「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年4月号
アメリカにおける精神障害者のための高等教育支援プログラム
大瀧敦子
障害学生の就学支援、特に大学教育を受けることに関する支援といったときに取り上げられるのは、これまで主に視覚や聴覚、肢体といったいわゆる身体障害のある学生への支援がほとんどです。しかし大学の中で教員として出会う学生の中には、精神疾患や障害のある(と思われる)人たちが少なくない、むしろ最も多い疾病や障害の一つであるようにも見受けられます。大学でも学生カウンセリング等のサポートは準備されてきていますが、教育を受ける際に生じる「障害」への支援は、あまり考慮されていないのが現状です。
筆者が1999年4月から1年間滞在したミシガン州では、「精神障害者のための高等教育支援プログラム」(Supported Education、以下、SEとする)が普及しており、わが国での教育支援のあり方を考える際のヒントになることを願ってここで紹介してみます。
1 SEを支えている考え方
SEは、1990年代にアメリカのボストン大学付属の精神科リハビリテーションセンターが中心となって開発され、現在では東海岸のエリアを中心に普及が進んでいます。精神疾患のある人たちが大学教育を受けて学位を得、なおかつその過程を通して、精神疾患のあることで失った自信や自己評価を取り戻す、心理社会的な意味での「回復」の効果が期待できるプログラムとして、各地で運営されるようになってきています。
ミシガン州内には、クラブハウス1)の職員などが中心となって運営している、六つの支援プログラム・グループが活動していました。一つのグループには、15から20人程度の「学生」が参加し、コミュニティーカレッジなどの教室を使って授業を行っています。「学生」の多くは、大学入学をめざして準備を進めているか、または大学入学後、学業を継続するためのサポートグループとしてプログラムの授業を活用している人も少なからずいます。「教師」はクラブハウスの職員などが特別な研修を受けて担当しており、授業は、週1から2回程度です。
SEが開発されるきっかけとなったのは、他の障害者福祉領域の進展がそうであるように、1990年のアメリカ障害者法の成立です。公共的施設の利用可能性の平等化を義務付ける条項などに基づいて、精神疾患や障害のある学生が大学という公的施設を利用する際の「障害」を軽減するための支援プログラムが求められるようになったのです。「機会の平等の保障」というアメリカ社会の価値観をよく表しています。
もう一つこのプログラムが重視している点は、教育上の目標の達成を通して、精神障害のある人たちをエンパワメントしていくことです。疾患をもったとたん、人は「患者」や「病人」として扱われ、よい意味でも悪い意味でも「特別扱い」を受けるようになることが多いものです。それは同時に、家庭的にも社会的にも「あまり期待されない」位置に置かれることも意味します。そのような期間が長いほど、人は自信を失いがちです。このプログラムは、「患者」から「学生」という新しい社会的役割を得て、何事かを成し遂げるプロセスを通し、利用者が新しい「自己イメージ」を獲得していくことを目的とした、心理社会的リハビリテーションプログラムの一環として考えられています。
2 具体的な支援方法
それでは、こういった理念に基づいて何をどのように支援しているのでしょうか。ミシガン州内の実施機関の統括と、新たな機関の開拓などを行っているミシガン大学ソーシャルワーク部のプロジェクトチームが、「授業」用のテキストを開発し、各実施機関に「教材」として配信していますが、その目次を筆者が訳したものが図1です2)。
たとえば、モジュール2では「自己理解」や教育への「動機付け」というテーマを取り上げたり、モジュール3、5では「ストレスマネージメント」が取り上げられたりしていますが、一般的に「授業」という言葉から想像されるものとは少々異なった内容でしょう。授業の小グループでは、大学生活の中で何がストレスとなりがちか、ストレスが強まったとき、どのように対処したらよいか、そのことで活用できる大学内外の資源はあるだろうか、負担にならない授業の取り方へのアドバイス等、学習への障害に対する実際的な問題解決法がテーマです。
また、アメリカの大学は公立でも高額な授業料がかかるので(たとえばミシガン大学では1年間可能な限り授業数をとったとすると、州外から来た学生は300万から400万円!! 程度掛かるそうです)、多くの学生が学費支払いのためのローンを組んでいますが、そういったローンの組み方や奨学金の受け方なども授業の中で取り上げます。これほどの「投資」をするわけですから、卒業してからこの学位をどう職業に生かしていくのかも重要です。モジュール6以降のテキストが、職業選択に関連した内容を取り扱っているのは、そういった切実な問題も反映しています。
