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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年6月号

列島縦断ネットワーキング

「障害者自立支援法110番」報告

藤岡毅

1 「障害者自立支援法110番」の実施

2007年3月14日水曜日午後1時~5時、「障害者自立支援法110番」が実施されました。東京会場となった戸山サンライズ(新宿区)には、8人の弁護士と12人の福祉関係者が相談に当たりました。

2 実施の経緯

2005年10月に成立し2006年4月から暫定施行、同年10月から本格施行された障害者自立支援法により、応益負担導入、支給量削減などの影響で全国の障害者や家族から悲鳴が挙がったことは、公知のことと思います。

このような状況は、憲法の定める生存権、自己決定権、障害者基本法の保障する障害者の社会参加権等と矛盾するのではないかとの問題意識のもと、障害者の人権問題に取り組む弁護士の全国ネットワークである「障害と人権全国弁護士ネット」(代表・弁護士竹下義樹)と障害者団体らが2006年下旬から、障害者自立支援法について考える懇談会を設け、議論してきました。そして、まずは、自立支援法の影響に関する障害者の皆さんの声を直接聴くことから始めようという趣旨で、弁護士ネットと障害者団体の協働で110番を実施することが決まりました。

3 参加協力団体等

多数の団体と市民、弁護士の協働作業で実施されましたので、すべての団体を列記することはできませんが、日本障害者協議会(JD)、DPI日本会議、全国自立生活センター協議会(JIL)、全日本ろうあ連盟ほか、多くの団体と個人が協力しあいました。

4 相談実施の場所

開催された会場は東京、大阪の2か所。また札幌でも「札幌弁護士会 高齢者障害者委員会」により同じ企画が同時開催されました。

5 相談の方法

相談員には障害者の問題に精通している障害福祉関係者と、弁護士が当たりました。

東京と札幌では、一人の相談に対して、弁護士と福祉関係者が二人一組になって相談に当たるという方式を取りました。大阪と札幌は電話による相談、東京では、電話のほか、会場での面談、電子メール相談、ファックスによる相談も実施しました。

6 相談の件数

大阪では31件、札幌では17件、東京では69件(内訳・電話42件、面接1件、電子メール18件、ファックス8件)の117件でした。たとえば東京会場では、用意した4本の電話回線は常に塞がっていましたので、電話を掛けても通話中で相談を断念した方も多いと推測されます。また、準備期間が短かったために事前の告知報道がごく小さいものでしたので、全国から相談がひっきりなしに寄せられる状況は、私たち関係者の予想をはるかに超える反響でした。当日の様子は、首都圏では夕方のHNK総合テレビのニュースで放映されました。

7 相談の内容

寄せられた相談内容は実にさまざまでしたが、どれも悲痛な声で、1件30分を超えて話しこむ方も少なくありませんでした。

1.「応益負担への苦情」。やはり「作業所工賃月8,000円、利用料負担月22,000円はひどすぎる」等の応益負担への苦情が目立ちました。応益負担という法のあり方自体への強烈な批判も多数ありました。

2.「法施行による福祉サービスの劣悪化」。作業所の利用者やご家族から「日割り計算などの影響で職員が減少して、見守りが不十分。信頼できる職員がいなくなった」という声が寄せられました。

3.「相談機関が分からない」「制度情報を教えてほしい」。周囲に支援者、気軽に相談できる人がいないため「いったいどこに相談したらいいのでしょうか。こういう相談をずっとやってほしい」などの声も印象的で、情報格差や組織に属さない方が地域から孤立している状況、複雑・煩雑を極める自立支援法の実務に困惑している障害者、家族の皆さんの姿が浮き彫りになりました。厚生労働省、自治体による制度周知の不備が実感されました。

4.「支給量の減少、不足」。本来、自立支援法の制定趣旨は支給量を減らすことだとはどこにも書いてありません。しかし、全国津々浦々の自治体や現場で、福祉サービスの支給量が削減されています。「これでは生きていけない」という悲痛な叫びがありました。その原因は、自治体が障害程度区分ごとに支給量上限規定を設けたこと、単価が低下したり、制度の枠組みが変更して事業者による業務体制の維持が困難になったことなどがありました。

5.「負担軽減策における資産調査はプライバシー侵害」。行政による平成19・20年度負担軽減措置を受けるための要件として、預貯金の額が、単身の場合500万円以下、2人以上の世帯の場合1,000万円以下であるものとされ、預貯金残高を証明できる資料を提出するものとされ、本人や親の預貯金通帳の写しの提出が義務付けられているといいます。

これが前提ならば、親は保有している預貯金通帳のすべての写しを提出しなければならないことになります。「これはプライバシー侵害ではないか」「ものすごい屈辱」という疑問の声が多く寄せられました。私たち弁護士も、この制度は市民のプライバシー権を侵害するものと言わざるを得ません。個人情報は憲法第十三条を基礎とする個人のプライバシー権として保護されるものです。そもそも「資産調査のため所得を世帯単位で補足する」ことは「親は死ぬまで障害をもつ子の『保護者』として自分の貯金や所得を切り崩してでも障害をもつ子を生涯扶養せよ」ということを意味しますが、これは障害者福祉理念に違背します。ましてや障害者の家族にはプライバシーなどないかのごとき制度設計は過ちです。

6.「負担軽減のために世帯分離をしなければならないことへの矛盾」。事案によっては、住民票の単位を家族で別にする世帯分離という手法で負担の軽減が図れることはあります。しかし、そもそも世帯単位という行政の前提自体が不合理なのですから、世帯分離への家族の疑問ももっともなことです。

7.その他

そのほか、「自治体の窓口対応への不満」「事業者への不満」「精神当事者の苦しみの訴え」「地域間格差への批判」「制度運用の不合理」などが多い相談項目でした。

8 相談の評価

「障害者の地域生活と就労、自立を支援してすべての人々が安心して暮らすことのできる地域社会を目指す」などの自立支援法導入のための政府のお題目とは裏腹に、この法により不安と苦しみが増した人々が大勢いる現実を改めて認識しました。

9 相談後の現場調査の実施

110番実施の翌月から、さらなる実態把握のために弁護士が福祉の現場を訪問する調査活動に入りました。

10 今後の活動

現場の調査内容を分析し、法的問題点の洗い出し作業に入っています。障害者団体の皆さんと共に、弁護士として法的視点を生かした取り組みをして行きたいと思っています。なお、5月13日に名古屋でも自立支援法110番が実施され、電話相談33件、メール相談2件でした。

(ふじおかつよし 弁護士)