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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年7月号

ワールド・ナウ

香港の障害者差別禁止法(DDO)と機会均等委員会(EOC)*1

ジョセフ・クオック*2
翻訳:長田こずえ

障害者差別禁止法(Disability Discrimination Ordinance:DDO)*3

DDOは障害者とその関係者を、障害を理由とする差別、嫌がらせ、中傷から守るための法である。DDOの主な要素を以下に挙げる。

障害:障害とは、身体機能もしくは精神機能が完全あるいは部分的に欠如していたり、病原体(HIV等)が存在したり、身体の一部に機能不全、先天性異常あるいは損傷があったり、現実を認識する能力、感情、判断力に影響を及ぼして行動障害や学習障害を引き起こすような疾患、不健康状態、病気を患っている状態を指す。現存の障害だけでなく、かつて存在したがもはや存在しない障害、今後生じると予想される障害、あるいは結果的に被ることになる障害も含まれる。これらのDDOに示された障害の定義に該当する障害者だけが、DDOによる保護の対象となる。

保護の範囲:障害者及びその関係者は、雇用、教育、一般の人々が利用できる場所へのアクセス、物品、サービス及び施設の供給、裁判所での弁論、クラブ活動やスポーツ活動等の各分野において保護される。

機会均等委員会とDDOの施行

機会均等委員会(EOC)は、DDO、性差別禁止法等の各種の差別禁止法を執行し監視する機関として、法の下に設置された。EOCは100%政府資金によって運営されるが、政府とは独立した組織体であるため、政府を提訴することも可能である。よってEOCは政府の活動をチェックするという重要な役割を果たす。政府の最高責任者が、EOC委員を個別に指名する。委員職は無償であるが、EOC委員長は政府の上級行政官と同等の給与を受ける。EOCは主として、苦情の調停・和解、戦略的訴訟、正式な調査、優れた業務規範の公表、研究及び教育の各分野において機能する。

苦情の調停・和解

EOCは、DDOの適用対象となる苦情を受けた場合、法の定めに従い、調停によって訴える側と訴えられる側が和解に到達するように、全力で取り組まねばならない。調停とは、苦情の当事者双方が、EOC委員が務める調停者を介して行う、和解に向けた自発的なプロセスである。和解の合意書は拘束力を持ち、当事者双方が合意したことの証明となる。和解の内容はさまざまであり、陳謝、補償その他の救済策を含めることもできる。

EOCは、両当事者による円満解決を促し、これを支援する。苦情が解決されず、苦情を訴えた側が裁判に持ち込むことを決意した当事者は、EOCに対し、訴訟手続きの支援を申請することができる。支援には助言の提供、EOCの弁護士による代理業務、外部の弁護士への法定代理業務の委託、その他EOCが適切と判断するあらゆる形式の支援が含まれる。しかしEOCが訴訟の支援を行うのは、法の先例を明確にする、もしくは新例を作るうえで、訴訟の支援が戦略的に有効と判断される場合に限られる。

1998~2002年の統計データによれば、照会件数は増加傾向が続いており、EOCが市民にとって一層身近な存在になっていることがわかる。報告された期間中の苦情件数にはばらつきがあるが、変動幅は小さい。調査と調停を求める苦情件数は2001年に416件と最多であったが、2002年には大幅に減少し341件であった。

雇用分野における調停の試み

雇用分野における苦情件数は、1999年最少(178件)、2001年最多(415件)であった。1998年から2001年にかけての著しい増加傾向は、EOCの役割と機能に対する市民の認識が高まったためと解釈できる。2002年には一転して減少に転じたが、これは失業率の歴史的上昇及び不況の結果であろう。労働者の絶対数の増加も約330万人と比較的少なかった。報告された期間中における、雇用/非雇用分野の調停成功率(年間)には変動(表1)が見られたものの、平均で雇用分野48%、非雇用分野61%と、雇用分野において著しく低い。香港経済は著しい下降傾向にあり、1997年までは3%前後と低レベルで推移していた失業率が、近年は8.7%と過去最高を記録している。これらの統計データはさらなる分析が必要と思われる。

表1 試みた調停の結果

雇用&非雇用分野において試みた調停件数
調停完了(%) 調停失敗(%) 計(%)
1998 52(57) 39(43) 91(100)
1999 81(70) 34(30) 115(100)
2000 74(56) 58(44) 132(100)
2001 90(68) 43(32) 133(100)
2002 84(51) 80(49) 164(100)
計 Total 381(61) 254(39) 635(100)

資料:EOC(2003)

戦略的訴訟

EOCが訴訟の支援を行うのは、当該の事例が原則に関係する疑問を提起する場合、公共の利益に関わる場合、裁判所の解釈による法の明確化もしくは先例が求められる場合、複雑な事例の場合である。訴訟の成功例としては、EOCが果たす戦略的訴訟という機能の重要性を明確に示すものである。

次に一つの事例を紹介しよう。消防局と関税局から不当な扱いを受けたとして3人が訴訟を起こした。彼らはいずれも肉親の1人が精神障害者だという理由で雇用を拒否された。この肉親の件を除けば、3人は雇用条件を満たしていた。3人の不採用は既存の基準のもとに下された判断であり、消防局と関税局は、法による強制なしでは、各々の立場を変えることはできないとした。この結果、政府は敗訴することになり、以後、同様の理由で採用を断ることは違法となる。

DDOとEOCは社会的及び経済的にコストがかかりすぎるか?

