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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年8月号

インタビュー
「サイバニクスから生まれたロボットスーツ」
開発者山海嘉之氏に聞く

【プロフィール】

山海嘉之(さんかいよしゆき):筑波大学大学院教授、システム情報工学研究科、工学博士。サイバニクスの第一人者。ロボットスーツは愛知県で開かれていた「愛・地球博」にも出展。ロボットスーツを発表後、海外や国内の各メディアからの取材や講演、デモンストレーションが重なり、現在も殺人的なスケジュールをこなしている。


Q・サイバニクスというのは、私たちが初めて耳にする言葉です。どういうことを研究されているのでしょうか。

サイバニクス(Cybernics:Cybernetics+Mechatronics+Informatics)とは、脳・神経科学、行動科学、ロボット工学、IT技術、システム総合技術、生理学、心理学などを融合複合した新しい研究領域です。テクノロジーと人間の関係をどう創り上げるかを考えた時にこれまでにない新しい研究分野が必要でした。これらの技術の総結集がロボットスーツです。

Q・ロボットスーツを見て、ロボットという概念を一度捨て去らなければならないように思いました。自分の意のままに目の前にいるロボットが動いてくれるのではなく、自分がロボットになったような感じ、人間に装着するという発想はどこから生まれたのでしょうか。

人間というのは、生物としての進化をやめた種族なんです。テクノロジーによって環境を変えることで、自分たちの進化をやめてしまった。自然界の中で淘汰されそうになってきたものをテクノロジーが支えてきたわけです。僕は、本来人間が持っている人間個体の機能そのものを強化したり、増幅したり、拡張したりするテクノロジーが必要だと考えました。

人間の生体というのは、おもしろいもので、異物と感じたものを排除しようとする働きがあります。特に体の中に入ると、生体防御システムが働いて拒否反応がでたりしますが、体の中ではなくて表面の皮膚ならばどうか…。人間とテクノロジーが互いに補いあう技術の一つとして、サイバニクスから生まれたロボットスーツは、人間が持つ機能の強化・拡張・増幅・補助を実現するテクノロジーなのです。

Q・ロボットスーツはテクノロジーと人間の融合複合を考えられた末のものなのですね。では、具体的にロボットスーツの説明をお願いできますか。

これは最新鋭の全身タイプHAL―5です。HAL(Hybrid Assistive Limb)は、自分の足で歩いたり立ったり座ったりという動作をパワーアシストすることを目標に開発しました。最新のHAL―5では、上半身が搭載され、全身のアシストが可能となっています。パワーユニットは、フレームの関節部分に取り付けられており、パワーアシストを行います。最大トルク(回転力)は立ち上がりに必要なトルクになっています。各関節の関節角度を計測するため、モーターには角度センサーが取り付けられています。背中にはコンピュータが内蔵されたコントロールボックスがあり、両腰部分のバッテリーによって単独の移動が可能となっています。

全身一体型の重さは23kgですが、HALのフレームは床に接地するような構造となっているため、装着している人間に直接重さがかかることはありません。

Q・ロボットスーツを着ることによって、障害や病気のために自分の足で歩いたり立ったり座ったりという動作ができなかったことが可能になるということですか。

はい、車いすを利用されている障害のある方や高齢者がもう一度自分の足で歩きたい、筋肉が衰えて重たいものを持ち上げることが困難な方が難なくできる、という夢を叶えるものです。

Q・でも無理やりロボットスーツが人間を歩かせてくれるのですか。

いえ、違います。このロボットスーツは、人間が歩きたいという脳からの指令を感知してあたかも自分がそうしたかのような動作を可能にしたのです。少し専門的な話になりますが、人間が体を動かそうとするときに脳から皮膚表面に微弱な生体電位信号が流れます。その生体電位信号をHALの生体電位センサーが感知し、計測し、装着者がどれだけの力を出したのかを計測します。これをもとに、関節に取り付けられたパワーユニットが指令を発信してモーターを動かすことにより人間の動きを補助する仕組みになっています。

