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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年4月号

わがまちの障害福祉計画 東京都中野区

東京都中野区長 田中大輔氏に聞く
自立した生活のための基本サービスは社会で支える
地域生活推進の仕組みづくり

聞き手:田中正博
(国立のぞみの園、本誌編集同人)


東京都中野区基礎データ

◆面積:15.59平方キロメートル
◆人口:297,402人 (平成19年3月1日現在)
◆障害者の状況: (平成18年4月1日現在)
身体障害者手帳所持者 7,173人
(知的障害者)療育手帳所持者 899人
精神障害者保健福祉手帳所持者 931人
◆中野区の概況:
中野区は23区の西部に位置し、都心に近く、区内をJR、地下鉄、西武新宿線などが走る、鉄道利便性の高い住宅密集都市。人口密度は全国でも高い自治体となっている。商店街を中心にしたコミュニティづくりが盛んで、特に中野駅の北口商店街が有名。平成18年1月に「新しい中野をつくる10か年計画」を策定し、活力ある新しい中野のまちづくりを目指している。
◆問い合わせ:
中野区保健福祉部障害福祉担当
〒164―8501 中野区中野4―8―1
TEL:03―3389―1111(代) FAX:03―3228―5665

▼中野区と言えば、中野サンプラザや哲学堂公園など、名所が多い所として知られていますが、区の特色を教えてください。

中野区は都心に近く、住みやすいので宅地として発展しました。そのため道路が狭く、交通渋滞も激しいので、震災などに備えて公共のオープンスペースをできる限り確保する必要があります。高齢者や障害のある方など移動困難な方の視点で言えば、道路のバリアフリー化等も必要です。中野区は、住宅に偏り過ぎているために働く場があまりありません。産業の活力が必要で、それを持たないと働く場も福祉の財源も生まれないので、構造改革が必要だと考えています。商店街が昔は100か所ほどありましたが、現在は70か所と減ってきています。時代に合った商店街を考えなければなりません。コミュニティの中心に商店があって、コミュニケーションがとれる、たとえば、車いすや目の見えない人が対面でものを買えるなど、暮らしや交流の拠点となる商店街をつくっていきたいと考えています。

▼田中区長は、障害のある人の地域生活支援について、どのように考えておられますか。

措置から支援費、障害者自立支援法と制度がめまぐるしく変更されてきた中で、財源や費用負担など制度の変遷に振り回されている感は否めませんが、理念は明確に打ち出されていると思います。法として整備されつつある今、我々行政が障害者の自立を進めていかなければならないと感じています。自立を考えるうえでは、まずは、当事者の方が自信を持って社会に参加していくことが大事だととらえています。障害ゆえに本人の思い、家族の思いが壁に阻まれてしまうことがあるかも知れません。個人では乗り越えられない課題は、社会共通で守らなければならないものであればそれを行うのが行政の役割ですから、自立して生きていくための仕掛けを作っていく、理念を前向きに進めていく必要性を感じています。

ノーマライゼーションの理念に照らして言えば、障害は人ではなく社会にあると理解しています。人は、年を重ねればだんだん聞こえが悪くなり、目も衰える。多くの人はそれを障害とは言いませんし、意識もしません。老化の速度は、それぞれの個性と見るわけです。この個性に、強い困難さが伴うと障害とされるわけですが、実際には、この差異を障害としてしまうのは、社会なのだろうと思います。社会がつくる障害の垣根をなくすよう努めることは、行政の基本姿勢だと思います。ですから「生きていくために必要なサービスは社会で用意する」「自立して社会参加する機会は、どなたに対しても同じように用意する」、これを地域生活支援の基本にしています。

▼中野区では先駆けとして「中野区福祉サービス苦情調整委員会」(1990年)、いわゆる福祉オンブズマン制度が有名です。中野区の障害者施策のセールスポイントを教えてください。

中野区のセールスポイントは四つあります。一つ目は、「地域生活支援事業における利用者負担原則無料制度」です。障害者自立支援法で個別に給付される自立支援給付は生活基盤の支援として位置付け、地域生活支援事業は社会参加を支援するもの、べースの部分としてとらえています。これはだれでも平等に保証されるべきものだと思いますので、原則無料にしました。これは自らの意志に基づき、発言し行動し収入を得ていく、可能性を前に進めていくうえで、軌道に乗るための滑り出しを後押しする役割と考えています。

具体的には、相談支援、コミュニケーション、日常生活用具給付事業は無料です。移動支援事業は月15時間まで、地域活動支援センターは月8回まで、日中一時支援事業は月3回まで無料です。これを超える利用は所得に応じて負担がありますが、実際にはほとんど負担なしです。その理由は、中野区では、費用負担を決定する際に、利用者本人の所得で考えているためです。この考えは、中野区が全国に先駆けて打ち出しました。