特定の人々によるDDOの濫用が甚だしいため、一部のビジネスマンはその通常業務を著しく妨げられているという指摘がある。またEOCはその任務である戦略的訴訟を遂行することで、一部の政府機関や商業部門、及び社会的調和を最優先する政党の反感を招いている、とも言われている。また、DDOとEOCは社会をまとめるのではなく、分断しているという主張も聞かれる。しかしEOCの業務及びEOCと各種の社会的部門との関係を詳しく見ていくと、実際はその逆であることがわかる。たとえばEOCが扱った訴例の情報提供をめざす研究分野等、EOCとの積極的な連携が見られる。

教育分野でもまた、教育に関する業務規範に基づき、障害をもつ生徒の入学を各校に強要すると、多くの学校において質の高い教育サービスの提供が困難になるという意見がある。その理由として挙げられるのは、要求される研修を受けた教員の不足、必要なバリアフリー施設の不備等である。しかしこの規範は、学区における利害関係者との集中的な協議を経て導入されたものであり、したがって関係者から大いに歓迎されたのである。

同じ頃(1997年)教育局は、「インクルーシブ・スクール」プロジェクトを数校で試験的に実施した。このプロジェクトでは、多様な能力を持つ生徒を普通校に受け入れ、効果的な教育を受けさせるため、学校全体で取り組むべき課題を探った(教育局、2002年)。このプロジェクトに参加した学校数は、2002年度までに66校に増加した(小学校45校、中学校21校)。2005年度までにこれを100校にする計画が具体化している。

調停はEOC内で行うか?それとも外部に委託するか?

EOCは、政府の資金援助を得て、調停チームを雇用し研修を行っている。EOCの調査・調停チームは高い専門性を有する集団であり、常にEOCの誇りである。しかしEOCによる調停の相対的な成功率の高さについて、他の調停プログラムやその相対的な費用効率との比較による、詳しい調査が行われたわけではない。重要な検討事項の一つは、EOCの調停事業を、外部の独立機関に委託すべきか否かということである。この選択肢は、和解業務の効率性と専門性を高める結果となるかどうか詳しく調べる必要がある。外部の独立調停機関の利用は、EOCの現在の運営費の大幅削減につながり、EOCはその分を他の重要な役割(戦略的訴訟、正式な調査等)に回すことができるであろう。またEOCが和解と訴訟という両方の機能を果たすことに伴う、市民の混乱を防ぐことにもなるのである。

DDO裁判所?

和解に達しなかった場合の制裁措置に関しては、EOCが現在有する法的権力はごく限られている。不当に扱われた当事者は、その件を当然公判に付すことができるが、DDOでは「訴訟費用は両当事者が負担する」としている。訴訟費用の回収に関する法の目的は明確で、不当な扱いを受けた当事者(通常は弱者)を守り、被告側が高額の弁護士を雇用して、訴訟の進行を制限するのを防ぐことである。逆に不当な扱いを受けた当事者も、EOCの積極的な助言を受けて、当該の訴訟の勝利を確信している場合でも、勝訴するためには自身で法的費用を支払う資金を集めなければならない。また被告は、EOCの資源は非常に限られており、すべての苦情に対する完全な法的支援は不可能であると承知しているため、和解には消極的になりがちである。

現在の制度は、不当な扱いを受けた当事者が、完全に有利な立場に置かれるわけではない。これらの状況を考えると、香港は、自らの裁判所制度の経緯のみならず、差別と人権訴訟を扱う海外の司法制度からも、教訓を得ることができるだろう。裁判所(tribunal)と法廷(court)の違いは、前者は訴訟の非公式な聴聞を行い、原告と被告が各自の実情を説明するのを認めている点である。通常裁判所は各訴訟における事実関係を処理し、法の執行及び適切な救済策を決定するが、法そのものの是非を審理することはない。

裁判所はすでに香港の司法制度に完全に組み込まれており、最多の事例を扱っているため、おそらく香港の司法制度において最もよく知られた機関であろう。簡易裁判所は、5万ドル以内の賠償請求に、迅速かつ安価な方法で、非公式に対処する手段として、1976年に簡易裁判所令(第338章)により設置された。簡易裁判所では弁護士による代理は認められず、証拠の原則も適用されない。DDOが発効されてから7年以上が経過し、裁判所はこれまでに差別に関する訴訟を数多く扱ってきた。迅速かつ安価な方法で非公式に差別に対処する手段として、DDO裁判所の設置を検討する機が熟したと言える。

おわりに

香港がDDOとEOCを導入してから8年以上になる。したがって香港は、アジア・太平洋地域の中でも、この分野に特に古くから取り組んできた地域であると言える。香港の経験は、他の行政管轄体にとって有益な参考例となるはずである。DDOとEOCが香港市民及び社会に及ぼしている影響は、概して肯定的なものであるが、それらの今後の発展は不透明で、解決すべき課題も残されている。また今後、当初の状況に逆戻りしないという保証はない。今後はこれらの課題に、職業意識と責任を持って、かつ成熟した態度で取り組む必要がある。

*1 本稿は、著者が2005年12月20日に大阪のビッグアイで開催された障害者の権利保障推進研修会~日本、アジア・太平洋発の新たな挑戦(主催:日本身体障害者団体連合会)の会議で講演したものを基にして、本誌のために要約したものである。

*2 香港大学助教授ジョセフ・クオック氏(R.S.W、Ph.D、B.B.S、J.P)は、地元の障害者活動に長年広く携わる。国際リハビリテーション協会アジア太平洋地域副議長及びアジア・太平洋障害者の十年(1993~2002年)推進地域NGOネットワークの創立メンバー。2005年まで8年間香港機会均等委員を、2004年まで6年間精神衛生特別委員を務める。

*3 香港のDDOは1995年の8月3日に成立した差別禁止法で、香港が中国に返還される前に成立した一連の法律の中の一つでもある。その内容は、オーストラリアの障害者差別禁止法に似通ったものであると言われている。EOCはこのDDOを実施するための、法律で定められた中立を保つ公共機関であり、政府を相手取って訴えることも許されている。