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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年1月号

列島縦断ネットワーキング【京都】

初めての「全国手話検定試験」

高田英一

1 「全国手話検定試験」の目的

「全国手話検定試験」の目的は、国民の多くが手話を習得してろう者と直接コミュニケーションができるようにすること、つまり手話の全国的な普及です。そして、手話を学ぶ人たちが自らの到達目標を決め、その到達レベルを知り、能力が育つ楽しさを知ってもらい、さらにあえて言えば人との競争を通じて、自らの力を涵養することでもあります。

ろう者はコミュニケーション障害者と言われていますが、ろう者同士にはコミュニケーション障害はありません。健聴者とコミュニケーションを図ろうとする段階になってコミュニケーション障害が生じます。言い換えればコミュニケーション障害はろう者と健聴者の間にあるのです。それが、ろう者についてだけコミュニケーション障害が指摘されるのは、それが少数者であるからにほかなりません。

公平な立場で言えば、その壁を打ち壊すことは双方の責任ということになりますが、ろう者は口話(口で話し、耳で聴く)を身につけることは生理的に不可能です。そこで生理的な障害がない健聴者に手話の習得を、努力をお願いするということです。それによって、両者の壁はなくなり、ろう者の「完全参加と平等」は確実な基礎を築くことができます。

これまでは手話通訳者養成を図ることが至上課題としてあり、その作業に努力を傾注しておりました。その努力によって手話通訳制度は枠組みとしてほぼできあがったように思います。そこで、職業的手話通訳者の確保とその制度充実をめざす方向はそのままとして、全国手話研修センターが設立された機会に、日常的な地域、職場、学校などでいつでも、どこでもろう者と健聴者の自由なコミュニケーション環境を作ろうという段階になったのです。

2 「全国手話検定試験」の結果

第1回「全国手話検定試験」(2006年度)は2007年度実施予定の2、3級を除く1級、準1級、4級、5級の4レベルで実施されました。

参加地域は16都府県18会場で、総数2,104人(受験申込み2,219人)が受験しました。受験者の最大会場は東京・杉並会場で335人(1級、準1級、4級、5級)、最小の会場は和歌山会場22人(4級、5級)でした。

「全国手話検定試験」は全国手話研修センター設立時点からの懸案となっていたものですが、2006年4月に正式に「全国手話検定試験」委員会が発足、その実施の研究、調査が始まりました。その成果を受けて2006年夏の山口県で開催の全通研集会で、初めて「全国手話検定試験」の模擬試験会を公開しました。以来、各地域ブロック単位で説明会並びに面接委員養成研修会を開催して、試験及び試験方法の周知、さらに面接委員の養成に努め、一方で各級試験問題の作成、受験申込みの準備を進めました。そして「全国手話検定試験」の実施は、全日本ろうあ連盟加盟団体と全通研支部を構成単位とする都道府県地域委員会に委任しました。試験の終わった12月現在、全国手話研修センターで採点を進め、来春2月には合格者が決定します。

3 「全国手話検定試験」の特色

手話通訳者養成というのは2階建てになっています。1階部分で手話コミュニケーション能力を身につけ、それから2階部分で手話通訳技術を上乗せする仕組みです。

また、手話を学ぶ人がすべて手話通訳者をめざすわけでなく、ろう者と手話コミュニケーションを楽しみたい、手話そのものを知りたい、手話を身につける(職場での)必要がある、といった人たちがむしろ多いでしょう。この人たちはそれなりに自分の手話コミュニケーション能力を知りたいと思っておられるでしょう。このような場合、手話通訳者にならなくても手話コミュニケーション能力を身につけること自体が目的になります。

もちろん、手話能力が向上してくると、手話通訳者になりたいと思われる方もおられるでしょう。そういう場合に応じて、将来的には一定のレベル、たとえば2級検定に合格すれば、手話通訳者養成課程の受講資格が得られるようにしたいと考えています。

