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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年7月号

国際援助機関における取り組み

国際協力銀行における取り組み

土橋喜人

1 国際協力銀行の役割と方針

日本は、政府開発援助(以下、ODA)*1の金額において2001年より5年連続世界第2位の地位を占めている。日本のODAの特徴は有償資金協力(以下、円借款)、つまり貸付が他の先進国に比して圧倒的に多いことにある*2。その円借款の実施機関が国際協力銀行(以下、JBIC)である。JBICにおいては、中期政策として海外経済協力業務実施方針(2005-2007年)を打ち出しており、その重点分野の一つとして貧困削減への支援をあげている。

貧困削減と障害者支援が密接に関わっており、その支援が必要であることは、国際ドナー間でも広く認識されている*3。JBICにおいては、そのような国際ドナーの動向等を踏まえ、JBICにおける本格的な取り組みについての検討を進めているところである*4

2 円借款事業の特徴と障害者支援

円借款事業はODAの中でもインフラストラクチャー(経済社会基盤)(以下、インフラ)整備事業への支援が中心となっている*5。これは、インフラ整備が途上国の発展・開発に不可欠であるとの基礎認識に立脚している。昨今、インフラ整備が貧困削減にも寄与するという考えは国際的にも認識されてきている*6。他方、日本における障害者支援においては、物理面でのバリア解消は4つのバリア(物理面、制度面、社会面、情報面)のうち、最も取り組みが進んでいる分野と考えられる。物理面でのバリアフリー化の進捗は目覚しく、ハートビル法と交通バリアフリー法により、特に都市部におけるバリアフリー化は大きく前進していると考えられる。

このように円借款による支援の特徴と日本の国内での取り組みを考慮すると、今後の円借款事業における障害者支援は、障害者における4つのバリアのうち、物理面であるインフラのバリア解消に大きく寄与することが可能と考えられる。

3 具体的な取り組み実績

JBICでは、円借款プロジェクトをよりよいものにし受益者に貢献していくという取り組みの結果として、施設等のバリアフリー化を図ってきている。具体例としては表のような事例が挙げられる。その中では、タイのバンコクの地下鉄事業が代表的な事例(以下、グッドプラクティス)として挙げられる。エレベーターやトイレの設置はもちろん、ホームドアの設置等も行っている。この事業では、障害者団体に対する計画や実施段階でのコンサルテーションや、JICAの支援によって実施しているAPCD事業によるタイの地下鉄の実施機関の職員への研修等も実施されていることから、障害者配慮が行き届いた事業と言われている。

表 JBIC円借款事業における障害者支援のプロジェクト例

国名 案件名 障害者への支援(配慮)内容
インドネシア ジャワ南線鉄道複線化事業 駅のプラットホームのかさ上げ
エジプト 大エジプト博物館建設事業 博物館施設内のバリアフリー化(エレベーター、トラベレーター、トイレ、等)
カザフスタン アスタナ空港改修事業 旅客ターミナルビルのバリアフリー化(エレベーター、トイレ、フロア段差排除等)
タイ バンコク地下鉄建設事業 駅構内におけるバリアフリー化(トイレ、エレベーター、ホームドア設置、等)
中国 甘粛省人材育成事業 各大学とも通常では入学が困難な身体障害者への優遇措置を謳い、障害学生の受入促進

(出典:JBIC情報を元に筆者作成)

4 推進方法

今後の推進方法としては、案件ベースと政策ベースが考えられる。案件ベースについては、前出の2および3でも述べたようなインフラ事業における施設等のバリアフリー化が中心となろう。JBICでは、すでに全案件に対して環境、社会開発、貧困削減、ジェンダー配慮等といった視点からの主流化の検討を行っていることから、障害者支援においても個別案件の障害者配慮のグッドプラクティスを積み上げつつ、主流化を図っていくことが考えられる。

