害者の支援のために各国でさまざまな対策がとられました。その中で最も期待されたものに、電動義手の開発プロジェクトがありました。

わが国でも1968年に当時の園田厚生大臣のお声掛かりで、「動力義手実用化特別研究班」(1968―1970年)が組織され、当時の先端技術を実用化して学齢期に達した被害者の支援に役立てようとしました。この研究開発は、科学技術庁(現 文部科学省)「動力補装具等の開発に関する総合研究」(1971―1973年)、科学技術庁(現 文部科学省)「マイクロコンピュータ制御による電動式前腕義手等の実用化開発」(1975―1978年)へと継続されました。当時の一般の研究開発プロジェクトに比べてかなり高額の研究費を投入し、当時の最先端技術による解決を図ったのですが、結果的には失敗したプロジェクトであると今では考えられています。

開発プロジェクトが成功と評価されるためには、ゴールとして設定した機器が実用化し、商品として市場に展開、実際にユーザーによって使用されることが必要です。

このプロジェクトからは早稲田大学の加藤一郎研究室で開発されたWIME(Waseda Imasen Mioelectric)ハンドが今仙技術研究所から商品化されましたが、当初意図した小児用前腕義手に仕上げることはできず、目的としていたサリドマイド児によって使われることはありませんでした。

その理由としては、私は次の二つの要因が大きいと考えています。

(1)設定したゴールを実現する技術シーズが十分に準備されていなかった

大規模で高度な集積回路技術とマイクロプロセッサー、マイクロアクチュエータ、ロボット制御技術など、ゴールを実現するために、現在ならば当たり前の技術を利用することができなかったために、軽量で操作性のよい義手というゴールを実現することができなかった。これは、ニーズ先行型の開発にありがちな問題点です。

(2)先端技術以外の手段を考慮しなかった

手を使えなかったサリドマイド児たちは、手の代わりに足を使うことを覚え、義手を使わない生活を選択しました。アメリカのHarold Wilkyさんなどをお手本にしていれば、このような代替手段も検討できたはずであったと思います。

このことでもって、当時の厚生省(現 厚生労働省)、科学技術庁(現 文部科学省)の担当官、研究開発の担当者を責めるには当たらないと思います。というのも、ヨーロッパ、カナダにおいても同様のプロジェクトが組織され、同じように「失敗」しているからです。スウェーデン、カナダなどにおいては幼児期の度重なる手術や家族と隔離された訓練等とあわせて、これらの開発プロジェクトに対する当事者の反感、批判は根強いものがあります。にもかかわらず、以下の点で、先端技術とリハビリテーションの関連において特筆すべき事件であったと考えています。

  1. 障害者のリハビリテーション分野への先端技術を導入する初めてのプロジェクトであった。
  2. 先端技術への取り組みの重要性が認識され、リハビリテーション工学の確立と関連組織の設立をもたらした。
    • 1969年 労災義肢センター設立
    • 1970年 国立身体障害センター補装具研究所設立
    • 1971年 アメリカでRehabilitation Engineering Research Center設立
    • 1971年 東京都補装具研究所設立
  3. 先端技術の分野から多くの人材をリハビリテーション分野に参入させた。

2 パソコンの出現と普及

先端技術がリハビリテーションの分野で実際に有効性を示したものに、FRP(繊維強化プラスティック)やチタンなどの材料分野もありますが、新たな支援の展望を開くとともに急速に普及したのが、パソコンとその応用でしょう。

世界で最初の一般用パソコンであるアップル2が発売されたのが1977年でした。わが国でも1980年代前半に各社からパソコンが発売され、ワープロとともに仕事場、家庭に情報機器が取り込まれるようになりました。最初は高価でしたが、価格の低下と高性能化が進み、インターネットの普及とともに急速に普及が進みました。

