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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年7月号

ワールド・ナウ

韓国で障害者差別禁止法が制定される

崔栄繁

はじめに

「韓国の障害者運動の活動家はとても個性の強い人が多いし、数多くの団体が存在して考え方も違う。しかし、障害者の差別を禁止する法律だけは作ろうという一点においては、一つになって闘ってきた」―これは、韓国の障害をもつ女性の国会議員である張香淑さんの言葉である。こうした障害者の想いが韓国社会や国会を突き動かし、今年3月6日定期国会(通常国会)にて、ついに「障害者の差別禁止及び権利救済等に関する法律」(以下、差別禁止法)が制定されたのである。

韓国は家や血統を重んじる伝統が強く、南北の軍事対立と経済成長優先という社会であり、福祉的サービスは劣悪である。特に障害者に関しては、2006年度の韓国の障害者政策関連の総支出は2兆3千億ウォン(約2700億円)で、GDP対比0.26%となっており、OECD平均2.73%の十分の一にもならない水準である。

それでも、いや、だからこそ、障害者は力強く運動を進めてきた。差別禁止法はそうした運動が生み出したといっていい。本稿では、まず、差別禁止法の制定に至る経過・背景を述べ、次に内容と意義、課題、最後に日本の課題を指摘してまとめとしたい。

経過と背景

(1)経過

韓国において障害者の差別禁止法を求める運動が始まったのは、アメリカで障害者差別禁止法に関する会議のあった2000年からといわれている。それが本格化するのが2003年からといえよう。後にも触れるが、障害関連の主要な団体が「障害者差別禁止法制定推進連帯」(以下、障推連)を結成し、動きを本格化させるのである。障推連の構成団体は、当初の47団体から現在82団体となっており、差別禁止法の制定を目的として活動してきた。現在も施行に向けてさまざまな取り組みをしているネットワーク組織である。今までの流れの概要は以下のようになる(表1)。

表1 差別禁止法制定に至る流れ

2003年  4月 障推連結成。以降、法案作成、公聴会、討論会、署名活動などの活動を展開
2003年 10月 障推連主催「東アジア国際シンポジウム」開催。日本からDPI日本会議の東俊裕弁護士、香港からRIのジョセフ・クォ香港市立大准教授が招待。
2004年  4月 保健福祉部(厚生省)の政府案原案発表
 9月 障推連差別禁止法案発表
2005年  9月 民主労働党ノ・フェチャン議員代表発議(障推連案)
10月 差別是正機構一元化原則により、差別禁止法制定推進
2006年  8月 差別禁止法民官共同企画団を構成(12の政府省庁・機関と障推連)
 9月 ウリ党張香淑議員代表発議により法案を提出
12月 ハンナラ党チョン・ファウォン議員代表発議、ウリ党張香淑議員代表発議
    国連総会で障害者の権利条約採択
2007年  3月 保健福祉委員会で議決(2日)
 3月 本会議で議決(6日)

まず、障推連が04年に自らの法案を発表し、少数野党の民主労働党から議員発議を翌年に行っている点が興味深い。運動側の理想を盛った法案がそのまま国会に持ち込まれたのである。それに対して、当時与党の「開かれたウリ党(以下、ウリ党)」や巨大野党のハンナラ党から対案が出され、紆余曲折の末、採択に至ったという。

(2)背景

採択に至った背景について、私なりに4つの要素をあげたい。これらは、それぞれ密接に結びついているが、その4つとは1.障害者運動の盛り上がり、2.政治、3.政府、4.国際的影響である。

1については、障推連の動きが大きな役割を果たしてきた。その基には、2000年以降のアクセス運動など、障害者自身による権利意識の伸張と運動の活発化がある。障推連は目的に賛同した弁護士などの専門家も共に活動しており、法制委員会という内部組織でそうした法律の専門家らとともに法案作成にあたった。よって、韓国の法制度のみならず各国の制度研究を重ねたうえでの法案作成となり、それなりの説得力を持ったものになった。また、障推連は、韓国全域でのキャンペーン活動や、国際シンポジウム開催などを盛んに行い、政治の世界も無視できない勢力となったのである。

