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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年6月号

市町村合併と障害者施策

高木邦明

はじめに

全国の市町村数が、「平成の大合併」によって約4割減少しました。1999年3月末に3,232あった市町村が、同年の地方分権一括法の成立を機に本格化した「平成の大合併」によって、2006年3月末には1,821となりました。

私が住んでいる鹿児島県では、「大合併」前の96市町村(14市、73町、9村)が49市町村(17市、28町、4村)に減りました。そして、60の市町村の名前が消えてしまいました。それを惜しむ声が、現在もあちこちで聞かれます。一方、人口10万を超える市は、以前は鹿児島市一つだけでしたが、それが(新)鹿児島市、霧島市、(新)鹿屋市、薩摩川内市の四つに増えました。また、合併前に県内にあった人口1万人以下の町村の数58は、18に減少しました。

全国の市町村合併はこれで収束したわけではありません。05年4月に5年間の期限つきで合併新法(「市町村の合併の特例等に関する法律」)が施行され、合併の第二幕が開き、継続して展開されています。市町村合併の「介添え役」としての都道府県の役割が強化された新法の下で、すでに多くの道府県で合併推進審議会が設置され、合併構想の策定が着々と進行しています。鹿児島県内でも、旧合併特例法下で合併しなかった31市町村のうち7町村において合併協議が進められています。

1 市町村合併への期待と懸念

(1)行政の効率化と財政基盤安定化への期待

新世紀の初頭に展開されつつあるこの「平成の大合併」の目的は、少子高齢化と地方分権の時代を迎え、自治体の基盤を強化することだとされてきました。合併によって行政の効率化や財政基盤の安定化が図られ、従来よりも広域的でより大きな枠組みでまちづくり事業が展開できるといったことがその効用として説かれてきました。住民に最も身近な総合的な行政主体としての市町村に、それにふさわしい基盤をつくること、つまり権限、財源、職員集団を兼ね備えた基礎自治体にしていくことが、合併による広域化・大規模化で可能になるのだとされました。

合併は分権型社会をつくる手段であり、目的ではないのだとも述べられてきました。そのために、99年に合併特例法を改正し、まちづくり・基盤づくりの資金を有利な条件で借金できるようにする「合併特例債」の発行を認めて財政面からも市町村合併が促されました。

(2)規模の利益?分散の不利益?

ここまでの「平成の大合併」では、全国には面積1900平方キロメートル、大阪府や香川県よりも広い面積を有する新しい市が誕生して話題になりました。人口規模が大きくなったことよりも、面積が広大になりすぎたと懸念される類似の例が、鹿児島県内の合併例にもないわけではありません。

規模の利益よりも分散の不利益が心配されています。多くの離島が存在し、過疎地も多い鹿児島県のような地域での合併に共通する問題と言えるかもしれません。また、編入合併となった自治体には、これまでの独自の地域づくりの取り組みが見直され、予算措置を伴う施策は縮小されるのではないか、中心部へ一極集中してしまうのではないかとの不安が根づよくあります。

今回の「大合併」を推進した国は、目標の一つに人口1万人以下の小規模自治体の解消を掲げました。その点では、500近い人口1万人以下の自治体が残りましたから、現在のところ、その目標が達成されたとは到底言えない状況にあります。合併後の基礎自治体の中で周縁地域になって行政サービスが切り捨てられるとの地域住民の懸念から、合併を選択しなかったという状況がこうした結果からは伺えます。また合併が頓挫したり、それを忌避した自治体では生き残りを懸けた行政改革への取り組みが始まっています。

2 障害者施策への影響、新たな課題

周知のように障害者自立支援法が、「平成の大合併」の第一幕の幕切れ間近の昨年10月末に成立しました。そして法の施行(06年4月1日)までの短期間に、厚生労働省から新体系のサービスの運営基準・報酬基準、障害福祉計画の基本指針などが矢継ぎ早に示されました。この5か月ほどの間は、合併に踏み切った市町村では、目先の合併事務処理に追われ、障害者自立支援法については当面必要な最小限の対応しかできなかったのが実情です。「地域生活や一般就労への移行を進める」という理念に見合う実際のサービス基盤の整備はもとより、その計画策定すらもやっとこれからというのが偽らざるところです。

しかし、前項に述べた「平成の大合併」の動向は、障害者自立支援法によりこの先の障害者施策が市町村へ実施主体が一元化されることと重なって、障害者福祉のあり方そのものにも影響を及ぼしそうです。筆者が身近な九州・鹿児島において見聞してきたことや、マスコミ等で報じられた内容を基にして、それらを少し整理してみることにします。

(1)高まる地域福祉への関心

第一には、これまで基礎自治体、市町村の行政施策に無関心であった住民が、合併論議や住民投票の実施でずいぶん様変わりしたことです。合併のあり方やその功罪について地域を二分するような激しい議論が交わされたところもありました。こうした地域への関心の高まりは、たとえば、この先本格化する市町村での障害福祉計画策定において、住民参加を実質化するうえで積極的な意味をもつのではないでしょうか。そして、脱施設化(地域移行)の具体化に欠かせないボランティア活動の推進、「障害者理解」の促進にもつながることが期待されます。

