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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年7月号

障害者の権利条約における開発と障害への視点
~国際協力の議論から

金政玉

1 開発援助と障害に関する国際的な枠組みの変化の経緯

第2次世界大戦後の「開発援助」に関する国際的な経緯の概要は、10年単位の変化で見ていくとおよそ次のように区分できると思われる。

まず、第1期(1945年~60年前後)は、第2次大戦の主要国(戦勝国とドイツや日本等の戦敗国)の戦後復興を基軸とした社会の基本的なインフラ整備から始まり、国内の経済成長が東西冷戦下の二極化された国際的な政治経済の相互協力体制における「開発」として進められた。

第2期(60年前後~80年代後半)は、東西冷戦体制のもとでアジア、アフリカなどの旧植民地諸国の独立が世界的に広がり、第三世界圏のグループとして国連における発言権が強まった時期でもある。自由主義圏と社会主義圏のそれぞれの国々との二国間または多国間の経済協力=開発援助の関係づくりが「均衡ある経済発展」の目標のもとで進められていった。

第3期(1990年代前半~現在)は、東西冷戦の終結後、特に第2期のいわゆる「先進国」と途上国及び後発途上国との間における経済協力=開発援助を通じてもたらされた結果が、先進国と開発に乗り遅れた途上国の経済格差のみならず、援助される側の途上国における一部の富める者と大多数の貧しい者との生活格差という国内の経済格差が顕在化した時期にあたる。この時期は、こうした背景から開発援助の新しいテーマとして「人間開発」や「人間の安全保障」、「開発援助の質的見直し」、「権利に根ざしたアプローチ」等の言葉がキーワードとなり、「開発」のあり方と検証がさまざまな切り口から行われるようになった時期と対応している。

このような文脈との関連で、「開発援助」と「障害」の関係は次のように整理することができる。「開発援助における障害の位置づけと取り組みは、開発概念の変化に伴い変化してきた。近代化や経済成長指向のもとでは障害者はそれに貢献しないものとして捉えられ、障害は開発の課題とは見なされず、開発の枠組みの中ではなく慈善や弱者保護という枠組みによってのみ取り組まれた。構造調整政策のもとではそのような取り組みさえも開発の効率を妨げるものとしてさらに縮小されてきた。しかし、経済成長ではなく貧困や人権、民主主義や生活の質が開発の問題となりつつあるなかで、障害はジェンダーなどと同様に開発の枠組みにおける分断横断的な課題として認識されはじめている。」(注1)

2 開発に関する「障害者の権利条約」の審議過程における議論

開発概念の変化にかかわる開発援助と障害の関係性は、ストレートにではないが、「障害者の権利条約」の政府間交渉における審議過程の中でも重要な争点または議論の一つとして反映されている。

2001年の国連総会は、同年9月11日の「同時多発テロ」を受けて、反テロリズムの強い空気のもとで開催された。障害者の権利条約が必要であることを主張したメキシコのフォックス大統領は、同総会の一般討論演説の最後で次のような主旨の発言をしている。

「最も脆弱な集団の排除を許容したまま、公正な世界の実現は望めない。だからこそ、メキシコは障害者の権利条約策定のための特別委員会設置を提案したのだ。」

「テロリズムとの闘いと、開発の促進が今日の発言の焦点であり、これこそが国連の新たな歴史の始まりとなるだろう。」

こうした障害を貧困と社会的排除という文脈に取り込んだメキシコの積極的な主張が推進力となり、同年の国連総会では、周知のように「障害者の権利条約」(以下、条約と略す)の策定に関する諸提案を検討するための特別委員会の設置を決定した。この決議文において重要なのは、社会開発・人権・非差別の3分野での全体論的な(holistic)アプローチに基づくことが規定されたことである。(注2)

その後、最初の条約草案を作成した作業部会(2004年1月)では、開発の視点を作業部会草案に盛り込むことについてEU等の先進国は反対し、国際協力についても、特にEUは独立した条文に盛り込むことについて強行に反対した。一方、途上国の側でもインドが「先進国の義務」として「先進国は本条約の実施のために、途上国と後発開発途上国(LDC)への財政的資源の移転のための具体的な措置を講じるものとする」という文案を提起したが、作業部会ではコンセンサスは得られず、「国際協力」に関しては、作業部会草案(前文と25条により構成)に付属文書2として討議の要約が付されることにとどまった。

作業部会草案を審議した第3回から第5回までの特別委員会では、メキシコ政府代表がファシリテーターとなり「国際協力」を「前文」や「一般的義務」の条文に盛り込むか、それとも独立した条文にするかという点をめぐって継続的な議論が行われた。その結果、第6回特別委員会で独立した条文とすることが確定し、第7回特別委員会(06年1月16日~2月3日)では、条文にカッコ(ブラケット)が付いており継続討議になっているが、以下の「国際協力」の条文が提案された。

[第32条 国際協力]

1 締約国は、この条約の目的及び趣旨を実現するための国内的努力を支援するものとして国際協力及びその促進が重要であることを認め、また、これに関しては、国家相互間において並びに、適当な場合には関連のある国際的及び地域的機構並びに市民社会特に障害のある人の団体と共同して、適当かつ効果的な措置をとる。その措置には、特に次のことを含むことができるであろう。

