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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年5月号

ユニバーサルデザインの広場

デザインを超えて~『ユニバーサル社会』へのシナリオ

井上滋樹

■デザインを超えて

2007年から団塊の世代が定年を迎え始める。その数は約700万人で、日本の人口の5%と言われる。この世代が高齢者になった時に、使いやすくデザイン的にも洗練された商品が求められるのは当然であるから、今後、ユニバーサルデザイン(UD)のマーケットはますます加速することになるだろう。

世の中のUDへの関心は高まる一方であるが、最近、私が心底感じていることは、より多くの人が暮らしやすい社会をつくるには、建築物やモノのデザインだけでなく、それ以外にも必要なことがたくさんあるということだ。

たとえば、ユニバーサルサービスである。ユニバーサルサービスとは、より多くの人に公平な情報やコミュニケーション、サービスを提供することと私は定義している。

高齢社会では、視力や聴覚、そして身体機能が低下する人が急増する。車いすの利用者が困るのは、まちにある段差だけではないことを理解しなければいけないし、視覚や聴覚に障害のある人へは、情報、コミュニケーションなどに関する保障が求められている。

もっと言えば、より良いサービスが求められているのは高齢者、障害者とは限らない。だれだって風邪をひいて体調が悪いときがあるし、精神的にダメージを受けた時などに、なんらかのサポートを必要とすることもある。これからの社会ではユニバーサルサービスをすすめていくことが求められる。ユニバーサルサービスとは、いってみればユニバーサルデザインのソフトの領域である。

そもそも人間には、さまざまな人とコミュニケーションをとりたいという強い願望がある。人々の定年後の生きがいや自己実現といった具体的な生活シーンを想像すれば、これからの高齢社会には、モノや建築物といったハードの側面に加えて、ソフトの領域を充実させることが必要不可欠であるとわかる。

■サービスから法整備まで

必要とされるのはユニバーサルサービスだけでもない。これからの人口減少社会で、労働人口の減少による経済の低迷や社会保障制度の行き詰まりなどが懸念されているが、そのような状況下において、より多くの人が暮らしやすい社会、すなわち「ユニバーサル社会」をつくっていくためには、少子高齢社会を活性化させる新しい制度や法律を整備していかなければなならい。

2000年、国会において、「ユニバーサル社会の形成促進に関するプロジェクトチーム」が発足した。衆議院議員でプロジェクトの座長を務める野田聖子氏によると、今後具体的な法案を作成し、2006年の通常国会での立法をめざすとのことである。デザインに加えて、サービス、さらには、法制度面からのアプローチは「ユニバーサル社会」の形成のための必須事項であろう。

■国際会議に参加して

では、世界のUDの状況はどうか。私は2004年12月に開催された『第3回ユニバーサルデザイン国際会議』に参加した。1999年の第1回開催以来、世界のユニバーサルデザインの潮流をリードし続けてきたこの国際会議のメインテーマは、「途上国にユニバーサルデザインの橋を架けること」とされ、会議はブラジルのリオデジャネイロで開催された。都市のインフラ整備などのため建築ラッシュが続く途上国でこそユニバーサルデザインを啓発し推進していく必要があるという理由からである。

しかし、途上国には、貧困や犯罪、スラムの問題など、それ以前に解決しなければならない問題も数多くある。劣悪な住環境におかれた人、住まいを持たない人に、建築やデザインの話は役に立たない。人権問題の活動家である米国ニュージャージー工科大学のレスリー・ワイズメン教授は、「すすめていかなければならないのは商品や建築物などのハード面だけではない。ユニバーサルデザインは、より多くの人がよりよい生活を営むための社会づくりそのものである。女性や子どもの人権の問題、貧困の問題なども含めて包括的に捕らえていく必要がある」と訴えた。

人権や貧困の問題、環境問題へのアプローチの必要性など、求められる課題に応じて、ユニバーサルデザインの解釈は、世界的にも広がりをみせてきている。今回の会議に参加し、私はユニバーサルデザインを包括的に「社会」という次元でとらえていくことの必要性を確信した。

■2050年までに

2050年にあなたは何歳になっているだろうか、今19歳の人が65歳になるのが、2050年であるから、読者の中にはもう寿命をまっとうしている、という人も少なくないだろう。その頃、世界の60歳以上の人口は20億を超えると予想されている。そう、世界的な高齢社会の真只中を生きてくのは、ほかでもない今現在の若者たちなのである。

テロや戦争や、犯罪など暗いニュースが続く昨今ではあるが、わたしたちの住む日本という社会は、大地震で犠牲者が出ると、多くのボランティアが被災地に大集結する社会でもある。人の痛みがわかる人たちが描く『豊かさ』とは、経済的な繁栄だけでなく、心の豊かさや、自分だけでなく周りの人々、社会の幸せを一緒に考えていく社会だ。

NPOが台頭し、社会の価値観をはかる「モノサシ」がさまざまな局面で変わっていくこの時代の転換期に、だれもが暮らしやすいユニバーサル社会に向けて、生活者主導によるパラダイムシフトはすでに起こっている。生活者のニーズに耳を傾け、日本が豊かなユニバーサル社会をつくっていくためのデザインやサービス、コミュニケーションを追求し、新しい制度や法律を制定して世界に手本をみせることは、次の日本が繁栄していくための鍵となるのではないだろうか。

世界一の高齢大国である日本は、ユニバーサルデザインという21世紀のキーコンセプトを建築物やモノのデザインという領域に終わらせないで、時代の少し先を読みながら、だれもが暮らしやすい社会づくりに向けてのダイナミックなシナリオを描き、時代の問題を解決していくために知恵をだしあい、さまざまな手法をもっと開発していかなければならないと思う。

(いのうえしげき 博報堂エルダービジネス推進室ユニバーサルデザイン開発リーダー、全国ユニバーサルサービス連絡協議会代表)