またコミュニケーション事業では、手話だけでなく要約筆記派遣事業を新たに盛り込みましたし、移動支援事業の拡充も行っています。移動支援は、就労開始時の通勤定着までの支援や保護者の送迎ができない場合の通所・通学にも支給を拡大し、障害者の就労支援や社会参加を促進する機会を保障しています。

二つ目は、就労支援事業です。中野区障害者福祉事業団という就労支援を主な目的として設立した団体に委託し、中野区の雇用促進事業としてジョブコーチなどの対応を行っています。平成16年度は29人、17年度は25人の新規就労を実現するとともに定着支援を実施しました。また、特例子会社の制度などをうまく活用して、区内にも多数ある中小企業の雇用を作る仕組みを応援できないかと模索中です。

三つ目は、4月にオープンした江古田の森保健福祉施設です。旧国立療養所中野病院の跡地を活用して、PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)を用いて、居住タイプ、通所型の多機能複合化による大規模総合施設を開設し、住み慣れた地域で生涯生き生きと暮らし続けることを希望する区民のニーズに応えていきたいと思っています。あわせて地域の医療機関や居宅介護事業者との連携のもと、医療的ケアの必要な利用者にも対応できるよう保健福祉ネットワークの拠点としての役割を備えています。ALSなどの方も安心して利用していただけるようになります。

四つ目としてはグループホームの整備支援制度があります。地域移行の促進、地域での自立を促進するためのグループホームを計画的に整備するため、区独自の補助制度により、ベッド、エアコン、共用食器など立ち上げの際に、事業者が用意する初期費用負担の軽減を行うものです。

▼昨年10月から、障害者自立支援法は本格施行となりました。まず、障害福祉計画の策定についてはいかがですか。

障害福祉計画の策定では、障害当事者や関係者をメンバーとして検討を行いました。このような当事者参加の計画づくりは中野区として初めての試みでした。六つの検討チームに分かれ、40回近い話し合いを行いました。事務担当者は苦労もあったようですが、みなさんの生の声が計画づくりに反映できました。保健福祉審議会での審議を経て策定し、パブリックコメントもいただき、3月に完成しました。

▼自立支援法では自治体による独自施策の展開も可能となりました。今後の施策の展開について、ご紹介ください。

地域生活支援事業では、精神障害回復者社会生活適応訓練事業(デイケア)の実施・拡充を独自事業として位置づけ、精神障害の方の地域移行の促進策として週2日コースを新たに設定します。

相談支援事業は、三障害対応となりましたので、総合的に対応できるように進めていきたいと思っています。理想に近づけたい気持ちが強い分、現実的な困難も予想していますので、方向性を明確に固め、整備していきたいと思います。具体的には、総合公共サービスセンター(仮称)を区内4か所に整備する予定です。これは三障害だけでなく、高齢・子育て支援などライフステージに沿った支援体制を地域全体のケア支援体制として行う予定です。

現在、相談支援事業は、地元に古くからある社会福祉法人に委託をして「スマイル中野」の一角に障害者地域自立生活支援センター「つむぎ」を設置していますが、単体での対応ではなく状況に応じてチームケアがステップアップしていけるように自立支援協議会の設置・運営を積極的に図りたいと思います。ケア全体のコーディネートを大切にして、他職種による継続的・総合的な関わりを支援することが大切だと感じています。いつでもケアチームができるように中野区全体で取り組む全区レベル、また日常の生活圏域のレベル、さらに実務的なレベルといったように関わりを何層かで作っていくことが大切と感じています。

最後に、新規事業として就労促進のためのIT講習の実施を立ち上げます。一般就労のためのスキルアップをねらいにして、単に伝達講習ではなく実務レベルでの障害別の5コース(60時間)で、実践的な内容を考えています。障害の有無にかかわらず、プレゼンテーションでは必須になっているパワーポイントなど、時代環境に慣れてもらうことを前提に行い、就労に向けた仕掛けづくりを行っていきたいと思います。


(インタビューを終えて)

かつての福祉先進地も、行政機構の代替わりによって、だれのせいでもなく形骸化するのが世の習いです。このたび中野区への感心と多少関わりがある立場で、トップの意見を直接聞ける下心を持ってインタビューに臨みました。そこで、田中大輔区長が理念と信念に基づいて福祉行政のリニューアルを目指していくとする姿勢と方向性を実感できたことは、何よりの収穫でした。自治体による福祉行政現場の硬直化の問題は、措置の仕組みに由来するので、全国のどの町にも少なからずある課題です。給付として法改正されても、硬直化する課題を現場からボトムアップ手法で柔軟にしていくのは不可能です。まして障害者自立支援法のように大幅な変革による混乱時期ですから、ますます混迷を深めます。今こそ方向感を示すリーダーシップが必要でしょう。中野区の今後の福祉行政の展開に期待を込めて注目します。