生体電位信号をセンサーがキャッチしてからモーターが動くまでの時間は、動作の種類にもよりますが、たとえばある動作では0.03秒以下で、実際に筋肉が動くときより50~100ミリ秒早く、機械が人間を動かします。このことであたかも自分が動いたという感覚になります。これが少しでも遅いと、動かされたという違和感が人間には残ります。その微妙な差をもHALは克服しました。

HALには、もうひとつ搭載技術(制御手法)があります。たとえば、立ち上がりであれば、立ち上がりたいという生体電位信号がでない人でも、椅子に座った状態で、股関節がある角度に達したら、それがトリガ(引き金)となって、股関節をまっすぐに伸ばして立ち上がるようにする「自律性」を持たせたことです。生体電位信号が計測できない人にも適用できますが、これにはある程度、まとまった動きをあらかじめプログラミングしておくことが必要になります。

Q・何だか人間が100万馬力になれそうですね。

まだそこまでは、いっていませんが(笑)、100kgがせいぜいだった方が、倍近い重さまで持ち上げることができたり、50kgの重さのものでもほんの数kgの感覚で持つことができます。

今年の8月にスイスのブライトホルン登山を計画しています。4000mもある山をアルピニストの野口健さんを隊長として、障害のある方をおぶって登山する計画に協力するという要請から始まりました。筋ジスの方と交通事故で頸椎損傷の四肢マヒになった方の登山の夢を叶えようとプロジェクトが組まれました。それをロボットスーツが実現しようとしています。さまざまな条件が整った段階で登山ということになります。

Q・障害者福祉関係で言えば、これは朗報ですよね。待ちに待っていたという人が多いように思いますが。

講演に行ったりすると、障害児をもつお母さんなどから、子どもの体が大きくなるに従い重くなって大変で介護ロボットがあればと思っていた、まさにこういうものがほしかったんですという切実な意見がたくさん寄せられます。介護の現場の方からも同じ意見を聞きます。一方、もう一度自分の足で歩きたいという夢がこれで叶えられるという方もいます。

Q・4月にはポリオの会の方にデモンストレーションをされたようですね。

ポリオの会(小山万里子代表)の方が全国に呼びかけてくださったこともありまして、約120人の方が参加しました。会場に入りきれないためロビーに会場を移し、講演、デモンストレーション、体験会を実施しました。実際にHALを付けて重い物を背負ってみたり、持ちあげてもらったりしてもらいました。みなさんからすばらしいという評判の声をいただきました。これだったらあの人に使えるのでは、と具体的なイメージを持ってもらったことはエンドユーザーの方の意見としてわれわれ開発者にも、大変参考になりました。ポリオの会(http://www5b.biglobe.ne.jp/~polio/index.html)でも今回の体験会は報告されています。

Q・HAL―5は、構想からできあがるまでにどのくらいの時間がかかったのでしょうか。

1991年にラボ開拓をして15年以上になりますね。HAL―1は97年にまとまりましたから、HAL―5までに8年はかかっています。

Q・HAL―1号からみると、進化の過程がよくわかりますね。現在のHAL―5は、宇宙服のようでかっこいいですね。

人がまとうのですから、デザインにもこだわっています。使いごこちの良さはもちろんですが、見た目のかっこよさも大切です。医療福祉の分野であるだけに、着けた姿が「大変ね」と見られたくない、「素敵なデザインですね」とやはり言われたいですから。

Q・これまでに特に開発に苦労された点は、どんなところですか。

よく質問されるのですが、困るんですね(笑)。何もかもが難しい!すべてゼロからのスタートでしたから。

Q・海外からの反響がすごいようですね。

はい、HALを発表して、実際、すぐに関心を示し、コンタクトをとってきたのも欧米のメディアや企業でした。サイバーダインEUの立ち上げが決まりました。事務所はオランダかイタリアになると思います。それとカナダのリックハンセン財団から要望があり、財団が受け皿となって、サイバーダインカナダの設立も進行中です。オランダのメディアの方は1年間密着取材をしています。(編集部注・ロボットスーツHAL―5は「2005 World Technology Award」を筑波大学と共同で受賞した)

