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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年10月号

ワールドナウ

障害者の権利条約に関する第6回特別委員会を終えて

川島聡

障害者権利条約に関する第6回特別委員会が2005年8月1日から12日までニューヨークの国連本部において開催された。日本政府からは、外務省、内閣府、厚生労働省、文部科学省の担当官が出席し、日本障害フォーラム(JDF)の推薦を受けた東俊裕弁護士(DPI日本会議)が顧問として参加した。JDFからは、各障害者団体の代表30名程が参加し、ロビー活動を展開したほか、公式会合で発言する機会をもった(全日本難聴者・中途失聴者団体連合会は今回初めて参加した)。特別委員会の午前と午後の本会合(各3時間)の前後には国際障害コーカスの会合と運営委員会が、昼休みには各種のサイドイベンドが、それぞれ連日開催された。

今回の特別委員会は、条文案に関するできる限り多くの文言や論点を明確にするため、非公式協議(非公式討議)を中心に条約交渉が進められた。まず、各条文につき、各国代表が非公式会合で一通り発言し終わると、議長は――公式会合に切り替えて障害者団体や専門機関等の発言を確保した後――その討議状況を総括した。また、この総括を踏まえ、各条文の文言や論点をより具体的に整理し明確にするために、各条文につき、議長が任命したファシリテーターがまとめ役となり、関心のある代表が非公式小会合(午前と午後に各3時間開催される本会合[非公式会合・公式会合]とは別の時間帯に適宜開催される小会合)で交渉を重ねた。

条約交渉の叩き台は、前文と本文25条からなる作業部会草案であるが、第3回特別委員会以後に提案された修正意見や新条文案も討議の対象となる(新条文案は条文番号の後にbisを付して記される)。2005年4月13日に選出された新議長ドン・マッケイ氏(ニュージーランド)は、国際障害コーカスの会合その他において障害者団体との意思疎通を積極的にとり、障害者と政府の双方から高い信頼を得ながら、今回の条約交渉を根気よく着実に前進させた。

前回までの非公式協議では、1条〔目的〕、2条〔一般的原則〕、3条〔定義〕はさしあたり脇に置かれ、以下の条文案が取り上げられた。すなわち、4条〔一般的義務〕、5条〔肯定的態度〕、6条〔統計とデータ〕、7条〔平等と非差別〕、8条〔生命権〕、8条bis〔公の緊急事態〕、9条〔法の前の平等〕、9条bis〔司法へのアクセス〕、10条〔身体の自由・安全〕、11条〔拷問等からの自由〕、12条〔暴力・虐待からの自由〕、12条bis〔強制治療・強制収容の禁止〕、13条〔表現の自由と情報アクセス〕、14条〔プライバシー・家庭・家族の尊重〕、14条bis〔家庭・家族の尊重〕、15条〔地域社会での自立生活とインクルージョン〕、である。

今回は、前回から持ち越された部分である15条、15条bis〔女性障害者〕及び24条bis〔国際協力〕が討議された後、16条〔障害児〕から25条〔モニタリング〕までが順に取り上げられた。以下において、これら各条文の討議概要につき、「議長報告」など()を参照して簡単に述べる。「議長報告」は、条約の文言について合意が得られた部分と、今後解決する必要のある見解の相違が残された部分とを簡潔に記したものである。なお、条約の構成も若干審議されたが、ここでは省略する。

各条文の討議概要

15条は、障害者が特定の生活様式を義務づけられずに生活様式を自由に選択するという自由権的側面と、障害者が地域社会で自立生活とインクルージョンを享有するために必要な支援やサービスを得るという社会権的側面を含む条文である。本条文に関しては、社会権の漸進的実現という概念をいかに反映すべきか、また、「施設」への収容を義務づけられないという文言を含め他の条文(10条等)との重複をいかに整理統合すべきか、といった問題等が提起された。

15条bis〔女性障害者〕と16条〔障害児〕は、特定障害者に関する独立した条文として位置づけられる。女性障害者や障害児に言及する重要性については合意が得られたが、問題はその規定の仕方であった。この点、女性障害者と障害児につき、独立した条文を設ける「独立条文案」、条約全体に適用される総則的条文(2条、4条、25条等)と前文で言及する「総則規定案」、すべての関連条文で必要に応じ逐一言及する「関連条文案」、独立条文案と関連条文案の両方を採用する「複合案」、といった種々の提案が見られた。

17条〔教育〕は、障害児のみではなく障害者一般を対象とするように修正することで合意が得られた。また、教育が障害者の生涯を通じた社会参加の土台であり、教育のメインテーマが一般教育へのインクルージョンである、との理解が一般に見られた。ただし、インクルージョン(統合教育)と選択(盲、ろう、盲ろうの子どもの教育の選択権)とのバランスのとれた規定振りを探ることが大きな課題とされた。

18条〔政治的・公的活動への参加〕に関しては、自由権規約と女性差別撤廃条約を反映させ、その内容を強化する必要があるとの合意が得られた。たとえば、市民でなくても選挙権を有する人(永住権取得者等)がいるため、「障害のある市民」を「障害のある人」に置き換えることに合意があった。また、選挙の際に提供される支援は、障害者が要求した場合に、障害者が信頼する人によって提供されるとの合意も得られた。

19条〔アクセシビリティ〕と20条〔モビリティ〕は同じコインの表と裏とされ、両者の整理統合につき一般的支持が得られた。その際、20条を削除してその要素を他の条文(4条、19条)に移すことに一般的支持が集まったが、その要素が失われる虞があるとの懸念も見られた。この点、20条の重要な論点の一つ、自由権規約の下で保障されている「移動の自由」が無視されるべきではないとの一般的合意が得られた。

