「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年11月号
ワールド・ナウ
南部アフリカの障害者が抱える課題
―HIV/AIDSと障害
宮本泰輔
はじめに
DPI日本会議では、2003年2月から毎年JICAの委託を受けてJICA集団研修「南部アフリカ障害者の地位向上」コースを実施している。南部アフリカ障害者連合(SAFOD)の会員組織である南部アフリカ10か国(アンゴラ、ボツワナ、レソト、マラウイ、モザンビーク、ナミビア、南アフリカ、スワジランド、ザンビア、ジンバブエ)の障害当事者団体から毎年リーダーたちが来日している。彼らは3週間の日本研修と1週間のタイ研修を行い、自立生活運動や障害種別を越えた組織作り、障害者に関する制度政策などを学んでいる。今年は期間中、公開セミナーとして「カントリーレポート発表会」と「世界銀行・JICAテレビ会議:HIV/AIDSと障害」を行った。
南部アフリカ地域において、HIV/AIDSは極めて深刻な問題である。表1はHIV感染率の高い上位10か国を挙げたものであるが、うち9か国が南部アフリカ地域に属している。サハラ以南アフリカ全体では漸減傾向が見られるが、南部アフリカ地域では依然、一部の国を除き漸増している。こうした状況を背景に、過去に来日したメンバーからも研修に取り入れてほしいとの要請の強かったテーマであった。
表1:HIV感染率(2003、05年)
ソース:2006Report on the global AIDS epidemic,UNAIDS/WHO,May 2006.
順位 | 国名 | 成人(15―49歳)感染率(%) 2005年 |
成人(15―49歳)感染率(%) 2003年 |
---|---|---|---|
1 | スワジランド | 33.4 | 32.4 |
2 | ボツワナ | 24.1 | 24.0 |
3 | レソト | 23.2 | 23.7 |
4 | ジンバブエ | 20.1 | 22.1 |
5 | ナミビア | 19.6 | 19.5 |
6 | 南アフリカ共和国 | 18.8 | 18.6 |
7 | ザンビア | 17.0 | 16.9 |
8 | モザンビーク | 16.1 | 16.0 |
9 | マラウイ | 14.1 | 14.2 |
10 | 中央アフリカ | 10.7 | 10.8 |
21 | アンゴラ | 3.7 | 3.7 |
サハラ以南アフリカ平均 | 6.1 | 6.2 | |
世界平均 | 1.0 | 1.0 |
HIV/AIDSと障害をめぐって
HIV/AIDSと障害は、障害と開発の中の大きな課題として、世界銀行など国際的にも議論が行われるようになってきた。しかし、日本においてはこの二つを接近させた議論はまだ少ない。
世界銀行(2004)は、「障害者はほとんどのHIV/AIDSに関するアウトリーチに、暗示的にも明示的にも含められていない。AIDSワーカーや政府、NGOなどが障害についての知識や認識を欠いていることが第一の障壁である。障害者について知らないために、彼らは障害者が性的に活発であったり、リスクを負っていたりすることを知らない。たいていは、障害者を医療の対象者や、子どものような存在、現実世界から孤立した存在として受け止めている」と指摘している。実際に、こうした背景から障害者の感染事例が増加しているとの報告もなされている(グローバル・エイズ・アップデート:2006)。
障害当事者が指摘する問題点
では、障害当事者たちはHIV/AIDSと障害についてどのような課題を感じているのだろうか。
ナミビア障害者連合(NFPDN)事務局長のメネゼ・マイキ氏はカントリーレポートの中で、以下のように述べている。
●障害者は性的な活動に関わらないので、HIV/AIDSに関する情報に接する必要がないと一般的に想定されている
●ほとんどの障害者が教育を十分に受けていないために、多くの資料にアクセスすることができない
●障害者は、HIV/AIDSに関するワークショップに呼ばれることもない
●点字やビデオのように視覚障害者、聴覚障害者が利用可能な情報もない
●女性障害者、特に知的障害をもつ女性は、自らを守る手段を欠いていることからレイプの犠牲になってしまう
●社会の否定的な態度のために、女性障害者はセーフセックスを求めることが極めて難しい立場にいる
●無償で提供されることが多いコンドームも、障害者が性交渉を行わないと一般的にみなされていることから、障害者の手に渡ることがない
●NFPDNではHIV/AIDSの担当者を置いていたが、資金難のために空席になっている