Q・日本でのマーケティングは、どのようになっていますか。

実用化して、皆さんの要望や需要に答える段階に来ています。筑波大学発のベンチャー企業として、「CYBERDYNE」(サイバーダイン:“Cybernics(サイバニクス)”と力を意味する“Dyne(ダイン)”を合わせて命名された)を2004年につくば市に立ち上げました。現在は私が代表になり、ロボットスーツHAL―5等の開発により、リハビリ支援機器、介助支援機器、身体機能増強・拡張機器、およびそのシステム開発を行っています。愛媛県松山市の施設、つくば市の病院で導入が決まっています。レンタルにしてメンテナンスも含めて支援体制を整えています。

Q・気になるロボットスーツの値段はどのようになっていますか。

レンタル料金は、個人の方の場合は150万円くらいをめどに考えておりましたが、月額3万8千円程度を考えています。その他メンテナンス料が3万円弱を予定しています。障害のある方の生活を考えた時にこれくらいが限界かと。これはボランティア的な値段ではありますが、何とか価格を下げられるよう常に工夫していきたいと思います。年収の高い人にだけ売ればいいのではという意見もありますが、僕の哲学、ビジネスプランには合いません。

Q・今後、山海先生としては、どういうところに利用してほしい、生かしていこうと考えておられますか。

人の役に立つものをつくりたい、人に喜ばれるものをつくりたい、実用化されるものをつくるというコンセプトは変わっておりません。エンドユーザーの方々からの意見で全身ではなく腕や足にだけといった部分HALも考案され、近々デビューの予定です。医療福祉分野、重作業支援、災害レスキュー支援など、いろいろな分野に期待されていますが、その広がりは正直、われわれにも分かりません。ロボットスーツがエンタテイメントされ、私たちが予想だにしない方向にいく可能性もあります。

Q・山海先生のお話をうかがっていますと、テクノロジーの話なのに、人のためになる、人の役に立つと、常に人間のことを考えておられるのをすごく感じるのですが、その視点はどこから来ているのでしょうか。

僕にもわかりませんが、気がつかないうちに、小さい頃に読んだ漫画やアニメから、そういう文化の中に大切なものがあったのかもしれません。人と関わらないテクノロジーは考えられなかった。弱い立場の人と一緒に生きていくというシステム、社会が、いかにわれわれの社会が強化されていくことにつながっているかという証明のためかもしれません。

Q・山海先生が理想とされるロボットスーツ、将来はどんなHAL像をイメージされていますか。

そうですね。私はめがねのように体の一部になれば、なっていけばいいと考えています。洋服を着る感覚で着てもらえたらと思います。

Q・テクノロジーの開発者として技術の進歩と人間の生活の調和をどのように考えておられますか。

人間は物事を受け入れる高い能力を持っています。テクノロジーを自分の生活に取り込んだ時点で技術と人間の一つの調和になっていると考えられます。これからもある種の調和点で推移していくことでしょう。また人間にはより便利なものを求める気持ちもあります。それは止められません。しかし良くない技術、人間に使われないものは消えていきます。残ったものはあると便利なものです。人間はそうした取捨選択をしています。テクノロジーも人間に依存しながら進化して行くところがあります。調和という概念とはちょっと違うかもしれませんが、僕は「一体化・共依存」という言葉を使ったりします。あくまでも主役は人間であり、テクノロジーと人間をセットした関係はこれからも進化し続けるでしょう。これが動物とは違った人間が選択した進化の姿だと考えます。

Q・最後に、夢の実現と次世代に向けてのメッセージをお願い致します。

僕は小学生の時にアイザック・アシモフの「私はロボット」を読んでロボットに興味を持ちました。石ノ森章太郎の「サイボーグ009」にも影響を受けました。そして僕のふるさと、岡山で自然のなかで遊んだことや興味をもったことの実験を繰り返した日々、そしてその好きなことを認め、応援してくれた両親などが、今の僕のベースになっていると思います。とにかく、好きなことをとことんやりなさい、好きなことを子どものうちにみつける、それに尽きるのではないでしょうか。それが見つかれば自然に勉強するようにもなります。夢と情熱、そして人を思いやるこころがないとテクノロジーが人間の中で生き続けることは難しいでしょう。これは学生にも日々話していることです。

(了)

●サイバーダイン株式会社
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