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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年3月号

障害者自立支援法案をめぐって

障害者自立支援法の課題と期待

朝日雅也

1 施行開始前夜の不安と期待

4月からの障害者自立支援法の施行を直前に、障害者福祉サービスの利用者にとって関心が高いのは、自己負担はどの程度なのか、減免措置を受けられるのか、現在利用している水準のサービスはこのまま受けられるのかということだと思います。現に市町村の窓口での手続きに関する相談の状況をみると、制度の変更には何と膨大なエネルギーが費やされることかと思うことしきりです。障害者自立支援法に基づく福祉サービスは、地域で暮らしていくために不可欠なものばかりなので、このような点が多くの人々にとって気がかりなのは当然のことと言えます。そのためにも、不安を残したまま新制度がスタートすることがないよう、情報提供と十分な説明に基づく適切な手続きが必要なことは言うまでもありません。

このような状況では「期待」を語るにはあまりにもまだ先が見えてこないというのが正直なところです。ただ、新しい仕組みを導入して大きく変わろうとしている障害者福祉の行方を的確に捉えていくことは、変化の激しい時代だからこそ大切なことといえます。

たとえば、障害の種類を越えてのサービスは、市町村やサービスの提供主体に一元化を求めるだけでなく、利用者にも、障害の種類やこれまでの経過も越えて新たに連帯していくことが期待されます。また、福祉サービスが、従来の施設類型ごとにではなく、日中活動と住まいの場ごとに細分化して提供されることは、継続的かつ安定的なサービスを受けたり、提供したりしていくうえで不安な面もありますが、従来の施設の機能を明確化し、選ばれるサービスを構築していくうえではひとつの重要な機会になることと思います。

すなわち、これまでの福祉サービスのあり方について、利用者も提供者も根本から考え直すスタートラインが示されているのだと思います。

2 新しい事業をめぐる期待と課題

障害者自立支援法によって再編される事業のうち、筆者とも関わりの深い就労支援について述べることにします。就労支援の関連事業は、障害者自立支援法に基づくサービス全体からすれば一部に過ぎないのかもしれませんが、新法によって本当の意味での就労支援がこれまで以上に進展するのか、まさに期待と不安をもって見守っているところです。

法案提出の背景として、障害者が「もっと働ける社会」をめざすことがあげられていましたが、同法では、就労支援に向けた新しい事業を創設するなど、障害者の就労を福祉の側から支援する仕組みの構築を図っています。おおむね5年間をかけて新体系に移行することになりますが、福祉施設における就労の今後のあり方に与える影響には大きなものがあります。

これまで、授産施設や福祉工場などで提供されてきたサービスは、「就労移行支援」、「就労継続支援(雇用型・非雇用型)」という事業に変更されます。特に、就労移行支援は、文字どおり一般就労への移行をめざす新しい事業で、この事業の展開によって、平成15年度に2,000人だった一般就労移行者が23年度には8,000人になると国は推計しています。さらに、就労移行支援の事業については、利用者の移行実績や移行後の定着状況などを、報酬に反映させること、すなわち成果主義の導入を図ることで、就労移行支援を推進する仕組みが構築されようとしています。

確かに、従来、福祉施設から一般雇用の場への移行は年間1%程度にとどまってきたことを考えれば、企業などの職場で働くことを希望する障害者に適切な就労支援が行われ、一般就労へチャレンジする障害者が増えていくことは望ましいといえます。

3 障害者自立支援法を支える他の関連施策の充実を

同時に、就労支援の結果としての雇用機会を増やすための努力も欠くことができません。周知のとおり、わが国では、障害者雇用率制度による雇用促進策が採られています。昨年12月に発表された民間企業における障害者雇用率は1.49%であり、近年、大企業を中心に障害者雇用への取り組みが進んでいますが、法定雇用率(現在は1.8%)は、制度開始以来、一度も達成されたことはありません。

その理由を、一般就労できるはずの障害者が福祉施設にとどまっていることだけに見出し、障害者自立支援法による就労支援のみに過大な期待をかけるのも問題です。「福祉の側からの支援」の強化だけでは、一般就労への移行は進展しません。さまざまな支援によって障害者の力を伸ばすだけでなく、その人たちを受け止める環境を整えていくこと、すなわち企業や職場も変わっていくことが重要になってきます。

また、生活面を含めて就労を包括的に支援する仕組みも重要で、市区町村独自の障害者就労支援センターや障害者就業・生活支援センターなどの設置による地域の重層的な就労支援の仕組みも求められます。

