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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年2月号

列島縦断ネットワーキング【石川】

すべての子どもが絵本と接する環境を

西野和弘

「手話による絵本の読み聞かせ」の体験

旧松任市では、平成16年3月に「子どもの読書活動推進計画」を策定しました。この計画は、あらゆる子どもたちが読書の楽しみを体験できるよう、環境の整備に努めることを宣言するものでした。その一環として、聴覚に障害をもつ子どもたち(以下、ろう児)を対象に、策定に先立つ2月に、手話での絵本の読み聞かせ会を企画しました。当時、NPOバイリンガルろう教育センター龍の子学園に所属していた、竹内かおり氏をお招きし、市立図書館で実演と講演が行われました。私たちは集まったろう児とともに、初めて『手話による絵本の読み聞かせ』を体験しました。

どうすればできるだろうか

読み聞かせ会の立ち上げにあたって最も大きな不安は、ろう者が幼少期に手話で絵本の読み聞かせをしてもらった経験がなかったことです。多くのろう者にとって、本は苦手な世界です。

話し合いを重ねる中で、新しい視点を得てきました。ひとつには、「手話」に対する考え方です。手話は日常生活を営むうえで大切な言葉であるにもかかわらず、教育の場などで体系的に学ぶ機会がありませんでした。そして、聴者を中心とした社会に居ながら、聴者との関係の持ち方や自らの社会での存在価値などを考える機会も同様でした。また、聴者の知識にも偏りがありました。たとえば、ろう者の生活様式や手話、ともに活動して行くうえでの摩擦の解決方法などが挙げられます。私たちは、些細な誤解が大きな亀裂にならないよう、学習の場を持ちました。

ワークショップの開催は、読み聞かせ技術の習得とともに、それらを補うため、定期活動をスタートさせる前に企画しました。現在も年1回のワークショップを行い、さまざまな問題を解決するきっかけとしています。

白山市松任手とおはなしの会

スタッフ数 32人(ろう者12人 聴者20人)
定期活動 日時:毎月第4土曜日午後1時30分~(約1時間)
場所:白山市立松任図書館2階おはなしルーム
平成16年2月 旧松任市 手話による絵本の読み聞かせ会
平成16年4月 松任手とおはなしの会 発足
平成16年5月 第1回ワークショップ
平成16年7月 定期活動開始(毎月1回)
平成16年2月 合併を受け、改称「白山市松任手とおはなしの会」
平成17年8月 第2回ワークショップ
平成18年10月 出張読み聞かせ
石川県立ろう学校寄宿舎にて読み聞かせの夕べ
平成18年12月 第3回ワークショップ

ワークショップの効果

今年度のワークショップは、自らが「本を楽しむ」という原点に戻っての学習でした。講師の方からいただいた『練習は体験の場』という言葉から、練習は大人同士が読み聞かせをしあう、大切な時間であることを発見しました。練習をとおし、子どもたちの新体験、つまり、「心が動く瞬間」を体験します。これは、日々の活動を見つめ直すきっかけにもなりました。

また、子どもが絵本を好きになるかどうかは、読んでもらう体験が貴重だと知りました。家庭での読み聞かせでは、子どもはお母さんやお父さんを独り占めして、その愛情を十分に感じます。読み聞かせ会でも、個人的に読み聞かせをせがむ子どもたちが現れ始めています。聞こえる子どもたちが受けられる愛情と変わりない愛情を、たっぷり感じられる場が、家庭の外でも必要です。これらの体験が積み重なっていく中で、ろう児も絵本を自然に好きになっていくでしょう。同時に、私たちも本の世界への興味を深めていっています。

絵本の世界に導くこと

読書の醍醐味は、一冊の本を読むことで、貴重な体験を味わうことにあります。だからこそ、絵本の選択には細心の注意が必要であり、参加児童の年齢に合わせた選択を心がけています。

また、季節に合った内容や風土に合ったものを選ぶようにしています。その中でも、昔話を扱った絵本の選択には、十分注意するようにしています。書店などの絵本コーナーを覗いたことがある方はご存知かもしれませんが、「桃太郎」等、典型的な昔話を描いた絵本は、意外に少なくなっています。会で取り上げるときには、可能な限り伝統的なものを選ぶようにしています。外国の童話についても同様です。個人的に楽しむことに異義は唱えませんが、一般的に知られている伝統的なものを基準に選択しています。

語り手はろう者のみ

手話での読み聞かせというと、手話が堪能な聴者や、手話サークルの学習者が行っていると誤解を受けることも少なくありません。なぜ聴者が担当しないのかという問いには、こう答えます。「対象児童がろう児だからです。ろう児に触れてほしいのは、ろう者が話す手話、身近にありそうで実は触れる機会に恵まれていない、ろう者が語る手話と姿です。子どもたちには、ろうの大人とのかかわりの中で、いろんなものを吸収してほしいのです」

そのため、活動の中心になっているのはろう者です。しかし、ろう者だけで活動できるとは思っていません。聴者スタッフの存在は大きな意義があると考えています。主な役割は下図の四角で囲んだ部分や企画、運営です。絵本には絵だけでなく、文章も書かれています。意外に思われるかもしれませんが、日本語の読み書きを不得手に感じているろう者は多いのです。絵本という類のものであっても、本を開くことにためらいを持っている人は少なくありません。この問題を解決するため、聴者は絵本の選択や物語を正確に理解するための良き協力者となっています。また、児童への分かりやすい表現を探るうえでも、必要不可欠な存在です。

効果と目標

子どもたちは、出会うごとに目を輝かせ、本への興味を増していきます。親たちも変化してきました。聞こえる親にとって、ろう児とのコミュニケーションは苦労を伴います。愛情が基盤となっていても、聞こえる親子と同様にできない、もどかしさを感じていたようです。会に参加することで、親たちはろう者が子どもたちと接する姿勢を学びます。

私たちは、社会の一員として仕事をし、家庭を持つことができる、ごく普通の存在であることを示さなければならないと思っています。今、お母さん方の明るい顔を見るたびに、地域での小さな活動の効果を感じます。ろう者スタッフは、ろう児にとっては「将来の自分像を描くモデル」であり、親には「子どもの将来像を描くモデル」であるのです。そして、すべてのスタッフが社会の中で「ろう児と接するモデル」になることを目指しています。

図 定期活動までの流れ
図 定期活動までの流れ拡大図・テキスト

今後の活動

もっと読み聞かせが上手くなりたい、もっと本を知りたい、聞こえる子が当たり前に体験することを、ろう児にも、もっと体験してもらいたい、と私たちも欲張りになっていきました。わずかな聴力を活用したものではなく、子どもらしく楽しみながら絵本の世界を体験できる、「もっと」の追求です。実現するためには、自分たちが知らないことを知っていく努力と、常に向上したいという想いを持ち続けなければなりません。そして、私たちのような活動が、全国の公立図書館の数だけ広まることを願っています。

ろう者が手話で語る読み聞かせ会が、世界中で当たり前のものとなったとき、私たちは社会の一員として受け入れられたと言えるでしょう。すべての子どもが等しく愛される社会を、白山市から発信していきたいと思います。

【本稿は手話の語りを文章にしました】

(にしのかずひろ 白山市松任手とおはなしの会会長)