また、政策面で途上国側と協議することは重要であり、障害と開発を巡るイシューは協議すべき課題の一つとなろう。その際、貧困削減戦略ペーパー(以下、PRSP)に関するドナーと援助受入国政府との協議の場を活用することが考えられる*7。近年、このPRSPの策定過程を通して、ドナー間の援助協調やドナーと援助受入国政府との政策協議が積極化している。PRSP策定過程において、ともすれば途上国では優先順位が劣後しがちな障害者問題に関して、援助機関として政策提言を行うことが考えられる*8。その際、前述の案件ベースでの個別のグッドプラクティスを積み上げ、援助受入国での幅広い理解を得ていくことで、より効果的かつ説得力のある政策提言が可能となろう。

5 取り組み方法

インフラ事業におけるバリアフリー化の推進は、途上国側においても、アクセシビリティの確保を法令等で規定している場合が多く見られる。問題はそれらが必ずしも遵守されていない点にある。このことから、まずは途上国側に自国の法令の遵守徹底を促すだけでもかなりのバリアフリー化の推進が可能であると考えられる。

その過程においてはステークホルダー*9との協議が必要と考えられる。画一的に定められがちである公的基準を守るだけでは十分な配慮をすることの難しさは日本国内の取り組みでも明らかになってきている。よりよい取り組みを進めるためには、日本国内でもグッドプラクティスと言われている中部国際空港等の取り組みが参考になろう。また、各地の福祉のまちづくり条例における住民参加型の取り組みも大いに参考となると考えられる。

6 経済的な妥当性

前述の通り、すでに公共運輸事業を中心としてバリアフリー化の実績があるが、その一方で、インフラ案件でのバリアフリー化については、大幅なコスト増の問題が生じるのではないかという先入観があるようである。しかし、計画当初からバリアフリー化デザインを採用している場合、一般的には建設コストの0.5~1.0%程度でバリアフリー化が可能とされている*10。逆に、事業完成後にバリアフリー化する場合は相応の費用が見込まれる。当初から計画される場合と途中から設計変更される場合では、バリアフリー化にかかるマージナル・コストは数倍から数十倍程度の開きがあるとされている*11。今後、世界的に高齢化社会が進むにつれ、高齢者・障害者に配慮した社会作りが進むことを考えると、途上国においても当初からバリアフリー化をはかることを推進していくことは、最終的には少ない費用負担でより良好な社会サービスを提供することに繋がる。実際に、日本を含む先進国では、既設の各種インフラのバリアフリー化を行っていることから莫大な費用がかかっている。このことから、当初からのインフラのバリアフリー化を行うことはコスト的にも十分、正当化することが可能である。

また、経済的効果の視点も重要であろう。日本の国土交通省が実施した調査では、バリアフリー化が総合的には経済的にもプラス効果があると結論付けられている*12。たとえば、円借款事業における観光事業への支援も行われ、かつバリアフリー観光が注目を集めている*13ことから、商業的にも効果がある点に着目して、障害者の視点を入れることも考えられよう。国内では、飛騨高山が観光バリアフリー化の戦略*14で観光客数を1.5倍に伸ばしている。このような事例を途上国観光産業の視点に取り入れていくことも有効と考えられる。

7 ネットワーク構築

これまでJBICでは、ネットワーク構築としてさまざまな国際援助機関、障害者団体、有識者、省庁等との協議等を通じての連携強化を図ってきている。たとえば世界銀行との公開セミナーの共催や同種セミナーへの参加、FASID/NGO研究会への参加、DPI日本会議や日本障害者リハビリテーション協会等との協議、有識者・公的機関との面談、等を行ってきている。またアジア経済研究所が運営している「障害と開発メーリングリスト」からの情報も有効に活用している。

これらは情報収集・知識向上とともにネットワークの構築にも寄与することから、今後とも強化を推進し、日本の援助においてより効果的な援助実施をめざしてよりよいネットワークを構築することが望まれる。

8 おわりに:今後の方向性

障害者の問題が新たな開発課題として取り上げられてきている世界的潮流の中で援助機関が果たす役割は大きい。また、国連アドホック委員会で検討されている障害者の権利条約案が、近い将来、国連本会議で決議され、発効することが期待されており*15、途上国側でも障害者支援の強化が進められることになると考えられる。JBICでもより積極的な取り組みが求められていくこととなろう。