さらに、多様な働き方や社会参加の方法を準備して、それから一般就労を選択できる環境を整えることが重要です。就労支援にかかる新事業では、就労継続支援事業も用意されていますが、市町村が行う地域生活支援事業の地域活動支援センターも、就労支援の機能を内包しながら多様な働き方を提供する資源として整備される必要があります。

一般就労への移行を推進するためには、もしそれが不可能であった場合でも、障害者が安心して多様な活動の場を選べるような仕組みが必要です。一般就労への移行の掛け声一辺倒の就労支援では、企業や一緒に働く同僚など、いわば職場の環境が変わることの可能性を狭めてしまい、訓練至上主義的な土壌を生みかねないといえます。本当の意味での就労支援が実現することが「期待」でもあり「課題」でもあります。

4 3年後の見直しの課題

再び、全体的な課題に戻りたいと思います。障害者自立支援法は、国会審議の際の委員会による附帯決議はもとより、その附則の中でいくつかの重要な「見直し」を明記しています(表参照)。

表 障害者自立支援法 附則

第三条

政府は、この法律の施行後三年を目途として、この法律及び障害者等の福祉に関する他の法律の規定の施行の状況、障害児の児童福祉施設への入所に係る実施主体の在り方等を勘案し、この法律の規定について、障害者等の範囲を含め検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。

2 政府は、この法律の施行後五年を経過した場合において、第二章第二節第五款、第三節及び第四節の規定(注)の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。

3 政府は、障害者等の福祉に関する施策の実施の状況、障害者等の経済的な状況等を踏まえ、就労の支援を含めた障害者等の所得の確保に係る施策の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。

著者注:上記2の「第二章第二節第五款」は指定障害福祉サービス事業者、指定障害者支援施設等及び指定相談支援事業者に関する事項、「第三節」は「自立支援医療費、療養介護医療費及び基準該当療養介護医療費の支給」に関する事項、「第四節」は、「補助具の支給」に関する事項をそれぞれさす。

まず、利用者負担の問題ですが、低所得者への配慮として出された軽減措置も、3年間を目途とした経過的措置として位置づけられていますので、当然、3年後には再び大きな議論を呼ぶことになります。同時に、平成17年度の介護保険法改正では見送られた障害者福祉サービスの介護保険との統合問題も、利用者負担の問題と併せて当然、議論されてきます。

その際には、向こう3年間の障害者自立支援法の実績を踏まえた検討が焦点になると思います。本当に、障害のある人が地域で自立した生活を実現するサービスを提供できたかどうか、かえって自立を阻害するような結果にはならなかったか、利用者による負担と給付の関係は適切であったか、客観的に分析することが求められます。そして、その前提は、障害者福祉サービスに利用者負担という仕組みは適切かどうかを含む国民的議論であるといっても過言ではありません。

障害の範囲の拡大もまた、必須の見直し項目です。今回の障害者自立支援法は、障害者福祉関係法の対象をそのまま対象にしていますが、それでは漏れてしまう障害者や難病患者についても、自立支援の観点からその範囲に含まれるよう議論していかなくてはなりません。

利用者負担の問題とも深く関係する所得保障についても重要な検討事項として附則にあげられています。元来、利用者負担を導入するのであれば、低所得者への軽減措置も大事ですが、公平な利用者負担を導入する前提として、就労機会の拡大を含む所得保障対策抜きには考えられないからです。

5 最後に

障害者自立支援法の施行を前にとても気になるのは、その生活に与える影響があまりにも大きいとされるために、かえって、障害のある人の暮らしを福祉サービスの世界に閉じ込めてしまうことです。

障害者福祉サービスは確かに障害のある人の生活にとって重要なことですが、福祉以外の施策やサービスを併せて充実させていかないと、障害のある人の生活は、障害者自立支援法で見ていけばよいという考え方につながってしまいます。その意味からは、障害者自立支援法によってもたらされるさまざまな変化を、客観的に捉えていけるかどうか、関係者の見識が問われているのだと思います。障害者福祉サービスを提供する制度を持続可能なものにする、というのが障害者自立支援法の根源的な目標と言われていますが、それにとどまることなく、障害の有無にかかわらず、人が人として尊重され、当たり前の暮らし方を保障する社会を持続できるかどうかが問われているのだと思います。

(あさひまさや 埼玉県立大学)