2と3については、現ノ・ムヒョン政権が差別・格差是正を政策の核に掲げており、差別禁止法制定の公約をしたということがある。また、一院制で議員数299人の国会に障害をもつ議員が4人おり、とくにウリ党の張議員やハンナラ党のチョン・ファウォン議員(視覚障害)は障害者運動、障害女性運動の活動家であったということが大きい。運動と政府・議会のつながりが効果的に影響を及ぼしてきた。

4は国連における障害者の権利条約の交渉の盛り上がりが一定の影響を及ぼしたことである。特に韓国は、政府・NGOが大変積極的に条約交渉に参加した。条約交渉が障害者の権利に関して、政府・国会の認識を促進した面は否めない。

内容

(1)構造

紙面の都合上、内容すべてに言及することはできないが、注目すべき点をいくつかあげる。構造については表2を参照していただきたい。また、全文訳については、DPI日本会議のホームページに掲載している(http://www.dpi-japan.org/4news/worldnews/top.htm)。

表2 差別禁止法の構造

第1章 総則
1条(目的)/2条(障害と障害者)/3条(用語の定義)/4条(差別行為)/5条(差別判断)/6条(差別禁止)/7条(自己決定権及び選択権)/8条(国家及び地方自治体の義務)/9条(他の法律との関係)
第2章 差別禁止
第1節 雇用
10条(差別禁止)/11条(正当な便宜供与義務)/12条(医学的検査の禁止)
第2節 教育
13条(差別禁止)/14条(正当な便宜供与義務)
第3節 財と領域の提供及び移動
15条(財・領域などの提供における差別禁止)/16条(土地及び建物の売買・賃貸等における差別禁止)/17条(金融商品及びサービス提供における差別禁止)/18条(施設物アクセス・利用の差別禁止)/19条(移動及び交通手段等における差別禁止)/20条(情報アクセスでの差別禁止)
21条(情報通信・意思疎通での正当な便宜供与義務)/22条(個人情報保護)/23条(情報アクセス・意思疎通での国家及び地方自治体の義務)/24条(文化・芸術活動の差別禁止)/25条(体育活動の差別禁止)
第4節 司法・行政手続及びサービスと参政権
26条(司法・行政手続及びサービス活動における差別禁止)/27条(参政権)
第5節 母・父性権・性等
28条(母・父性権の差別禁止)/29条(性での差別禁止)
第6節 家族・家庭・福祉施設・健康権等
30条(家族・家庭・福祉施設等での差別禁止)/31条(差別禁止)/32条(いじめ等の禁止)
第3章 障害女性及び障害児童等
33条(障害女性に対する差別禁止)/34条(障害女性に対する差別禁止のための国家および地方自治体の義務)/35条(障害児童に対する差別禁止)/36条(障害児童に対する差別禁止のための国家及び地方自治体の義務)/37条(精神的障害をもつ人に対する差別禁止等)
第4章 障害者差別是正機構及び権利救済等
38条(陳情)/39条(職権調査)/40条(障害者差別是正小委員会)/41条(準用規定)/42条(勧告の通報)/43条(是正命令)/44条(是正命令の確定)/45条(是正命令の履行状況の提出要求等)
第5章 損害賠償、立証責任等
46条(損害賠償)/47条(立証責任の配分)/48条(裁判所の救済措置)
第6章 罰則
49条(差別行為)/50条(過料)
附則
1.(施行日)2.(小委員会の設立準備)3.(委員の任期開始に関する適用例)

差別禁止法は全50条と付則から成る。第1章「総則」、第2章「差別禁止」、第3章「障害女性及び障害児童等」、第4章「障害差別是正機構及び権利救済等」、第5章「損害賠償、立証責任等」、第6章「罰則」という構造になっている。第3章が障害女性と子どもについて、2章とは別に差別禁止についての規定をしている。権利救済規定と損害賠償等の司法救済、罰則を別立ての章にしている。第2、3章の構造は、基本的に「差別禁止」→「合理的配慮義務」(正当な便宜供与義務)という構造となっている。

