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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年11月号

提言

精神保健福祉法の改正
―法体系上の位置づけ見直しも視野に入れて―

日本精神神経学会

■はじめに

日本精神神経学会は、今回の精神保健福祉法改正に当たって、学会内に「精神保健福祉法改正に関するプロジェクト」を設置し、「精神保健福祉法改正に関する見解」をまとめたところである(http://www.jspn.or.jp/)。その内容は、この法律の法体系上の位置づけの問題から、個々の条項の見直し・新設まで、これまでの法改正で徹底できなかった点を総ざらいする広汎なものである。ここでは学会見解に沿って、福祉とノーマライゼーションに関連する事項についてのみ要点を述べることにする。

なお、新聞報道によると、厚生労働省は、身体、知的、精神など障害種別ごとに分かれている障害者の保健福祉施策を抜本的に見直し、一元化をするための新法を2005年の通常国会に提出する方針を固めたようである。この方向は、当学会が従来から主張してきたところと重なるものであるが、ここでは現行精神保健福祉法の構造がそのまま維持された場合も想定して改正のポイントを述べる。

■抜本改革のための条件整備

現行の「精神保健福祉法」は、精神障害者の医療と保護を主たる狙いとした1950年制定の「精神衛生法」を基としている。その後、木に竹を接ぐような形で福祉を加え、精神疾患の医療、精神保健、精神障害者福祉の三領域をすべて網羅した総合的特別法としての体裁を整えてきた。このことには、精神保健施策を医療、保健、福祉の統合的観点から進めるという利点があるが、一方で精神保健問題を特殊なものとして位置づけ、精神障害者が、一般市民と同様に良質な医療や福祉を保障され、社会参加の機会が与えられる存在であることを忘れさせてしまう側面がある。入院医療から地域ケアへという流れを確実にするため、この法律の法体系上の位置づけを根本的に見直し、現行法の福祉に関する条項は、新たに「障害者総合福祉法」を制定し、そこに組み入れるべきである。

■障害者基本法との整合性の確保

平成16年6月、障害者基本法が改正され、1.基本的理念への差別禁止条項の追加、2.国や地方公共団体の責務の明確化、3.家族への役割期待の言及削除、4.保護概念の破棄など、これまでの障害者施策を大きく転換する考え方が取り入れられた。精神保健福祉法にこれまで通り精神障害者の自立支援と社会参加の条項を盛り込むのであれば、とりあえずは障害者基本法との整合を徹底的に図ることが重要である。

■ノーマライゼーション推進のための改正条項

1.現行法の構造を維持するとした場合、第一条(目的)は「この法律は、国民の精神健康の維持と向上及び精神障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策に関し、基本的理念を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、精神障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策の基本的事項を定め、精神障害者のための保健・医療・福祉施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民の精神健康の維持と向上及び精神障害者の自立と社会参加を推進することを目的とする」と改められるべきである。

2.理念条項を新設し、(ア)すべての国民は精神的健康を維持し向上するための機会が与えられること、(イ)精神障害者は、尊厳を有する社会の一構成員であり、自立と社会参加の権利、差別や偏見に晒されることなく生活する権利、他の市民と同等の水準で保健・医療・福祉を享受する権利を有すること、を明記する。

3.国・地方公共団体や国民の役割規定を次のように見直す。

(ア)国、地方公共団体、国民の義務として「精神障害者の社会構成員としての諸権利を尊重すること」および「差別の禁止」を追記する。

(イ)国民の義務規定のうち「国民は、精神的健康の保持及び増進に努め、…」は、不健康であることがあたかも国民の義務に違反するかのごとき表現であるので、この記述を削除する。

(ウ)国、都道府県、市町村の役割を明確にし、「精神障害者の自立と社会参加の権利を保障する施策を講じなければならない」と、現行法における努力規定を義務規定に変更する。

(エ)「国や地方自治体は、精神障害者が自分の居住する地域で治療や支援を受ける権利を保障するために、医療機関や支援施設を精神障害者の生活圏内に適正に配置しなければならない」という条項を追加し、精神科医療機関や精神障害者社会復帰施設・福祉施設等の適正配置を促し、偏在を是正する。

4.保護者の義務を縮小し、保護者の権利擁護的役割を明確化する。併せて市町村長同意による医療保護入院の適正化のために公的代理人制度を創設する。

■関連法・制度等の見直し

精神保健福祉法が改正されても、たとえば精神科医療を貧しい水準に抑え、社会的入院を許してきた医療法など関連法や制度の見直しがなければ、法改正の目的は達成されない。特にノーマライゼーションという観点からは、「障害者総合福祉法」「差別禁止法」「精神障害者の地域ケアを実現するための財政支援に関する法律」を制定することや、「精神障害者権利擁護活動を支援する制度」の創設が求められる。

(伊藤哲寛(いとうてつひろ) 日本精神神経学会 精神保健福祉法改正に関するプロジェクト委員長)