パソコンとリハビリテーションの関係は、主として二つの側面で進行してきました。

  1. 障害者がパソコンを利用して社会参加を促進する。
  2. パソコンの機能を利用して従来は不可能であった支援を実現する。

このうち、1.はディジタルディバイドを克服する課題として位置づけられ、主として入出力装置を改造・代替することによって障害者によるパソコン操作を可能としてきました。パソコンの心臓部はマイクロプロセッサーであり、2.はマイクロプロセッサーの能力を活用して環境制御装置やデイジー(DAISY)など、従来は不可能であった機能を実現したものです。パソコンの利用は今後さらに発展するでしょうし、マイクロプロセッサーを活用したロボットをはじめとする新しい機器が今後も発展を続けるものと思われます。

3 オーファンテクノロジーとユニバーサルデザイン

パソコンの代替入出力装置の場合、障害の特性に応じて機器が補うべき機能を明確にし、それを実現する機器を開発することになります。このような機器は一般に多品種少量生産型であって、市場規模の小さいのが特徴です。市場規模が30万人以下の福祉機器はオーファンテクノロジーと呼ばれ、対象とする障害に応じた特別の配慮が必要であると考えられています。伝統的な補装具の類はオーファンテクノロジーに区分されます。

これに対して、さまざまな人によって利用できるように配慮された製品や環境の重要性が認識されるようになり、ユニバーサルデザインやデザインフォアオールが提案されました。わが国では共用品として独自の発展を遂げつつあります。これまで私たちは障害者に有用な福祉機器の開発に際しては、オーファンテクノロジーとユニバーサルデザインのいずれかの立場に立って開発するのが常でした。特定の障害に特有の問題を解決する場合と、異なった障害にも共通に解決できる問題として取り組める場合とは、区別せざるを得なかったからです。

ところが、我々の生活に先端技術が取り込まれるにつれ、このような二分法に限界を感じるようになっています。先端技術、特にICT(情報コミュニケーション技術)の日常生活における役割が増大し、環境の構成要素から転化して、環境に不可欠の要素、環境そのものに転化しつつあります。我々の生活に対する環境の支配力は圧倒的であるため、障害の特性に応じたオーファンテクノロジーを開発する際にも、それと環境とを両立させる必要があり、ユニバーサルデザインとして環境側を再構成せざるを得ないことが起こり始めています。障害要因を当事者との接点のみならず、環境側との接点での解決も図る必要性が出てきはじめています。

たとえば、近い将来の先端技術に情報家電が想定されます。情報家電ネットワークは、照明、電動ベッド、電話、テレビ、ビデオ、ラジカセ、エアコン、窓や扉の開閉など環境制御装置のすべてを置き換えるのみならず、冷蔵庫の在庫管理まで行うことができます。こうなると、オーファンテクノロジーとしての環境制御機器の代わりに、ユニバーサルデザインとしての情報家電ネットワークを採用することになります。ただし、このネットワークには障害者の特別なニーズに対応した入出力端末が接続可能でなくてはいけません。

逆に言えば、これまではオーファンテクノロジーとして解決してきた課題を、環境側におけるユニバーサルデザインの課題として位置づけることによって解決を図ることができるようになるわけです。

これまでは、先端技術のメインストリームは障害には無関心であり、リハビリテーションに先端技術を転用する関係でありました。これからは、先端技術のメインストリームにあらかじめ解決策を準備しておくことが不可欠になるのです。

もし、このような準備をしておかなかったら、情報家電は障害者にとって新たなバリアとなるでしょう。このバリアの克服は、環境制御機器を家庭内の機器に接続するために払っている苦労を倍加させることになるでしょう。これは、個別対応的にオーファンテクノロジーを開発することに比べて遙かに大きな課題ですが、当面克服すべき最大の課題であると思います。

技術を有効に使うかどうか、どのようにニーズに合わせるのかなど、先端技術が有効であるかどうかはその使い方次第であり、技術が社会に深く組み込まれるにつれ、その組み込み方が問題になります。先端的であることに浮かれることなく、障害者のニーズに合った技術開発を今後も心がけたいと思います。

(やまうちしげる 国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所長)