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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年9月号

パキスタン地震被災障害者支援

西尾直子

はじめに(支援のきっかけ)

パキスタンのライフ自立生活センターは、ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業の3期生として、2001年8月から約1年間自立生活運動の研修を受けたシャフィック氏を中心に2002年に設立されました。

全国自立生活センター協議会(JIL)では、日本滞在中の研修受け入れ、また帰国後のライフ自立生活センター設立支援を行うとともに、設立当初より、毎月の活動資金のサポート、ライフ自立生活センターの中心的な役割を担うスタッフの研修受け入れなどのサポートを行ってきました。介助サービスの提供、自立生活プログラム、ピアカウンセリングの実施、在宅障害者訪問など、3年間の活発な活動展開によって提供するサービスも広がるとともに、事務局スタッフも増員、活動の拡大をし始めたところに、あのパキスタン北部大震災が起きました。

パキスタン地震救援基金の立ち上げ

2005年10月8日にパキスタンを中心に甚大な被害を伝えるニュースがマスコミを通じで報道された直後、私はまず現地のシャフィック氏の携帯に連絡を入れました。シャフィック氏の住むラホール市は、今回大きな被害を受けたといわれているムザファラバードから車で6時間以上の距離にあるということでしたが、震度4を計測し、また建物の多くはレンガ造りのため倒壊したということでした。

地震直後は、シャフィック氏もスタッフの安否確認に奔走していたようですが、確認後すぐにスタッフを集めミーティングを持ち、被災地支援に向かうことを決めたそうです。トラックに食料、水、医療物資、毛布など多くの救援物資を積んで被災地に入り救援活動を行った活動報告と甚大な被害の状況を伝えるメールが、事務局に連日のように入ってきました。逃げ出すことができない障害者は、瓦礫(がれき)の下敷きになって多くの方が亡くなったり、また多くの方が脊椎損傷など何らかの障害をもたれたという報告が入るとともに、私たちもパキスタン障害者支援のために活動を呼びかけようということで、DPI日本会議と共同で、即日「パキスタン地震救援基金」を立ち上げ、全国に募金の呼びかけを行いました。

日本の自立生活センターを中心として各地で募金活動が行われ、また日本だけでなくアメリカ、韓国など世界のILネットワークが協力要請に応じてくださいました。「被災地における障害者による障害者支援」ということでマスコミ各社も取材協力をしてくださったこともあり、2006年7月末現在では6,861,698円のご支援が「パキスタン地震救援基金」に集まりました。

車いす製作研修

パキスタンでは、現在手動車いすが国内には流通しておらず、手に入るのは障害者の身体に合わない大きさで、たいへん重いタイプの旧式の車いすのみです。車いすが手に入らないために、一度も外出の経験がない障害者が多い社会の中で、近年障害者運動が大きくなっていくにつれ、外に出たい障害者の人たちの足として、手動車いすの必要性を痛感したライフ自立生活センターでは、シャフィック氏が日本から持ち帰ったオーダーメイドの手動車いす(自走用)をコピーし、製作を始めていました。2004年からは、その手動車いすを地元のライオンズクラブに買い取ってもらう方法で、少ないながらも障害者への車いすの配布を始めていました。

このたびのパキスタン北部地震では、7万数千人の方が命を失い、また多くの方が手足の切断、脊椎損傷等を負ったとされ、車いすの供給の必要性が高まりました。緊急的には、各国のNGOからの援助も入るため手動車いすは供給できますが、長期的に見ると、外国から届いた車いすが壊れた場合のパーツ交換ができない、現地の技術ではメンテナンスができないなどの問題があり、またそれぞれの障害者の身体に合ったさまざまなタイプの車いすが提供できる体制を長期的に作っていくことが課題となります。

そこで、JILでは現地の車いす製作担当者を日本に招聘し、自国での素材を用いての車いすの製作・普及を目的に、1か月間の技術研修を実施しました。この研修を実施するにあたり、専門的な知識と技術が必要なため、日本国内で車いすに関して特に先進的な取り組みをされ、広範なネットワークをお持ちの「車いす姿勢保持協会」に企画段階から全面的なご協力をいただき、さいとう工房、こっぱ舎、パンテーラ・ジャパンをはじめとした、日本の車いす業界の第一人者としてこの業界を引っ張ってこられた方々からの約1か月に及ぶぜいたくな研修を実施することができました。

この研修では、車いすの姿勢保持の理論に基づいて、パキスタン対応型車いすの製作の設計方法を学びました。パキスタン人の方は日本人より平均身長が10センチほど高いため、日本の標準サイズよりも大きくするデザイン、また各パーツ(背もたれ・座面、車輪等)の高さや位置を調節可能にする設計、ベッドから車いすの乗り移りが楽なアームレスト上下可動式のデザインなどについての研修を行いました。

また、地震により脊椎損傷になった方の褥瘡予防として、地元で手に入るウレタン素材などを組み合わせたクッション製作の研修も行いました。この研修以前は、帰国の際に持ち帰った日本の車いすのデザインをコピーして製作していたため、1デザイン1サイズの車いすしか製作できていなかったのですが、帰国後、試行錯誤を重ね、現在では、2デザイン6サイズの合計12パターンの手動車いすとクッション、クッション製作の技術を応用したマットレスを提供することができるようになりました。

現在の状況

受傷した多くの障害者は、イスラマバードなど都市部の病院で医療的ケアを受けた後、山間部、村へと帰っていきます。現在、ライフ自立生活センターでは、受傷した障害当事者に対して、カテーテルの使用方法など受傷後の健康管理に関する情報提供、また車いすや介助者を使っての外出プログラムなどの自立生活プログラムを実施するなど、行政や医療関係者ではフォローしきれていない部分のサポート活動を行っています。

また特に、女性障害者の尊厳の回復とエンパワメントのためにピアカウンセリングを実施するなど、被災者のサポートを心身両面から行っています。今後は、それらの取り組みを通じてエンパワメントされた当事者たちが帰郷し、自立生活運動を担う新たなリーダーとしての活躍が期待されます。

おわりに

今回の救援基金の発足によるパキスタン障害者支援にあたっては、本当に多くの関連諸機関、企業、NGOなどのご支援、ご協力をいただきました。

去る7月1日、2日には、今回の車いす製作研修でたいへんお世話になった研修の受け入れ先の方からのお誘いで、池袋サンシャインシティで行われた障害児の福祉機器展「キッズフェア」において、JILとDPI共同でパキスタン地震基金の取り組みを伝えるパネル展示を行いました。当日は、1万人以上の来場者があり大盛況で、パネルに関心を示してくださる方一人ひとりに現地の状況を伝えることができました。当会にとって、自分たちの活動・力が及ばない部分を、今までお付き合いがなかった方々からサポートしていただき、またこのようなネットワークを築くことができたことをたいへんうれしく思っています。

今後も、当会では日本での研修受け入れや、現地におけるリーダー研修開催のための講師派遣など人的サポートとともに、皆様からいただいたパキスタン救援基金の有効活用を行っていきたいと思います。今までの支援の経過と支出報告、今後の取り組みにつきましては、当会HP(http://www.j-il.jp)で随時報告を行ってまいりますので、ぜひご覧いただければと思います。

(にしおなおこ 全国自立生活センター協議会)