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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年9月号

こんな支援が必要~三条市7・13水害を経験して

野島理恵子

平成16年7月13日。この日三条市の中央を流れる五十嵐川(いがらしがわ)が決壊し、市内だけで9人の命が奪われ、嵐南地域の5,500世帯が床上浸水以上の被害を受けました。

その嵐南地域のちょうど真ん中あたりに位置しているわが家。私、夫、長男、長女、次男の5人家族。長男(当時18歳)は重度の知的障害と自閉症で、養護学校高等部を卒業し五十嵐川近くの福祉作業所に4月から通っていました。その作業所から午前10時過ぎに、道路が冠水したので迎えに来てほしいという電話がありました。小川のように水が流れる道路に驚きながら息子を車に乗せ、安全な家に帰り着くことができました。夫と長女もまもなく帰ってきました。家に帰り着いて安心した私たちは、テレビの全国放送に映る五十嵐川の氾濫を他人事のように眺めていました。

事態が一変したのはそれからまもなくでした。突然玄関から茶色の水が勢いよく入ってきたのです。午後1時過ぎ五十嵐川左岸が決壊し、濁流が嵐南地域に流れ込んだのでした。決壊のことなど知らない私たちは何をどうしたらよいのかおろおろするばかりでしたが、水の勢いは普通でなく、すぐに1階は浸水、電気も消えてしまいました。

薄暗い中、外界との唯一の接点である携帯電話の充電も残り少なくなり、ラジオも聞けず、こんな時に防災準備が十分にできていなかったことが悔やまれました。レスキュー隊の姿も安否を確かめる拡声器の音も無い、雨音だけが聞こえる静かで不安な一夜でした。

戦いは水がゆっくりと引き出した翌日からでした。情報、食料、電気のない孤立状態の中、自閉症の長男を水害時最大に悩ませる「爆音」が始まりました。朝5時頃からヘリコプターが超低空飛行で屋根上を通り過ぎていきます。報道か救助のためなのでしょうが、わが家にとっては「騒音」でしかありませんでした。昨日はおとなしく寝てくれた長男は、この音で異常事態を明確に察知してしまいました。耳を押さえ、大声を上げる。泣く。恐怖で階段から下りられない…。

ヘリコプターが被災者を何人も救助した話を後で聞きましたが、わが家では爆音が1日でも早く無くなってくれるよう願っていました。

このような不安状態が続く中、泥水に膝まで浸かりながら兄弟、職場の人たち、友人たち、ボランティアさんが次々と来てくれました。蒸し暑い中、泥まみれで黙々と手伝ってくれる姿に人の優しさや地域のつながりのありがたさを身に染みて感じました。

いまだかつて経験したことのない災害に市も県も本当に大変だったと思いますが、県全体で十数人もの死者を出す大災害。防災対策はどのようなものだったのでしょうか。

数日後、わが家に市から作業所長を通じて、長男を施設で預かってくれると連絡がありました。「調子は悪いけれど2階で何とか過ごせているから」とお断りしましたが、住む家がなかったら何としてもお願いしなければならなかったでしょう。一般の人たちが集まっている避難所は行きたくても行くことができません。住み慣れた家の中でも不安定であるのに、災害の意味もよくわからず家族も普通でない中、乗ったことのないボートに乗り避難所に行き、集団の中で生活するなど難しすぎることです。中越大震災ではそのために、車の中で不自由な生活を強いられた障害者家族もいたと聞きました。

できれば家族が一緒にいられる安心なスペースを確保してほしいと願います。あってほしくない災害ですが、災害時にはまず一番に災害弱者といわれる障害者の安全を考えてほしいのです。

7・13水害を教訓に三条市は障害者、要介護者などの要援護者名簿を整備した避難マニュアルを作成しました。災害時まず連絡が回ることになるようです。しかし、安全に避難する場がない限り非難勧告が早めに出ても避難することはできません。先のマニュアルには「これはあくまでも最終手段として考え自分の身は自分で守る自助の意識を持つことが大原則」と結んであり、名簿ができたからと安心できるものではないことが強調されています。

この災害で私たちは「非日常」が障害者にとって、どれほどの負担になるかを学びました。と同時に、地域のつながりやボランティアさんのありがたさも身に染みました。私の勤務する地域たすけあいネットワークでも災害時、会員同士がすぐに助けあえるように会員マップを作り始めました。

災害から丸2年。仮設住宅はほとんどが撤去され、被災者はどうにか日常生活を取り戻しました。しかし災害はいつどこでどんな形でやってくるかわかりません。この水害を思い出話だけに終わらせないよう体験した者として、地域として忘れずに発言し続けていかなくてはならないと考えています。

(のじまりえこ NPO法人地域たすけあいネットワーク)