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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年2月号

フォーラム2007

デジタル放送時代の放送バリアフリー

高岡正

1 なぜ、今放送バリアフリーが焦点になっているのか

一つには、2007年に総務省の字幕放送普及の行政指針(ガイドライン)が最終年度を迎えるためである。NHKや民放はこのガイドラインの目標達成のために努力し、字幕放送が大きく普及した。2007年以降の指針は字幕放送に加え、手話放送と視覚障害者向け解説放送の普及目標を定める必要がある。

二つ目には、2011年から地上波デジタル放送へ完全移行するが、デジタル放送が視聴覚障害者などの放送バリアフリーの拡大に寄与すると考えられている。要約率の異なる字幕や字体の種類や表示方式の違う字幕放送、必要な時に見られる手話放送、ステレオ放送時の解説放送等、アナログ放送では実現できなかった技術がある。

三つ目には、障害者の権利の獲得としての視聴覚障害者の放送バリアフリーに対する取り組みが継続して行われてきたことである。1990年以来、聴覚障害者の字幕放送シンポジウムの取り組みや2000年来のCS障害者放送統一機構の実践がある。

2 聴覚障害者などの最近の取り組み

2006年2月28日に障害者放送協議会の「放送・通信バリアフリーセミナー:障害者と放送・通信」が開かれ、デジタル放送のアクセス問題とテレビ放送における障害者像について、大きな成果があった。同年12月9日には全日本ろうあ連盟、日本盲人会連合、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会や視聴覚障害者情報提供施設団体などの主催による「放送バリアフリーシンポジウム2006 in TOKYO~デジタル時代の、放送事業者とメーカーへの期待~」が開かれた。これは、同年10月から始まった総務省の「デジタル放送時代の視聴覚障害者向け放送に関する研究会」(以下、総務省障害者向け放送研究会)で討議が始まっているさなかに開かれたものだ。

障害者放送協議会は、昨年8月に総務省の「字幕放送普及の指針」をすべての障害者向けの放送ガイドラインに改定すること等を要望し、今年1月22日にも総務省に対し、8項目からなる要望書を提出した(別掲参照)。

デジタル放送移行に伴う要望書(一部抜粋)

障害者放送協議会

  1. 「デジタル放送時代の視聴覚障害者向け放送に関する研究会」における障害者の意見を保障してください。
    1. 障害者団体の委員による発言の時間を十分に確保するように運営してください。
    2. 現委員以外の障害者団体、学識経験者の意見も聞いてください。
  2. 放送・通信のユニバーサルデザイン化の動向を踏まえ、放送法に障害者の放送へのアクセスの保障の義務条項を盛り込んでください。
  3. 手話放送を放送法に位置づけてください。
  4. 数値目標を持った字幕放送、解説放送、手話放送の普及施策(インターネットテレビを含む)を講じてください。
  5. 視覚障害者・聴覚障害者の当事者と連絡を密にして字幕・解説・手話放送を普及してください。
  6. 官庁、障害者関係団体、放送事業者、製造業者等が一体になって、放送バリアフリー推進を行う恒常的な組織を設け、次の内容等を取り扱ってください。
    1. 使いやすいテレビやリモコンについての研究・開発・普及
    2. よりよい字幕・解説・手話についての研究・開発・普及
    3. 字幕・解説・手話放送制作従事者に関する研究・養成
    4. 著作権問題の解決
  7. 当事者がイニシアチブをもって参加し、学識経験者を含め、行政が責任を持って、普及施策の実施状況を監視する監視機構を設置してください。
  8. 他省庁と連携し、必要とする障害者に、デジタル放送が受信できる措置を講じてください。

(2007年1月22日、総務大臣に提出)

2006年12月13日に、国連総会で採択された障害者の権利条約には、第2条コミュニケーションの定義、第9条アクセシビリティで、条約締約国は放送を含む情報アクセシビリティの確保が義務付けられる。

3 視聴覚障害者向け放送の現状について

字幕放送の実施状況は、生放送等を除く時間に対してはNHKは98.2%(2005年度総務省報告)と指針に示された2007年より前に目標を達成する見通しであり、民放キー5局も平均65.9%(同)と自局の目標数値を越える割合で努力している。しかし、わが国のテレビ放送は欧米諸外国と違って生放送番組が非常に多くあり、総放送時間に対しては字幕放送の実施率は40.8%しか到達していない。