2003年の3月にこのプログラムを紹介するためにミシガンから来日した「卒業生」のエロディアさん(50代半ばの女性)は、SEを活用しながらある私立大学のソーシャルワーク部を卒業しましたが、卒業後は地域の福祉機関で職を得ました。彼女は今、MSW(修士号をもつ正式のソーシャルワーカー)になるため、大学院への進学を考えています。その他の「卒業生」も、自分の経験を生かせるカウンセラーやソーシャルワーカーをめざす人が多かったように思います。
このように、実用的なプログラム内容である点が極めてアメリカ的ともいえますが、その分、このプログラムを実行しようとする際には、理念や原則を遵守しながらも、文化的背景や社会・教育システムの違いを考慮して、支援内容を「学生」のニーズに合った形に変えていく必要があるのです。
図1
目次 モジュール 1 教育支援プログラムの紹介
モジュール 2 自分自身を理解することと動機について
: モジュール 3 ストレスとストレスマネージメント
モジュール 4 社会的ストレスと栄養学、自己主張トレーニング
モジュール 5 ストレスマネージメント
モジュール 6 職業と大学でのゴール、そしてその人の価値観について
モジュール 7 職業についての関心事
モジュール 8 職業選択1
モジュール 9 職業選択2
モジュール 10 振り返り |
3 日本で実施するためには
精神障害は何が「障害」かの理解を、周囲の人々から得るのがなかなか難しいという事情もあって、疾患や障害に対して必要以上に悲観的な見方をする人たちはいまだにいます。その意味で、精神保健福祉領域に従事している専門職者の「思い込み」―疾患や障害がある(治っていない)のに大学で教育を受けるのは無理だというような―を取り去り、そして教育機関側の理解を得るよう働きかけるという環境整備の点では、ミシガン州のプログラムでも苦労を重ねているようでした。
そんな中、比較的入学が容易で授業料も安いコミュニティーカレッジ3)が、このプログラムでは重要な役割を果たしています。SEの「学生」の中には、プログラムの「授業」に出るのと並行して、大学入学後、単位が認められるコミュニティーカレッジの授業を受ける人もいます。また、プログラム自体をコミュニティーカレッジのキャンパス内で実施することで、カレッジの図書館やコンピューター室という特別な施設の活用法を同時に学ぶことも可能です。こういった教育システムの受け入れに関する柔軟性が、今後日本の大学経営の中にも取り入れられ、偏差値一辺倒の評価だけではなく、そういった大学へ社会的評価が与えられるようになる必要があるでしょう。また大学の科目等履修生制度などを活用して、19歳からの4年間で学位をとるという従来の進学形態から抜け出し、その人のペースに合わせた学習スタイルが取れるようになってほしいものです。
また、ミシガンのプログラムが職業カウンセリングと連携していることからも分かるように、「卒業生」のその後も視野に入れたプログラム作りが大事です。日本の大学は職業とは直結しない教育内容がしばしば非難の対象とされていますが、近年専門学校などのほうが職業と直結して多彩なコースを設けています。その人にとっての職業の意義や高等教育を受ける意義を確認しながら、「将来なりたい自分をめざす」―「hope」を持ち続けることができるような支援であることを念頭に置いた、地域精神保健福祉機関と教育機関の連携が鍵となってくるでしょう。
(おおたきあつこ 明治学院大学助教授)
1)アメリカの東海岸を中心に普及している精神障害者のための地域福祉サービスモデルの一つです。クラブハウスの中は、事務ユニットや食事ユニット、過渡的雇用や援助付き雇用のためのユニットなど複数の部門から成立しており、それぞれが職員と当事者の協働―パートナーシップによって運営されるという特徴があります。
2)このプロジェクトチームの正式名称は、”Supported Education Community Action Group”で、テキストなどはチームのホームページから入手可能です。(http://www.ssw.umich.edu/sed/)
3)地域住民向けの開かれた教育機関であるが、ミシガン州では多くのカレッジが独立した校舎や教育設備、講師が揃っており、そこで取得したいくつかの講座は、4年制大学に入学した際に単位認定されるシステムが確立されています。