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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年3月号

フォーラム2007

ソーシャルファームの建設を目指して
-ヨーロッパの専門家を招いてのセミナーから-

炭谷茂

私の社会福祉観

最初に私の社会福祉観について述べることをお許し願いたい。

私は、社会福祉とは、人間としての尊厳が確保された生活、人生を送ることを支援することであると思う。そしてその実現のために必要なことを「すべて対応する」ことである。社会福祉のニーズを限定的に捉える人が多い。福祉の仕事をしている人にも見られる。生活上の問題に困った人が福祉事務所に相談に行った時、福祉制度にないことに対しては「問題を聞いてあげる」にとどまる。「相談の9割は聞いてあげるだけで解決する」と聞かされたことがあるが、何か実際的な援助を求めていることのほうが多いはずである。

しかし、すべてのニーズを官が税金ではやれない。ニーズの性質によっては望ましくない場合もある。そこで、かなりの部分は地域において住民参加で解決していかねばならない。

ソーシャルインクルージョンの理念が大切

社会福祉をこのように捉えると、私の目には次々に多くの問題が入って来る。

児童虐待が急増しているが、その原因は、若い母親が、育児に悩んだ末のことが多い。相談や援助に応じてくれる近親者や近隣者がいない。社会から孤立しているのである。

精神障害者や知的障害者は、地域社会からの偏見によって適切な住居や仕事が得られない。刑務所からの退所者も同様に排除の問題にぶつかる。いじめをする子どももいじめの対象になる子どもも、地域での友達との会話がない子どもに多いという調査結果がある。

このような問題を解決するために必要なのは、ソーシャルインクルージョンという理念である。

1990年代半ばからヨーロッパでは社会的排除の問題に悩み始めた。外国出身者、ホームレス、若年の失業者、薬物中毒者を地域から排除する動きが起った。そこでEU諸国は、ソーシャルインクルージョンという理念を掲げ、排除問題を解決するための取り組みを強化している。

ソーシャルインクルージョンは、社会から排除されている人を社会の中に迎え包含していこうという理念である。言葉のうえでは理解できるが、具体的に何をすれば良いのか分からない。私は、仕事、教育、住まい、環境、生活の想像、の5項目が必須であると考えている。

仕事が中心

このうち仕事が一番大切である。仕事は、経済的自立、人間としての尊厳、心身の健康の向上に役立つとともに社会とのつながりができる。まさにソーシャルインクルージョンである。

しかし、日本においては障害者が適切な仕事を得ることは極めて困難な状況にある。障害者が働く場として日本では2種類ある。一つは、社会福祉制度に基づく場である。通所・入所授産施設、小規模作業所がある。もう一つは企業で働くことである。いずれも障害者にとって働く場として重要であり、さらに拡大していくことが必要である。しかし、現実は、これらで働ける絶対数は限られている。

一方、ヨーロッパでは第3の分野としてソーシャルエンタープライズ(社会企業)が登場している。これは社会的な目的をビジネス的手法で行うものである。障害者の働く場づくりなど社会的な目的を通常の賃金、労働条件で生産活動を行い、製品・サービスを市場で販売していく。利益は事業に再投資される。

公の分野が税負担の増大によってできることの限界を示し始める一方、一般企業は、グローバルな競争を強いられ、社会的目的に乗り出す余裕がなくなってきた。そこでこの第3の分野が、大きな役割を示し始めたのである。ソーシャルエンタープライズを実施する主体の一つとしてソーシャルファームがある。

ヨーロッパでのソーシャルファームの発展

ソーシャルファームは、障害者等労働市場で不利な立場の人を対象に働く場を作ることを目的にしている。事業の実施は、ビジネス的手法で行う。ヨーロッパのソーシャルファームの協議会の基準では「かなりの人数の障害者が雇用されること」となっている。具体的な数字が示されていないのは、各国によって事情が異なることによるという。ちなみにイギリスでは25%になっている。