また、マラウイ障害者連合のカサシ・シゲレ氏はろう者への情報の欠如を、ジンバブエ障害者団体連合のワトソン・クーペ氏は開発機関が障害者の運営するHIV/AIDSプログラムに資金を提供したがらないことを指摘している。
公開セミナーでは、トラディショナル・ヒーラー(呪術や祈祷などで治療を行う者)の存在が、HIV/AIDSの治療手段へのアクセスをさらに困難にしていることが指摘された。彼らの社会に与える影響力や人々からの信頼は大変強い。南アフリカでARV(抗レトロウイルス薬)の普及が遅れたのは、政府が彼らをHIV/AIDS対策の委員会に積極的に遇したことが原因の一つであるとの指摘もなされている(牧野:2005)。南部アフリカの障害当事者からは、トラディショナル・ヒーラーが持つ障害に対する誤った知識が、障害・障害者に対する否定的な態度形成につながっていることも報告された。
南部アフリカにおける取り組み
今年の研修参加者のカントリーレポートには、各国の障害当事者組織の取り組みが報告されている(表2)。これらの活動は、以下の三つに大別できる。
●障害者を対象としたHIV/AIDSに関する啓発・教育など、障害者への情報提供
●ピアエデュケーター(カウンセラー)育成や障害に配慮した教材の開発など、当事者組織内部での能力構築
●HIV/AIDSサービス提供者や政府などを対象としたワークショップなど、外部へのアプローチ
表2:南部アフリカの障害者組織によるHIV/AIDSへの取り組み
ソース:JICA研修コースカントリーレポートより該当部分を抜粋
国名 | 活動 |
---|---|
レソト |
|
マラウイ |
|
モザンビーク |
|
ナミビア |
|
スワジランド |
|
ザンビア |
ザンビア全国エイズネットワークの支援を得て以下の活動を行っている
|
注:カントリーレポートに記述のない国でもHIV/AIDSに関する活動は実施されている
ナミビアなどでは、これらを包括的に取り扱った戦略作りにも取り組んでいる。
公開セミナーでは、南部アフリカ各国の障害当事者運動とHIV/AIDSとともに生きる人々(PLWHA)の当事者運動との連帯について質問があった。南アフリカでは政府系のそうした団体との連携はあるとの答えがあったが、多くの国ではPLWHAの当事者組織との連携はこれからの課題のようである。
一方、世界銀行はテレビ会議で、政策レベルの課題について、以下のような指摘をしている。
●障害者権利条約の今後果たしうる役割
●PRSP(貧困削減戦略ペーパー)など、より深い政治的なコミットメント
●効果的な政策対話のための、証拠に基づいたより分析的な作業
●効果的なアドボカシーと参加のための能力構築
●良い事例の普及・共有
●戦略的な協調と連携の強化
さいごに
南部アフリカ地域では、障害当事者組織によるHIV/AIDSと障害に関する取り組みが徐々に進められてきている。しかし同時に、この地域においてはメインストリーム化の前提であるべきHIV/AIDS政策全体の改善が依然急務である。たとえば牧野(2005)は、医療スタッフの労働条件の良い国への流出、情報システムの未整備、薬剤の安定供給の問題、患者の移動手段・所得など公的支援の不足、PLWHAの人権に関する法体制の不備を挙げている。
障害とHIV/AIDSへの取り組みは、障害当事者組織と政府、ドナー、HIV/AIDSと闘うNGOなどが協働して初めて効果的に機能する。障害当事者組織にとっては、政策レベルと事業実施レベルの両面で主体的に関われるためのさらなる組織強化が求められている。
(みやもとたいすけ DPI日本会議)
○参考文献
1)グローバル・エイズ・アップデートウェブサイト「タンザニア:性的虐待や貧困で障害者の感染事例が増加」http://blog.livedoor.jp/ajf/archives/50716197.html(2006.8.31付)
2)DPI日本会議ウェブサイト(TV会議資料掲載)
http://www.dpi-japan.org/english/english.htm
3)牧野久美子(2005)「第4章 ボツワナ・南アフリカ―エイズ治療規模拡大への課題―」(『エイズ政策の転換とアフリカ諸国の現状―包括的アプローチに向けて』アジ研トピックリポートNo.52、2005年)
4)UNAIDS/WHO (2006) 2006 Report on the global AIDS epidemic
5)World Bank and Yale University (2004) HIV/AIDS & Disability: Capturing Hidden Voices