(2)総則部分

1.障害の程度・範囲(2条並びに6条)

韓国の障害者福祉法に沿った医学モデル的な規定になっている。しかし、6条の「差別禁止」条項で過去の経歴や推測されることを理由にした差別を禁止しているため、同法の適用を受ける障害の定義を実質的に広げている。

2.障害に基づく差別(4条)

障害者の権利条約より多少広く捉えており、不利益取り扱いと間接差別(4条の1―2)、合理的配慮(正当な便宜供与)の拒否(4条の1―3)、不利な待遇を表示・助長を直接行う広告あるいは効果(4条の1―4)が障害に基づく差別とされている。

3.合理的配慮

本法では合理的配慮は「正当な便宜供与」とされ(4条の2)、合理的配慮の適用除外は4条の3に規定されている。合理的配慮の適用範囲の「段階的範囲」は大統領令で定めるとなっており、大統領令の内容が非常に重要となる。

(3)差別禁止(各論部分)

いわゆる各論部分では雇用や教育、アクセスや不動産取引などを含む財、司法などが個別部分として規定されている。詳細は省くが、父・母権や性の規定がされており、また、別章で女性や子どもについての規定がされている。これは、韓国が障害分野のみならず、女性問題に取り組んできた政治的・社会的な経緯がある。

(4)救済等

1.救済機関

国家人権委員会が管轄となる。国家人権委員会は勧告の権限しかなく、ここでの救済ができない場合は、当該案件は法務大臣に移る、という形になり、実質的救済がどこまでなされるか見守る必要がある。

2.挙証責任(立証責任)

47条で「立証責任の配分」条項を設けている。これは、実質的には加害者側が障害に基づく差別がなかったことを立証しなければならなくなっている。

3.罰則

本法はいわゆる民事法型であるが、「差別」について厳格な要件を満たした場合、懲役や罰金などの刑事罰を準備しているという特徴を持つ。これは、おそらく障推連案に盛られていた懲罰的賠償制度を代替するものではないだろうか。

意義と課題

まとめとして、法律上の今後の課題について3、4点挙げてみたい。

第一に、障害の定義と救済の部分である。韓国の障害者福祉法における障害者の定義は日本のそれより広く、顔面のあざなども含まれる。また、6条で実質的に法の適用範囲を広げている。しかし、社会環境との関係において発生する社会参加などへの制限等については明文で触れられていない。

第二に、合理的配慮の内容と適用範囲については大統領令で定めるとある。大統領令の策定にどれだけ運動側が参画し、当事者の視点からの内容を盛り込んでいけるのかが問題となる。

第三に、救済機関の問題である。韓国の国家人権委員会は勧告の権限しかなく、法律上、国家人権委員会で調停が不調の場合は法務大臣の管轄になるという。しかし、人権救済に関しては法務省への過度な期待はできず国家人権委員会の権限強化が問題となろう。

しかし、前記の問題点を差し引いても、この法律ができた意義は大きい。差別禁止法の必要性については、さまざまな議論がある。たとえば、法に規定していない行為が許されてしまう、差別者と被差別者を峻別し社会統合にかえって弊害となりかねない、といったものである。確かにこれらの面があることは否定できない。しかし、障害者が経験して感じている差別や偏見は、障害の無い人が考えるものと大きな隔たりがある。こうした状況の中で、すべての人が実質的に機会の均等が保障されるためには、何が障害者への差別であり、それがいけないことである、と明らかにすることは必要であり、法律で定める意義はなおさらである。これがないと、障害者の感じる不平等感などは解消されず、皆が共に暮らす社会づくりは不可能である。そしてこの法律が、障害者自らが声をあげて法の制定過程に参画して作られたという点が非常に大きい。これらの経験と知識が、今後の施行段階で大きな力を発揮するだろう。

ひるがえって日本の場合はどうだろうか。日本の国情はあるにせよ、日本の障害者がこのままでいいとはだれも思っていないだろう。障害者の権利条約の採択という状況も踏まえた次の行動が必要になっているのだ。

(さいたかのり DPI日本会議)