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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年2月号

ワールドナウ

アルドレッド・ニューフェルド氏に聞く

〈聞き手〉松井亮輔

国際協力機構(JICA)の南部アフリカ障害者リーダーシップ研修(昨年11月25日~12月5日)の講師として来日(11月29日~12月6日)された、カナダ・カルガリー大学地域リハビリテーション・障害学科長アルドレッド・ニューフェルド氏(63歳)に、カナダにおける知的障害者の地域生活支援を中心にお話を伺った。

同氏は、もともとは心理学者(サスカッチワン大学大学院で心理学修士号、ハワイ大学大学院で心理学博士号をそれぞれ取得)であるが、博士課程修了後サスカッチワン州保健局で精神病患者やアルコール依存症患者のリハビリテーション支援や研究に従事。その後国立精神遅滞研究所長などを経て、1988年から1997年までカルガリー大学地域リハビリテーション学科地域インクルージョン支援チーム・コーディネーターを務め、1997年から現職。同氏はまた、1997年に国際労働機関(ILO)の支援を得て設立された「雇用・訓練に関する応用研究・情報世界ネットワーク(GLADNET)」(1997年~2003年会長)、障害者の所得創出戦略の国際調査(41か国を対象)、ロシアの精神保健システム改革支援を目的としたカナダ・ロシア共同プロジェクト、ならびにボスニア・ヘルツェゴビナの地雷などによる障害者を対象としたコミュニティベースド・リハビリテーションサービス(CBR)・システムづくりを目的とした日本・カナダ共同プロジェクトなど、障害分野のさまざまな国際協力・調査研究事業で指導的役割を果たされている。

6人家族で、奥様はカルガリーで店を経営。お子さんたちは社会人としてトロントなどで活躍されている。

▼日本では、知的障害者の地域対策が広まってきて、精神障害者は、昨年、今後5年間で7万2000人を地域で生活できるようにする方針が発表されました。カナダなどでは、知的障害者よりも精神障害者の地域生活支援対策が先に実施されたそうですが、それはどうしてでしょうか。

それは、歴史的な偶然であろうと思われます。19世紀からメンタルヘルスに関する関心が高まりました。英国では、第2次世界大戦の時マンパワーが不足したので、精神障害者を病院から労働市場に送り込んだ結果、精神障害者が地域で生活するようになりました。そのために地域対策が行われたのです。北米では、第2次世界大戦時に良心的戦争拒否者が精神病院で働き、その実態を知ることになりました。戦後、それらの人々が精神病院の批判をし、病院から地域へという流れになりました。彼らの運動だけでなく、家族会の強力な運動もありました。そして、1960年代には一般の人たちの人権意識が高まってきました。特にサスカッチワン州は、社会民主主義勢力が強く、先駆的なプログラムを繰り返し実施してきました。その結果、1965年に精神病院が閉鎖されたのです。そうした動きに影響されて、1970年代以降、知的障害児の親の会などが中心となり、知的障害者についても施設から地域への移行支援が積極的にすすめられることになったわけです。

▼カナダでは、障害者の地域生活支援対策が進んでいますが、グループホームはどのくらいあるのでしょうか。

現在、カナダには、グループホームはほとんど存在していません。たとえば、カルガリーにはグループプホームは4つくらいしかないと思われます。

1950年代末までは、ボーディングホームという、ボランティアが自分の家を開放して3~4人の知的障害者に生活の場を提供する形のものがありました。それが、1960年代になるとグループホームができました。これは、当初は、常駐するスタッフの支援を受けて、20人から40人くらいの知的障害者が共同生活する形態のものでした。1970年代後半から共同生活する人の数は6人以下(現在は、4人以下)に定められましたが、スタッフに管理されることが知的障害者に好まれず、今日では、単独生活や知的障害者とサポーターが2人で通常の家に住むのが普通になっています。このサポーターは、身体障害者である場合も多いのです。地域で生活するこれらの知的障害者に対しては、サポートセンターが訪問支援を行っています。

▼障害がある人たちのほとんどは、単独生活に近い形で地域の中で暮らしているんですね。それでは、非常に重い障害者はどうしているのでしょうか。

重度の知的障害者は、両親と一緒に住み、デイサービスセンターに通ったり、グループホームで生活することもできます。また、パーソナル・アテンダントをつける場合もあります。地域の中でどのように暮らすかは、ここ15年くらいの間に、本人や家族に判断を委ねるようになってきています。地域で生活し始めると生活力が向上し、独立生活ができるようになる場合が多い。保護的ケアが提供される施設に入所している場合には、そうした生活力がつかず、その点が大きな違いです。

▼グループホームはほとんどない、という先ほどの発言に驚いています。グループホームをやめるように政策を変更したのでしょうか。

カナダ国民は独立した生活を尊重する考え方を基本にしています。家族もまたそれを求めています。知的障害者にも独立生活が可能であることがわかってきたことから政策が変わってきました。いまでは、グループホームはミニ施設と考えられています。

▼そのような独立した生活形態を何と呼んでいるのでしょうか。

特に呼び方はありませんが、あえて言えば、(サポートセンターからの支援を受けての)単独生活はセミ・インディペンダントリビング、サポーターと一緒に住んでいる場合は、サポートリビングと呼べるかもしれません。

