「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年5月号
ハンドサイクルの紹介
齊藤直
はじめに
「ハンドサイクル」ってご存知ですか? 聞いたことがない、見たことがないという方も多いのではないでしょうか。本稿では、ハンドサイクルという用具、特色、取り組みについて、これまでにハンドサイクルプログラムにご参加いただいた方の声も含めて、ご紹介をさせていただきます。
ハンドサイクルとは
ハンドサイクルは、「手漕ぎ式3輪自転車」と言えば、想像しやすいでしょうか。現物をご覧になったことのない皆様は、以下にご紹介する写真1をご覧ください。
写真1 ハンドサイクル専用モデル
このハンドサイクル、近年では、パラリンピックでも取り組みが始まり、2004年のアテネパラリンピックでは、男子の参考種目として競技が開催され、2008年の北京パラリンピックでは、男女の正式種目として競技が開催されることが決定しています。
日本国内では、この1、2年で広く取り組まれるようになったため、ユーザーの間でも「新しいスポーツ」という認識が高いように思われますが、欧米では、15年以上も前からすでにハンドサイクルへの取り組みが始まっており、現在では、レクリエーションプログラムとして広く親しまれているほか、競技大会も数多く開催されています。
また、欧米のリハビリテーションセンターでは、施設にハンドサイクルが常設されており、日常のリハビリテーションプログラムに広く用いられているという現状もあります。
ハンドサイクルの分類と特徴
一言で「ハンドサイクル」といっても、その種類は非常に多く、2005年末現在では、世界には10種類を超えるハンドサイクルメーカーがあり、大会、競技会で使用するトップレーシングモデルから、リハビリテーションの現場で活躍するリハビリテーションモデルまで幅広く製造されています。
世界にたくさんの種類が既存するハンドサイクルですが、実は大きく2種類、1.ハンドサイクル専用モデル、2.車いす後付けモデルに分類することができます。
1に分類されるハンドサイクル専用モデルは、サイクリングなど「レクリエーション」を目的として、また大会、競技会など「スポーツ(競技スポーツ)」を目的として使用されるケースが多く見られます。
一方、2に分類される車いす後付けモデルは、買い物、散歩、外出といった、ご自身の「日常生活行動範囲の拡大」を目的として使用されるケースが多く見られます。
また、1の専用モデル、2の後付けモデル共に、導入モデルには「コースターブレーキ」が広く採用されているのが特徴的です。
コースターブレーキを採用しているハンドサイクルは、ハンドグリップを前方に漕ぐとハンドサイクルが前進し、ハンドグリップを後方に漕げばブレーキがかかる仕組みとなっています。つまり、安全確保のためのブレーキ操作を行う際、ハンドグリップから手を離すことなくブレーキ操作を行うことができるのです。このことはすなわち、ハンドサイクル初心者や瞬発的な運動を容易としない脳性マヒの方でも、停止したいときに、慌てることなくブレーキ操作が行えるということです。
ハンドサイクルの特色
ハンドサイクルはよく、「車いすマラソンで使用する車いすレーサーと同様の運動用具ですよね」と聞かれますが、車いすレーサーとハンドサイクルでは、使用用途が大きく違います。
車いすマラソンを始めた場合に用いる車いすレーサーは、「だれよりも早くなるため」に、「練習と大会」で使用します。日常生活の中で、「公園にぶらりお散歩のために」は使用しません。
一方のハンドサイクルは、その使い方は取り組む方一人ひとりによってさまざまで、リハビリテーションセンター等でリハビリに使う方もいれば、週末家族でサイクリングを楽しむ方や、通勤に使用する方もいらっしゃいます。
また、健常者が2輪の自転車で参加するサイクリング大会に友人やご家族と参加される方もいれば、タイムを競う、ハンドサイクル専用大会に参加される方もいらっしゃいます。もちろんそれぞれに使用するハンドサイクルは異なりますが、「使用される方の用途に合わせて、それぞれが楽しむことができる」ということこそ、車いすレーサーとは異なる、ハンドサイクル独自の大きな特色と言えます。
日本国内での取り組み
国内の取り組みとしては、2004年度から特定非営利活動法人アダプティブワールド(以下、アダプティブワールド)が中心となり、数多くのハンドサイクルプログラムを開催しています。
アダプティブワールドが実施するハンドサイクルプログラムは大きく3種類、1.ハンドサイクルクリニック、2.レクリエーションプログラム、3.大会づくりに分類することができます。
1.ハンドサイクルクリニック
ハンドサイクルクリニックでは、ハンドサイクル初心者(ハンドサイクルという言葉を聞いたこともない方、ハンドサイクルを見たこともない方)を対象に、目的に合わせた用具の選び方、車いすからの移乗、フィッティングの仕方、漕ぎ方などを主に紹介しています。