また、広域化に伴って住民に身近なサービス提供能力を向上させていくことが市町村合併の大きな目的であることを先に指摘しました。これまで市町村圏域を超えた二次的な障害保健福祉圏域で考えられてきた施設の配置・利用なども、合併によって一次的な市町村圏域内での自立と共生の社会づくりと、さらに緊密に連動させて考えられるようになります。戦後長く続いた中央集権的な福祉行政制度を障害者福祉の分野でも、市町村が実施主体となり、名実ともに変えていくことができます。障害者施策の総合化を住民が暮らす場で実現していく地域福祉への関心が行政、住民の間で今後高まっていくことが考えられます。

(2)厚みのある陣容で計画策定等が可能に

次いで、市町村合併は行政の効率化、職員の削減につながるとよく言われますが、それは合併後5年・10年経ってのことです。首長や議員の削減とは違って、職員の削減にはかなりの年数を要します。合併直後に限れば、合併した基礎自治体はどこも大きな行政組織を抱えることになります。障害者福祉行政を担当する職員も、同規模の自治体と比較すればその人数はかなり多くなります。したがって、各市町村で06年度中に策定しなければならない第1期計画(06年度~08年度)、および3年後に策定することとなる第2期計画(09年度~11年度)あたりまでは、合併市町村では整った陣容で障害福祉計画の策定が可能になりそうです。内閣府の発表した全国の市町村の「障害者計画」策定状況(04年3月末現在)でも85.9%の市町村が策定済みとなっており、合併市町村には計画策定の経験を有するスタッフが多く控えているからです。

障害者自立支援法の下で、市町村には障害福祉計画策定と数値目標の設定が義務づけられました。すなわち障害者福祉行政における計画化の徹底が図られようとしています。このことは、各市町村で住民の意見を反映して、公共的意思決定の合理化をいかに進めるかという課題でもあります。ここまでの市町村障害者計画で数値目標を掲げた自治体が少数にとどまっていることにも示されるように、財源確保の課題と絡めての踏み込んだ計画策定は相当の困難を伴います。ここらにも合併事務で蓄積された経験が大いに役立つと考えられます。

さらにまた、障害者自立支援法では、障害程度区分等の審査判定業務を行うため、市町村に介護給付費等の支給に関する審査会が置かれます。市町村審査会でどの程度、障害者の生活に関わる判断の専門性を担保できるかが課題となります。これに対しても、合併直後の基礎自治体は障害福祉課や係の人数を拡充して、研修に職員を出すとか、情報収集を幅広く行うなどして必要とされる専門性を高めていく可能性を有していると考えられます。

(3)サービス格差の縮小と拡大

もちろん、現実に取り沙汰されている合併の障害者施策への影響は、プラスの効果だけではありません。市町村合併推進の基礎には効率性重視、市場主義の考え方があります。障害者自立支援法においても、経済効率を高めるための自由競争を促進するところまで踏み込み、利用者の負担を増大することになったため、大きな論議を引き起こしました。こうした事態については、私は障害者施策が、自立支援をめざして個人生活の広い範囲を扱うようになって、「生活困難に対する個人責任と公共的責任とが、新たに問われる」1)という転換期に、いまわれわれは直面しているのだと考えています。

ノーマライゼーションの具現化、共生社会の実現という目標は変えずに、その手段・方法においてサービスの供給主体を多元化する、見方によっては公的責任を後退させ、市場機構に包み込んで根本的に変容させることが障害者自立支援法によって提起されているだけに、これからの法の運用・具体化の過程で十分な論議を重ねていくことが欠かせないと考えています。

ところで、『厚生労働白書(平成17年版)』において、障害福祉サービスの提供体制の地域差は「国民が必要とする一定水準を下回って生じている地域差」2)と指摘されるように、総じて全国の市町村の基盤整備状況は「自立と共生の社会」を実現するところまで至ってはおりません。急ぎ対処していく課題として、どの基礎自治体でも位置づけるべきです。

おわりに

体制の整わないうちに障害者自立支援法は動き出しました。そしてサービス利用料の定率(1割)負担だけでなく食費等の自己負担も利用者には課せられたことや、事業者に対する報酬基準において単価の引き下げと利用実績払い方式が導入されたことによって、なお落ち着かない状況が続いております。

そしてまた、地方自治体の財政基盤を整えることが目的とされた三位一体改革でしたが、市町村関係者の期待に沿ったものとはなりませんでした。なお地方交付税の削減、配布方法の見直しが検討されています。地方分権の推進、地域の再生・活性化を図ろうとする市町村の行く手もまた依然として平坦ではありません。しかし、少なくとも、合併による当座のプラス面として先に挙げたいくつかの状況を、私たちは雲散霧消させることは避けるべきです。手をこまねいていては、障害者施策の市町村間での、また市町村圏域内での地域格差が是正されないばかりか拡大されてしまいます。「平成の大合併」を市町村の機能強化、地域社会の自治・自律強化の契機にしていく自覚的な取り組みがいま必要です。まさに新しい障害者自立支援法の施行が、それらの格好の試金石となっていることを強く感じさせられます。

(たかぎくにあき 鹿児島国際大学福祉社会学部)

(引用文献)

1)窪田暁子・高城和義(2004)『福祉の人間学』勁草書房、7頁

2)厚生労働省編(2005)『厚生労働白書(平成17年版)』ぎょうせい、213頁