このような手話コミュニケーション能力を重視して「全国手話検定試験」は、全レベルにわたってろう者と健聴者をペアとする面接委員による会話試験を行い、ろう者と健聴手話通訳者が協力して、受験者の手話コミュニケーション能力が客観的に測れるようにしています。ただ、通訳技術や専門的知識を必要とする手話通訳能力と手話コミュニケーション能力は別のものです。たとえ1級合格者であれ、手話通訳者(統一)試験に合格しなければ手話通訳者の資格を得ることはできません。それは厳格に区別されています。

しかし、手話コミュニケーション能力は、福祉事務所、警察、駅、病院などの公共的機関の受付窓口、銀行・デパート・ホテル・レストラン・喫茶店・大衆的居酒屋などの接客現場や売り場、航空機・客船などのアテンダントなどとして配置される場合の大切な資格であり、就職試験では優先採用の一つの基準として評価してほしいと思います。

手話を学び、ろう者とのコミュニケーション能力を身につけることは障害者を知り、人のやさしさを学び、理解することでもあります。保育園から大学などの高等教育機関も含め、子どもたちや青年の手話学習は「いじめ」の有効な防波堤として機能することも期待されます。

4 今後の課題

究極の目標は全国民の手話習得ですから、第2年度から全都道府県で「全国手話検定試験」実施の構えです。それには受験者の拡大だけでなく、それに先立つ手話講座などの受講者拡大を図ることが課題としてあります。

障害者自立支援法の施行された現在、これまで市町村単位で実施されてきた初級手話講座を含む各級の手話講座が、都道府県の主催開催に移行したため、キメ細かく市町村で開催されてきた講座数が減少してきています。これは私たちの願いに逆行することで、引き続き市町村での開催を追求していきます。

一方、市町村単位では、数多くの優れた手話指導講師を揃えられないという事情もあります。それはもともとろう者が少数であることによるものですが、この難点を克服するために障害者放送統一機構と協力してCS放送「目で聴くテレビ」で手話講座が視聴できるように、今準備を進めています。

問題は「目で聴くテレビ」視聴に必要な受信装置「アイ・ドラゴン2」が高価なことです。「アイ・ドラゴン2」を聴覚障害者用情報受信装置として一部負担で購入できる聴覚障害者と違って、健聴者が購入することは容易ではありません。そこで「アイ・ドラゴン2」の字幕付加機能、PIP(ピクチャーインピクチャー、テレビ画面の中に子画面を入れる効果のこと)機能および光警報機を外し、「字幕と手話」付加の「目で聴くテレビ」だけが見られる健聴者用格安の「シーホース」を開発して普及を図ります。またそれをリース方式として受信料込みで月額3千円程度で、初級からの手話講座を広範囲に視聴できるようにする予定です。

さらにろう者の関与しない地域、職場、ボランティア養成の現場、各福祉団体、カルチャーセンター、学校等で開催される手話講座があり、幼稚園や保育所の子どもたちも手話を学んでいる昨今、少なくないところでろう者不在のまま手話が学ばれています。

このような受講生の方々も、ろう者との実際的な手話コミュニケーション能力レベルを知りたいと思っていらっしゃるでしょう。そのような方々にも受験の機会を保障して自らのレベルを知っていただくことが大切と考えています。そしてあらゆる方法をつくし、あらゆる場所を考えて手話の国民的普及を図っていきたいと考えています。

今後はこのような課題に十分応えられる優れたテキスト(書籍、DVD、ビデオ等)を編纂し、連盟加盟団体などの組織を通じてだけでなく、だれもが容易に入手できるように市販する方向を検討しています。そして多くの優れた手話指導講師を養成し、「全国手話検定試験」に先だって受験セミナーを全国隈なく開催していく計画です。

2007年度では全都道府県で実施し、より多くの受験者を迎え入れられるように体制の充実を図っていきたいと考えています。

(たかだえいいち 社会福祉法人京都聴覚言語障害者福祉協会理事長)