2005年度には大阪市舞洲障害者スポーツセンターアミティ舞洲をはじめとする、全国の障害者スポーツセンターやリハビリテーションセンターからも依頼を受け、全国各地でハンドサイクルクリニックを開催しました。ハンドサイクルクリニックでは、リハビリを終えてから、電動車いすしか使用した経験がない方も、ハンドグリップと手を固定する専用グローブやバンドを用いることによって、ハンドサイクルに乗ることができ、「初めて自分の力で運動を行い、風を感じることができた」というケースも数多く見られます。
またこれまで電動車いすしか使用した経験のない方が、継続して1週間程度ハンドサイクルを使用した場合では、「食欲が以前よりはるかに増した」「便通が非常に良くなった」など、ハンドサイクル利用者の、“生活に密着した報告”も数多く受けています。
2.レクリエーションプログラム
レクリエーションプログラムでは、1.実践する機会の提案、2.仲間との情報交換、3.プログラム(楽しさ)の共有を目的とし、既存のハンドサイクルユーザー、新規ユーザーが一同にハンドサイクルを楽しむプログラムを企画しています。
2005年度には、富士山の麓にある西湖をベースに2日間に及ぶハンドサイクルキャンプも開催し、延べ40人の方にご参加いただきました。このようなレクリエーションキャンププログラムは非常に人気があり、「再度開催してほしい」といった声を数多くいただいています。
3.大会づくり
大会づくりでは、ハンドサイクルユーザーが一つでも多くの大会、競技会に参加できるように、「健常者が参加する既存のサイクリング大会、自転車競技大会」の主催者に交渉して、各々の大会に「ハンドサイクルの部」を設置していただいています。大勢の皆様からのご協力をいただいて、2005年度には、国内、国外を合わせ、合計8大会に多くの選手が参戦することができました。
プログラム参加者の声
ここでは、アダプティブワールドが開催したハンドサイクルプログラム(クリニック)にご参加いただいた方の声を一部ご紹介します。
「中止の連絡も無いし…、ホンマに、こんな天候でもやるんかいな~」と思いながらも、ワクワクしながら交通機関を乗り継ぎ集合場所へやってきた自分は何なのか。悪天候にも関わらず、1人また1人とやって来る参加者も、きっと、雨でもエエやんと、遊び心いっぱいの面々なのでしょう。
途中から再び降り出した雨で時間は短縮され、満腹感一杯とはいかないまでも、充実した本当に楽しい体験でした。
ポリオの二次障害で、車いすを使うようになって2年。若い頃は、休日ごとに、右足の力だけでペダルを回しサイクリングを楽しんでいたので、自転車大好きの私にとって、ほんのひとときでしたが、久しく忘れていたダウンヒルでのスピード感溢れる全身に受ける風の気持ちよさを、身体はまだまだ覚えていました。
グリップを握る、全身でゆっくりとクランクに力を入れる、シフトチェンジをして徐々にスピードが増していく、コーナーでの減速、またスピードを上げる…うおっ~。車高が低いので、より大地とくっつくような感覚は、自転車以上に体とマシーンとの一体感があり、今まで味わったことのない新鮮な驚きでした。
フリーダムライダー、インバケアと二つの違いは感じとれましたが(ホンマかいな)、今はそんなことよりも、年齢・性別・障害の違いをも越えた、単なる移動手段ではない、楽しむ「ハンドサイクル」というすばらしい体験をしたこと自体に、体と心が喜んでいます。
身体にイイからやるよりも、結果としてイイものになったら、もっと続けたいと思い、そのために身体のケアをする。こうなったら最高ですね。
2年続きの雨中の大阪開催、スタッフの皆さんは大変ですが、だれのせいでもないのだから、話のネタにこれもまた良しとしましょう。とはいえ、3年連続は何とかご勘弁を…。また参加できることを楽しみにしています。お世話いただきましたスタッフ、参加された皆さんに感謝感謝です。
翌日(9日)のレースは打って変わって晴天。今頃、Kさん、Uさんをはじめ、皆さん大いに楽しんでいるやろうな。
チョッピリうらやましくも、自分のことのようにうれしく想像していました。
各地でのハンドサイクルに関する問い合わせ
2006年4月現在、国内におけるハンドサイクルの取り組みは、各地でクラブが発足するなど、活動が盛んになっています。今後、ハンドサイクルを始めてみたいという方は、各都道府県の障害者スポーツ協会、障害者スポーツセンター、障害者スポーツ指導者協議会等に問い合わせをされると、各地での取り組み情報が得られると思います。また、たくさんのハンドサイクルユーザーが利用する、アダプティブワールドのホームページ(www.adaptiveworld.org)もご覧になってみてください。クリニック、レクリエーションプログラム、大会ともに、どなたでもご参加いただけるプログラムがたくさん紹介されています。
(さいとうなお 特定非営利活動法人アダプティブワールド理事長)
●特定非営利活動法人アダプティブワールド
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