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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年4月号

所得保障政策への提言

「精神障害」を排除しない障害年金制度へ

池末美穂子

1 生命線は障害年金にあり

最新の調査(「第4回全国家族ニーズ調査報告書」全国精神障害者家族会連合会、2006年11月)からもこのことは言える。精神障害により稼得能力を弱めた人にとって、生活費の定期収入(複数回答)の1位は「障害年金」(75%)、2位は作業所・授産施設等の工賃(24%)、3位が就労収入(7%)であった。障害者自立支援法が強調する一般就労による「所得確保策」以前に、障害年金制度の整備・拡充こそが精神障害だけでなく、障害者全員が求めている基本課題である。

2 障害年金から落ちこぼれる精神障害者

生命線である障害年金受給者の数字を他障害と比較すると(表)、精神障害固有の事情も見えてくる。社会保険庁の資料では詳細が分からないため、精神障害での年金受給者は43万人位と推計するしかない。これは、障害基礎(厚生)年金1・2級受給者の38万人に障害厚生年金3級受給者(推計約5万人位か)を加えたものである。知的障害35万人(18歳以上)のうち、表によると年金受給者も35万人である。精神障害244万人(20歳以上)のうち、その半数の120万人位が手帳や年金の対象者としても、43万人という数値はその約3割でしかない。つまり、約7割は無年金者ということになる。

表 国民年金・厚生年金保険 障害年金受給者概数(推計含む) 平成16年度

障害基礎年金1・2級受給者
(障害厚生年金1・2級受給者も含む)
障害厚生年金3級受給者(推計)  
内部疾患・外傷 精神障害 知的障害 合計 内部疾患・外傷・精神障害 合計
90万人 38万人 35万人 162万人 約24万人 約188万人

社会保険庁資料をもとに筆者作成
※障害厚生年金3級受給者数は、障害厚生年金全受給者数(48万人)の約半数と仮定した数字であり正確でない。
精神障害での3級受給者は、精神での全障害厚生年金受給書(9万人)の約半数5万人として推計している。

3 障害の特性が落ちこぼれる理由か

精神障害者が障害年金の資格を失いやすい理由には次のように障害固有の特性が影響している。いずれも抜本的な年金制度改正でしか解決は難しい。

  1. 初診が発症の時期から大幅に遅れる
    20歳前に発症していても初診があると認められない。根強い偏見視や援助体制の不備など社会的要因からも初診日は遅れる
  2. 納付要件を満たしにくい
    20歳前後の発症が多く、年金への加入・納付の時期は混乱の真っ只中にある
  3. 「初診日」を証明してもらえない
    カルテの保存期間(5年)の壁
  4. 精神の「障害」の社会的認知の遅れ
    年金診断書様式・障害認定基準の抜本改正、医師の教育の問題等々

4 「学生無年金障害者裁判」が明白にしたこと

裁判は、任意加入制度の問題から無年金になった、当時学生だった原告(現在27人、うち精神障害7人)によって進められている。現在、高裁での終盤戦にあり、まもなく全員が最高裁へと移ることが見込まれる。

争点は、1.憲法判断(学生無年金障害者を生み出した国民年金法と任意加入制度の改正を怠ったことは憲法違反である)、2.運用の改善(精神疾患のように医師の事後的診断で20歳前に発症が確認できる場合は発症を「初診日」と拡張解釈して障害基礎年金を支給すべし)の二つである。

2の運用の改善は先にあげた精神障害者が障害年金の資格を失いやすい理由の1の初診日問題に重なる。障害年金から大勢落ちこぼれ、嘆き続けてきた原因の一つがやっと裁判を通して司法の場で脚光を浴びることになった。この初診日問題での裁判は、2地裁、2高裁で勝訴判決を得ている。二つの争点を個々の原告を通して最高裁が深く掘り下げ、国民年金制度に迫り、適正な判断を下してほしい。それが、障害者の生命線である障害年金制度改正の契機となることを期待する。

5 命がけのメッセージ

裁判は、審査請求から数えると10年におよぶ。どの原告も心身ともに疲労の色は濃い。2007年2月末、仙台高裁判決(勝訴)の出る前々日、原告の男性(精神障害)は川に身を投げた。3年前、筆者は地裁で証言するためご自宅でその男性にお会いした。別れぎわに長身の身体を小さくして「40歳にもなって年金がないのは情けないです」と語った。働けない、働いて収入を得られない、このままでは父親に申し訳ない、さまざまな思いを年金という言葉に託されたと感じた。この10年間は絶望と期待をあてもなくさまよう緊張感の中にあったと思う。彼は裁判を辞めたかったのではなく、年金受給を、所得保障の必要性を、命を削ってまで望み、訴えたかったのだと思う。

もう一人の男性(精神障害)。裕福な家庭に育ったが両親は亡くなり資産は底をつき、最後に障害基礎年金(1級)だけが残った。社会福祉協議会に生活福祉資金の相談に行き、生活保護の申請を勧められた。その翌日、命を絶った。彼からその半年前に最後の電話をもらった。「池末さん、無年金のことばかり言っているけど、障害基礎年金で食えると思っているのか」。

6 最後に

お二人からのメーセージは限りなく重い。無年金者を再生産しない制度に変える、意欲をもって生活できる水準まで年金額を引き上げる、この二つを現行年金制度に期待できないというのであれば、生活保護も含めてすべての制度を見直して廃止し、当事者の命と未来を守る制度を基本から創り直すしかないと思う。

(いけすえみほこ 社会福祉法人マインドはちおうじ、東京・無年金障害者をなくす会)