一方、手話放送はNHK教育テレビで2.2%、総合テレビは0.01%とゼロに近い。民放キー局5局平均0.1%、解説放送もNHK総合テレビが3.5%、教育テレビが8.1%、民放キー局5局平均が0.2%と字幕放送と比較にならないほど遅れている。

地上民間放送事業者127社中、字幕放送の実施事業者数は115社、解説放送は62社、手話放送は87社と実施社数でもかなり差がある。

4 放送バリアフリーの拡大の課題

これまでの総務省障害者向け放送研究会では、生番組の字幕放送の拡充や解説放送を長期に継続して来た放送事業者、関連企業の取り組みの紹介が行われた。障害者委員側からは実態調査に基づくニーズの説明、各種法令の紹介から放送アクセス権の保障、数値目標を持った新たな指針案など外国の事例の紹介も含めて、積極的に提案した。その中で、NHK、民放とも国連の権利条約制定に関連して、権利保障について肯定的に受け止められていることを高く評価したい。生番組の字幕放送の表示の遅れを解消する技術開発や聴覚障害者団体と連携した生番組の解説放送の取り組みも紹介された。

放送バリアフリーの拡充のための議論はこれからだが、いくつかの論点を提起したい。

1)放送アクセスの義務化

年初めの民放情報系番組のデータねつ造事件は、テレビ放送の巨大な影響力と公共性にスポットが当たった形だ。国民の生活に不可欠なテレビ放送は情報アクセス権(平成7年、電気通信審議会答申)として、障害者、高齢者を含めてすべての国民の視聴が保障されなければならない。

放送法第3条4項の4で字幕放送、解説放送を「できるだけ多く設けるようにしなければならない」とされているが、手話放送は放送法に位置づけが必要である。

国連で権利条約が採択され、わが国も早期批准が課題になっている。国内の障害者差別禁止法制定の議論もあり、合理的配慮の範囲内で障害者向け放送の実施を義務付けるのである。少なくとも大臣の改善命令は出せるようにしたい。

解説放送、手話放送はアナログ放送では字幕放送と違った技術上の課題があるが、同様の目標と実施状況の公表だけではコストなどの問題を理由に普及が進まない恐れがある。生放送も含めた放送番組全体を対象とした場合、きちんと法律で義務付けなければ制作コストへの転嫁も行われず、字幕放送のように普及しないと考える。

2)放送アクセス協議会(仮称)の提唱

放送バリアフリーの拡充には、障害者のニーズの把握と調整、技術開発上の優先課題の設定、コスト問題、著作権法やテレビ放送規格等との整合、福祉補助施策との連携等多岐にわたる問題解決が必要である。これらについて、障害者団体と放送事業者、メーカー等関連企業等が意見を交換し、解決の方向を協議する恒常的な場が必要である。

電気通信の提供者団体、利用者団体などで情報通信アクセス協議会が設立され、これまで情報通信バリアフリーのJIS策定や電気通信設備アクセシビリティ指針の作成等大きな成果を上げている。これらの場で障害当事者団体も法制面、技術面も含めて事業者や企業から学ぶことは問題の解決に大きく資するものと考える。

3)障害者団体との連携の推進

全日本ろうあ連盟や全日本難聴者・中途失聴者団体連合会は、CS障害者放送統一機構を運営し、リアルタイム字幕と手話の提供を行ってきた。日本盲人会連合などと視覚障害者団体のニーズを調査し、解説放送の解説者の養成にも取り組んでいる。聴覚障害者情報提供施設協議会は各施設で字幕制作、手話番組の制作技術があり、手話通訳者団体も関係がある。CS障害者放送統一機構や各団体との連携は、特にローカル放送の番組制作のマンパワーの有力な支援になるのではないか。

4)国民世論の喚起

放送が国民全体のものであり、コスト負担も含めて、障害者向け放送の普及のためには国民の理解が不可欠である。総務省、放送事業者、メーカー、当事者団体は一致して国民世論の喚起のためにシンポジウムの開催やマスコミ等社会に働きかける必要がある。

5)インターネット放送のアクセス保障

放送事業者によるIPマルチキャスト放送が今年末にも開始され、デジタル放送と相まって拡大が期待されている。著作権法上有線放送に位置づけされるが、当然アクセシビリティが保障されなければならない。海外の技術動向も見ながら発足前から取り組む必要がある。

21世紀の放送通信は障害に関わりなく利用できるように、業界、当事者団体など国際規模の取り組みを進める必要がある。

(たかおかただし (社)全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事長)