21条〔健康とリハビリテーションの権利〕については、21条が「健康の権利」を、21条bisが「リハビリテーション・ハビリテーション」をそれぞれ規定することで一般的合意が得られた。もっとも、21条で医療・健康関連のリハビリテーションに関する文言を残すべきか、その文言をすべて削除して21条bisで取り上げるべきか、という問題等は解決されなかった。

22条〔労働の権利〕については、権利に基づくアプローチをとることで一般的合意が得られた。割当雇用の問題について合意は得られなかったが、アファーマティブアクションや特別措置のような一般的な語を用いることについて一定の支持が得られた。合理的配慮の規定は若干修正され、現在のところ「職場で合理的配慮が障害者に提供されることを確保する」とされた。

23条〔社会保障と十分な生活水準〕は、1項で「社会保障」を、2項で「十分な生活水準」をそれぞれ規定するが、後者のほうが広い概念であるため1項と2項の順序を入れ換えることで一般的合意が得られた。ただし、1項と2項につき、それぞれ独立した条文を作るべきであるとの提案がなされ、この点をさらに検討するとの合意も得られた。障害の前に付された「重度」や「重複」という語は相対的概念で、その定義が困難であるため、それを削除することについて一定の支持は得られたが、その削除に反対する見解もあった。特定障害者(女性、少女、高齢者)への言及を削除することについては支持も見られたが、この論点はさらに検討する余地があるとされ合意に至らなかった。

24条〔文化活動・レクリエーション・余暇・スポーツへの参加〕に関しては、観光や障害児の遊ぶ権利を含めることについて一般的支持が得られた。「ろう者は、他の者との平等を基礎として、その独自の文化的及び言語的なアイデンティティの承認及び支持を受ける権利を有する」という文言については、削除すべきであるという立場と残すべきであるという立場が対立し、合意は得られなかった。スポーツについては、障害者が主流(一般)のスポーツに参加することを重視する見解に加え、障害者特有のスポーツをも重視する見解が見られた。

国際協力に関しては、それが本条約にとって決定的に重要な要素であり、途上国の援助にとって重要な役割を果たすとの一般的合意が得られたが、問題はその規定の仕方であった。国際協力を独立した条文(24条bis)とすべきか否か、国際協力をどの程度まで詳しく規定すべきか、についてはさまざまな見解が表明された。

25条〔モニタリング〕に関しては、この条約に国際モニタリングと国内モニタリングの両方を含めるべきで、それを実効的なものにすべきであるとの一般的合意が得られた。また、モニタリングを、既存の人権条約のそれと同等あるいはそれ以上のものにすべきであるとの合意も得られた。さらに、モニタリングのすべての段階に障害者自身と障害者団体が完全に参加することについて一般的支持が得られた。もっとも、今回はモニタリングに関する予備的な見解が表明された程度であり、本格的な検討は次回以降となる。その際、次回に向けて国連人権高等弁務官事務所が準備する、人権条約体改革作業に関する報告等に留意した柔軟な規定を練り上げることが重要とされた。

今後の課題

以上で瞥見したように、第6回特別委員会を終えた現時点では、各条文につき合意が得られた部分もあれば、さまざまな見解が対立している部分や議論が十分に深められていない部分、議論がほとんどなされていない部分も相当ある。本稿の最後に、条約規定と条約交渉の進め方とをめぐる一般的課題を若干述べる。

まず、多くの条文が社会権的側面と自由権的側面を含む混合的性格を有しているので、既存の人権条約に見られる社会権の漸進的実現義務をどのように規定すべきか、という課題がある。この課題(や国際協力をめぐる論点)については、子どもの権利条約の規定振りが一つの参考となる。次に、障害者一般を対象とする本条約に特定障害者(女性や子ども等)の規定をどのように盛り込むべきか、という課題がある。また、多くの条文には相互に重複する部分があり、詳細過ぎる部分もあるため、それを整理統合して簡素化するという課題もある。これらの課題に取り組む際には、少なくとも、各条文に含まれている重要な要素が抜け落ちないようにすることが重要となる。

次回(第7回特別委員会)は、これまでの討議を踏まえ、今秋公表される議長テキスト(議長草案)を新たな叩き台として、条約交渉が行われる予定である。次回は2006年1月に、次々回は同年8月にそれぞれ10日間または15日間の作業日をもつよう特別委員会は勧告したが、その具体的な日程は今秋の国連総会で決められる。2007年には条約が採択される可能性もあるが、いずれにせよ次回から条約成案に向けた具体的な詰めの作業がさらに本格化することが予想されるため、意見の相違点については落としどころを積極的に探り、合意を着実に積み重ねる根気と柔軟さが求められる。その際、議長が述べたように、相手の同意を目的とせずに意見を闘わせるディベートから具体的な成果や合意を得ることを目的とするネゴシエーション(交渉)へ、参加者が好む文言から参加者が実際に受け入れられる文言へ、という姿勢の転換がいっそう重要になる。

議長報告(Report by the Chairman, UN Doc. A/39/360, 17 August 2005 (Advance Unedited Report), Annex II)と他の国連文書http://www.un.org/disabilities/ (visited 12 Sep. 2005)、外務省「障害者権利条約に関する国連総会アドホック委員会第6回会合(概要)」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/shogaisha0508_g.html (visited 12 Sep. 2005)。

(かわしまさとし 新潟大学非常勤講師)