ソーシャルファームは、1970年ごろ北イタリアの精神病院で生まれた。入院治療が必要でなくなった者が地域で住み、仕事に就こうとした。しかし、偏見差別意識から精神病院に入院していた者を雇おうとする企業は現れなかった。そこで病院職員と患者が一緒になって仕事をする企業を自ら作って行ったのが、始まりである。この手法は、ドイツ、オランダ、フィンランド、イギリスとヨーロッパ各地に伝播した。

平成19年1月のセミナーから

ヨーロッパで大きなウエートを占めるようになったソーシャルファームについて日本では、ほとんど紹介されていない。そこで(財)日本障害者リハビリテーション協会と日英高齢者・障害者ケア開発協力機構が共催で平成17年1月、18年1月と2回、イギリス、ドイツからソーシャルファームの専門家を招いてセミナーを開いた。在日英国大使館の後援もいただき、各回300人以上の参加者があり、予想以上の成果があった。

これに引き続いて今年1月28日に全社協灘尾ホールでセミナーを開催した。ソーシャルファームという同じテーマで3年連続行うと相当の成果が得られた。今回は、イギリス、ドイツ、イタリアからソーシャルファームの専門家を招いた。

まず発祥地のイタリアについては、ジョヴァンナ・マランザーナ氏(ヴィッラ・ベルラ・セルヴィス副会長)が説明した。イタリアのソーシャルファームは、実施主体が、社会的協同組合である。社会的協同組合は、ソーシャルインクルージョンに向けて障害者などの不利な立場にある人々の雇用の創出をすることを目的にしている。6千の組合が設立されており、20万人が働いている。年間40億ユーロの売り上げがあるので、その規模は大きい。協同組合であるので、組合員の経営参加が進められている。

マランザーナ氏は、高齢者向けの食事、清掃、洗濯サービス、学校給食調理、秘書業務、公園整備、駐車場管理などを行っている組合の事例を紹介した。順調な経営である。食の提供では有機食品の活用、無添加食品にこだわっている。

ドイツは、ゲーロルド・シュワルツ氏(前ソーシャル・エンタープライズ・パートナーシップ所長)が昨年に引き続き参加してくれた。ドイツでは2000年にソーシャルファーム法が制定されるなどソーシャルファームに対する熱意は、大変強い。私の印象では、イタリアに次いでソーシャルファームが盛んである。700社を超える会社が設立され、2万5千人が働いている。ドイツでは設立後、3年はソーシャルファームに人件費の一部を補助している。彼は、ホテル、スーパーマーケットなどの成功事例を紹介した。

日英の橋渡しに重要な役割をしているリンクス・ジャパン代表のフィリーダ・パービス氏は、イギリスなど他の国の状況について説明した。前述の国に比べれば、まだ発展途上であると感じた。

このようにヨーロッパではソーシャルファームは、苦心しながら成長している。経営はかなり困難が伴っている。しかし、前進しなければという意欲は強い。

日本で2千社の建設を

ソーシャルファームはヨーロッパですでに1万社ある。であれば、日本では2千社を建設しなければならない。ちょうど市町村一つである。

事業の種類は、市場で勝ち抜くためには、大企業が手を付けないニッチが良い。常に新分野に進出をしなければならない。リサイクル、農業、林業、ホテル、美術作品制作など広い範囲が事業の対象になる。

ソーシャルファームが成功・発展するためには、第一に、商品・サービスが市場のニーズに合致し、かつ消費者を満足させる高い質である。

第二に、障害者の特性を最大限に生かすことである。それは個別の障害者ごとに違うだろうが、それを見抜くことである。

第三に、サポート体制である。支障のある作業の援助、ITの活用がある。

第四に、社会的支援である。商品を積極的に購入してくれる地域住民や企業などとネットワークを形成する。私はコンソーシアムと呼んでいる。また、資金としてSRI(社会的責任投資)の日本での拡大が望まれる。

第五に海外との連携がある。私たちはヨーロッパのソーシャルファームと強い連携のもとに進めているが、しっかりと連携して障害者などの福祉の向上のために力を注いでまいりたい。

(注)この論文では精神保健ミニコミ誌「クレリィエール」(2007年3月号)に掲載した筆者の論文の一部を用いている。

(すみたにしげる (財)休暇村協会理事長、前環境事務次官、日本ソーシャルインクルージョン推進会議代表)