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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年10月号

私流、旅の楽しみ方

目で言葉を聴く―旅で得られる自信と勇気

奥泉浩美(おくいずみひろみ)

私にとって「旅」は趣味のひとつ。国内・海外旅行ともに大好きです。いろいろなハプニングや経験、美しい風情、未知・良いものに出会えたりすると心身ともにエネルギーが蓄えられ、心にうるおいを与えてくれ、旅行が終わる頃には「また頑張ろう!」というような前向きな気持ちにさせてくれるから不思議です。こういった心地良さを体で覚えてしまうと、次はどこへ行こうか? とうきうきとした気分で次の旅先を考えてしまいます。

仕事柄、旅行の相談を受けた時、難聴の高齢者の方が話された、とっても印象に残った言葉があります。「残された人生、楽しまなくきゃ! せっせと貯金もいいけれど、自分なりに頑張って生きて来た分、残りの人生は楽しまないと損! 家でじっとしながら貯金していても心にゆとり・楽しみもないまま、認知症になってしまいたくない…」との言葉がとても印象的でした。たしかに、美味しいものを食べたり、旅先で良いものに出会えたり、見聞を広めることで心から人生を楽しまないと残された人生がもったいないように感じられました。私はまだ30代なので、今の自分を取り巻く環境・自分に与えられていることに懸命で、限られた人生について考えたことはありませんが、もしも今後の自分にとってどんな楽しみ方・過ごし方が合っているか今から探してみようとした時、フッと思いつくのは、やはり「旅」です。国内・海外ともにいろんな思いがけないハプニングに出会いながらも懲りずに「旅」を楽しんでいます。

海外では、フランスのパリの地下鉄での出来事。初めてパリへ行った時、最終便までのわずかな時間の間に、どうしても行きたいところがあって、地下鉄で移動することになりました。ホームでは落書きや悪臭(最近は市の運動で悪臭はほとんどなくなりました)、日本と違って気分のムラのように急発進&急停車の激しい列車、ドキドキしながらも乗車して目的を果たせ、さあ! 帰ろうと地下鉄構内を小走りで走っていたら、突然、体格のいい外人男女2人に腕をつかまれてしまいました。飛行機の時間に間に合わなくなること、異国で捕まって帰れなくなったら…という不安が頭をよぎりました。英語では通じないフランス語でナンダカンダと厳しい表情で言っている傍らで、連れの健聴者がちょっとした片言で何かを思い当たったらしく、何やら冬のコートのポケットにたくさん入っていた地下鉄のカルネ(切符)をこれでもかと見せたところ、苦笑しながらも納得してくれて何とか解放されました。

後で分かったことですが、男女2人は警察官であることを証明しようとバッジを見せながらナンダカンダと説明していたのだと分かりました。パリの地下鉄では駅員さんがいないため、乗車する時のみ切符は必要ですが、降車時は自由扉のようにスイスイと出られるシステムになっています。そのため、改札を通った後、切符はその場でポイポイと捨てていく人が多く、また入る時、人の後ろに付いていって無賃で入っていく人がいます。後に何度かパリへ渡った時に気が付きました。あの時はこちらも時間がないので慌てていたため、警察官には無賃乗車で逃げていると思われたのだろうと思います。こんな怖かった思い出も今は笑い話です。やはり連れの健聴者がフランス語の片言が聞き取れなかったら、もしも聴覚障害者だけだったら言葉が聞き取れず、その後、どうしただろうと思います。

パリは好きで3度行っていますが、そんな経験も踏まえて、フランス語の単語をいくつか覚えてから行くようにしています。街のパン屋さんやお惣菜屋さんなどで注文する時、通じないであろう発音のフランス語で何とかコミュニケーションと身振り手振りで伝えたいことを表現して、何とか通じた時はお互い笑顔になって「メルシー(ありがとう)」と言葉を交わせた瞬間は何とも言えないうれしさと自信で勇気が湧きます。聴覚障害者が得意とする体で表現する手話と表情が異国でのコミュニケーションに役立ったのだろうと思います。イタリアへ行った時もそうでしたが、言葉が通じなくても気持ちを込めて身振り手振りで表現していくと心と心が通じ合っていくものです。日本ではなかなかスムーズに行かないことのほうが多いですが、外国に行くと、言葉より目で言葉を聴くことのほうが多くなりますので、その分、単語や文法の勉強や切符の買い方など仕事帰りに電車内でガイドブックを読みあさったりしているうちに現地に着いた時のイメージが膨らんできます。それらの事前準備が旅行前のひそかな楽しみです。

そんなこんないろんなハプニングに出会っても何度も海外旅行へ行きたくなってしまうのは日本では体感できない充実感、自信と勇気を持たせてくれるいろいろな事があるからこそ面白いのだと思います。異国文化に触れることで見聞が広がります。自分のためにもどんどん「旅」に出かけてみませんか?

(JTBバリアフリープラザ営業企画)

◆旅を楽しむための必需事項◆

  • 異国の言葉はいくつか必ず覚えていこう。
  • ガイドブックで異国の魅力を知っておこう。
  • 発音に自信がなくても思い切って言葉に出しながら身振り手振りでコミュニケーションしてみよう。意外に通じて和気あいあいでハッピーな気分になります。チャレンジあるのみ!