このような障害者支援・配慮の視点を培い、より良い開発援助を推進していくためには、可能な限り多くのステークホルダーとのコミュニケーションを図り、パートナーシップを構築していくことが必要であろう。その中で、心とスキルを涵養し、もってより多くの人々に援助の便益が届くように模索していくことが重要と考える。

(本稿は、外務省委託により(財)国際開発高等教育機構(FASID)が実施した研究会の報告書における筆者原稿を基に加筆・修正したものです。また、本稿に記されている見解、判断は筆者のものであり、国際協力銀行の公式見解ではありません。)

(どばしよしと 国際協力銀行開発セクター部社会開発班調査役)

*1 ODAは開発途上国(以下、途上国)の経済・社会開発のためにドナーが行う公的援助である。

*2 日本のODAにおける有償資金協力額は約19億ドル(DAC22か国中1位)、贈与比率(ODAに占める無償資金協力および技術協力の比率)は56.3%(DAC22か国中22位)である(2003年実績値)。

*3 たとえば、世界銀行(以下、世銀)のウォルフェンソン前総裁はミレニアム開発目標(MDGs)の達成に関して、障害者への支援なくしては実現させることは困難であろうと公言している。以下を参照。World Bank(WB),2005.Disability and Development.(http://web.worldbank.org/)。また、日本の外務省は平成17年度の調査として「NGO研究会(障害分野)」を実施した。この調査は人間の安全保障の概念に基づいた障害者支援を基本とし、外務省が国際開発高等教育機構(以下、FASID)に委託し、実施された。その中では、国連/国際金融機関/二国間政府援助機関の障害分野での取り組みについても述べられている。以下を参照。FASID、2006、『人間の安全保障を踏まえた障害分野の取り組み-国際協力の現状と課題-』、外務省経済協力局、東京(a href="http://www.fasid.or.jp/chosa/kenkyu/ngo/pdf/handbook.pdf)または(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/shien/05_shogai_hb/)

*4 JBICが実施してきている円借款においては、開発セクター部の中に社会開発班を設置し、全円借款案件に社会開発の視点からチェックする体制を整えており、「障害と開発」の課題については、2003年より同社会開発班に障害と開発の担当者を置き、取り組みを進めている。

*5 2002~2004年度実績においては約9割がインフラ事業となっている。

*6 たとえば、道路整備により、市場、学校、病院へのアクセスの改善がなされ、生活水準の改善を見込むことができる。

*7 PRSPに関しては政策大学院大学の以下のWebsiteで包括的にまとめられている。http://www.grips.ac.jp/forum/prspstrategy.html

*8 PRSPと障害者支援については世銀がHPに情報をまとめている。
“Poverty and Disability: Poverty Reducation Strategies”,World Bank,Washington

*9 受益者、関係者、関心を持つ人々、関係機関を対象者と想定(筆者)。

*10 Metts,Robert L.,2000,“Disability Issues,Trends and Recommendations for the World Bank(Full Text and Annexes)”,World Bank,WasingtonやWorld Bank(WB),2005.“Education Notes; Education for All:The Cost of Accessibility”,World Bank,Washingtonを参照。

*11 Ratzka,Adolf,1995.”A brief survey of studies on costs and benefits of nonhandicapping enviroments.”やユニバーサルデザイン研究部会編著、「オフィスのユニバーサルデザインに向けて」日本ファシリティーマネージメント推進協会調査研究委員会、東京を参照。

*12 以下を参照。建設省(現 国土交通省)建設政策研究センター、2000、「バリアフリー化の社会経済的評価に関する研究」。国土交通研究所、2001、「バリアフリー化の社会経済的評価の確立に向けて-バリアフリー化の社会経済的評価に関する研究(Phase II)-」。

*13 リハビリテーション研究No.126(2006)参照。

*14 詳細以下参照。山本誠、2003、「モニターが創ったバリアフリーのまち」、ぎょうせい、東京

*15 同条約の発効には30か国以上の批准が必要であるが、世界で障害者差別禁止法を施行している国は途上国も含めて50か国以上と言われていることもあり、発効までにそれほどの時間は要しないと考えられる。