こういった施策を展開しているのは、カルガリーだけでなく、オンタリオ州以西は同様です。

▼独立した生活形態は財政面で施設よりも効率的だからでしょうか。

すでに施設がないので比較できませんが、アルバータやブリテッシュコロンビアでは、民間のサービス提供機関を通して個人にサービスを現物支給する方法と、直接個人に手当を支給し、本人がサービス提供機関からサービスを購入する方法が可能です。地域事務所に対して、知的障害者自身がニーズを訴えると、地域事務所がそのニーズを評価し、個別ケア計画を立て、手当を支給します。手当(月額)には、500から7000カナダドルまでの幅があります。それに加えて、衣食住などの基本生活手当として、月額800ドルが支給されます。

家族が豊かであれば、費用の一部を家族が負担する場合があります。しかし、必ずしも払う必要はありません。政府は家族に費用負担義務を課しているのではなく、家族が支払えば、知的障害者は、800ドル以上のより豊かな生活ができるということです。

▼衣食住などの基本生活費の800ドルの根拠は何でしょうか。

最低限の生活費を計算しています。この支給金額は景気の変動などにより毎年、変化します。

▼生活保護の対象者も800ドルでしょうか。

いいえ。障害をもたず、働ける人の場合は、支給額は800ドルよりも低いです。

▼知的障害のどのくらいの人たちが手当の支給を受けているのでしょうか。

統計がない(つまり、カナダでは、日本のような障害者実態調査は行われていない)のではっきりしたことは分かりません。地域事務所で評価して必要であれば給付します。支給の対象は、知的障害者だけでなく、重度障害者全体です。重度障害者の90%が手当を受けていると思われます。

▼支給金額は、障害の程度に応じて異なるのでしょうか。

基準は、ニーズ、効果、本人と周囲の満足度です。かつては、障害を分類化していましたが、ニーズに合わないために廃止しました。

▼地域事務所で働くワーカーの質はどうなのでしょうか。

地域事務所で働くワーカーは、障害の認定や手当支給に関する評価などを行います。少なくとも大学卒のリハビリテーション専門家で、一定レベル以上の知識、経験、態度などが求められます。最初の2年は試用期間で、適性がなければ雇用は継続されません。毎年1回は研修を受ける義務があります。また、障害当事者の家族、支援団体、およびアドボケート等からその資質を評価されます。

▼そのワーカーは、だれが雇うのでしょうか。

州によって異なります。アルバータには14地域ありますが、それぞれの地域事務所のワーカーは準公務員の待遇です。これらの事務所は実際には、民間団体が運営しており、資金は州から提供されています。

▼カナダにはシェルタード・ワークショップ(日本の授産施設に相当。以下、ワークショップという)はないということですが、障害のある人たちは一般雇用されているのでしょうか。

労働年齢の知的障害者の70%は何らかの仕事をしています。カナダでも1960年代から1970年代中頃にかけて、多くのワークショップがつくられましたが、15年ほど前にワークショップは廃止され、いまは知的障害者の大部分は援助付き雇用で働いています。

アルバータにもデイセンターはあります。しかし、知的障害者1万人がいるとして40人くらいしか利用していません。ほとんどの人は、自営または援助付き雇用で働いています。精神障害者も同様です。現在のカナダには、働きたければ仕事はあります。働きたくないという人もいますが、それは本人の選択です。たとえば、カルガリーでは、知的障害者は空港のタグ収集などに従事しています。

▼働いている人にはサポーターがついているのでしょうか。

短期的にジョブコーチがついて能力を徐々に高めていく方式が主流ですが、長期的にジョブコーチをつけることも行われるようになってきました。

▼サポーターの費用はどこから支払われるのでしょうか。

雇用を支援している民間団体(PASS)に州政府から支払われる場合と、利用者本人から直接支払われる場合とがあります。私が5年前にPASSにかかわっていた時は、利用者90人のうち、40人分については政府からPASSにサービス費用が支払われ、残りの50人分は(政府から現金給付を受け、サービス提供機関として)PASSを選んだ個人から直接支払われていました。

▼PASSは全国的なものなのでしょうか。

カルガリー独自のものです。しかし、他の地域にも同じような制度があります。地域ごとに文化の違いがあるので制度が違っているところもあります。アルバータやブリティッシュコロンビアなどの先進州には、PASSと同様な制度があります。

▼ワークショップを廃止したとき、経営者からの反対はなかったのでしょうか。

もちろん反対はありました。しかし、当時ワークショップ経費の6割は施設の維持費に充当され、利用者に還元される部分のほうが少なかったため、政府として廃止の方針を押し通しました。

▼今後のアルバータの障害者政策はどうなるのでしょうか。

カナダで地方分権化が始まってまだ5年です。地方分権化は今後さらに進むと思われますが、これから取り組むべき課題としては、知的障害者の高齢化、アルコール依存症や脳外傷による障害、および職場におけるメンタルヘルスなど。それらに加え、一般の高齢者問題として老人ホームの廃止などもあります。

▼わが国には10年間の障害者基本計画がありますが、それについてどうお考えになられますか。

カルガリー大学の私たちの学科には、20年後を見通した戦略計画の立て方についての講座があります。そこではまず、3か月の計画を作り、次に3年計画を立てる。そして、それらの計画づくりの経験をベースに20年計画の立て方を学んでいます。実施計画としては、5年ぐらいが適当です。10年計画はビジョンになってしまいます。精神障害者や知的障害者の地域への移行支援プログラムは、10年計画でしたが、やはり理想を描いたビジョンという性格になってしまい、実施段階ではかなりの修正が必要でした。

今日は、わが国における今後の障害者福祉のあり方を考えるうえでも参考となる、大変興味深いお話を伺うことができました。本当にありがとうございました。