(a)国際開発計画を含む国際協力が障害のある人にとってインクルーシブで、かつ、アクセシブルなものであることを確保すること。

(b)情報、経験、研修計画及び最良の実践の交換及び共有その他を通じて能力構築を容易にしかつ支援すること。

(c)研究における並びに科学的及び技術的知識へのアクセスにおける協力を容易にすること。

(d)適当な場合には、技術援助及び経済援助(アクセシブルな支援技術へのアクセス及びその共有を容易にすることによる援助並びに技術移転を通じた援助を含む。)を提供すること。

[2 さらに、締約国は、国際協力が補足的かつ支援的な役割を果たしているとしても各締約国がこの条約に基づく義務を充足することを約束していることを認める。]

[2 各締約国は、国際協力のいかんを問わず、この条約に基づく義務を充足することを約束する。]

柱書きでは、あくまで国際協力を締約国の国家的努力の支援として位置づけている。また(a)では、開発援助が障害者を排除しないことを求め、(d)は、技術援助と経済援助を適切な場合には供与することを求めている。第2項は二つの選択肢が併記されているが、後者は中国提案である。どちらも国際協力を前提とせず、各締約国が条約に基づく義務を果たすことを約束するという点では同じ内容である。(注3)

3 「国際協力」に関するJDFの意見

JDF(日本障害フォーラム)では、作業部会草案に社会開発の要素を含む「国際協力」に関する条文が盛り込まれなかった点に注意を払い、外務大臣宛の要望書(04年4月)には「コメント」として次のように述べている。

「コメント1」

国際協力については、条文に取り上げること自体が重要である。条文に位置づけられなければ、障害者の国際領域において何をしていくのかという議論すらおこってこないというマイナス面を考慮すべきである。

「コメント2」

ILOでは、最悪の形態(たとえば、性的な労働や兵役につかせることなど)の児童労働については、直ちに禁止ならびに廃止するようにしなければならなくなっている(ILO第182号条約)。とくに途上国におけるそうした最悪の形態の児童労働を「5年以内に」禁止ならびに廃止できるようにするため、先進国の政府および労使団体などから任意拠出された資金により、技術協力が行われ、実効をあげている。

こうしたILOによる方式は、とくに途上国における障害者差別撤廃に向けて国際協力をすすめる上で参考になると思われる。

「コメント3」

現在の政府開発援助の問題点は、障害者だけを対象にした事業と、一般的な事業が乖離し、後者における障害者への配慮が欠けている点にある。障害者を対象とした国際協力事業だけでなく、一般住民を対象とした国際協力事業の恩恵にも障害者が浴しうるようにするため、バリアフリーガイドラインの策定と遵守を国際協力の原則とすることを提案する。

以上の「コメント」は、基本的には、本稿の(注1)で紹介した開発援助と障害の関係に関する問題認識と共通するものとなっている。

4 求められる視点と課題

現在、条約の策定過程は、本年8月には第8回特別委員会が開催され、審議も大詰めの段階に入り来年中には国連において採択される可能性が強くなっている。着目しておく必要があるのは、条約の権利上の構成をどのように組み立ててアプローチしていくかということにかかわる論点である。

「障害者の機会均等化に関する基準規則」(1993年国連総会採択)は、社会権を基調とする枠組みによって構成されており、障害と環境との関係を基軸とする「社会モデル」の視点からアプローチしているという点で評価できる。

この点に関連して、権利概念の変遷を歴史的文脈の中で捉え返すことが重要になっている。近年の理論的整理として関心を集めている三つの要素―国家からの自由を意味する自由権(即時的実施義務)は第1世代の人権、国家の積極的な施策を求める社会権(漸進的実施義務)は第2世代の人権、開発の権利等の集団的権利は第3世代の人権―の密接な関係性の構築に向けて、どのようにアプローチしていくのかが共通のテーマになっている。すでに社会権規約委員会の一般的意見(94年)では、自由権と社会権が密接不可分で相互に依存しあうことが確認され、本条約案の前文(c)においても障害のある人の権利の行使にあたって、この点は改めて確認されている。

今後の課題として重要と思われるのは、条約の条文案(ワーキングテキスト 本年2月)の「一般的義務」(第4条)の3項との関係である。

「3 締約国は、この条約を実施するための法令及び政策を発展させ及び実施する場合において並びに障害のある人と関連する事項に係る他の意思決定過程において、障害のある人(障害のある子どもを含む。)を代表する団体を通じて障害のある人と緊密に協議し並びにこれらを積極的に関与させる。」

〈社会開発・人権・非差別〉を戦略的な目標として設定し、アジア太平洋等の地域内、または国際的な地域間の障害NGOの相互の密接な情報交換と連携を進めていくことを通じて、条約に基づく法令や政策の立案と実施においては、「障害のある人(障害のある子どもを含む。)」を代表する団体の参画を確保し、緊密に協議することを締約国の義務としてどのように履行しているかを検証するモニタリングに向けたアプローチが一層必要になっている。

(きむじょんおく DPI障害者権利擁護センター所長)

(注1)「開発援助と障害―実践のためのフレームワーク」久野研二(森壮也編『開発問題と福祉問題の相互接近―障害を中心に』調査研究報告書第3章所収 アジア経済研究所2006年)

(注2)「障害者の権利条約交渉における障害と開発・国際協力」長瀬修 参照(前出調査研究報告書第4章所収)

(注3)引用は、(注2)から