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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年7月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

ピア・ジョブコーチで精神障害者の就労支援を推進
―おあしす福祉会の取り組み

田中大樹・前野洋幸・友田奈津美・石川英五郎・平松謙一

1 はじめに

おあしす福祉会は、1983年に江東区で初めての精神障害者の作業所を設立し、現在は5か所の授産施設と2か所のグループホームを運営し、約130人の精神障害者が利用している。本稿では、設立当初より利用者の就労支援に積極的に取り組んできた「おあしす」のピア・ジョブコーチの意義を中心に報告する。

2 グループ・リーダーが仲間の就労支援―ピア・ジョブコーチの先例

「おあしす」では、86年に利用者同士で就労支援グループ「頑張ろう会」を結成し、毎月20人近くが集まり、就労について話し合ってきた。リーダーのKさんは、ブラインド工場に就労して1年が経っていたが、「面接でいつも不採用になる」というメンバーの嘆きを聞き、会社の社長に直談判し、1名が採用された。さらにKさんは、「企業として社会貢献できないか」と社長に訴え、さらに3人が採用された。「おあしす」は、これら新規採用者の支援に職員をジョブコーチとして派遣しようと申し出たが、Kさんは「俺に任せろ」と言い、社長もKさんに任せた。

Kさんは後輩たちに、「仕事で困っていないか?」「この工程はクレームが出やすいから気をつけろ」「幻聴や妄想は大丈夫か?」と、絶えず声をかけた。時には後輩をかばって工場長と対立することもあり、後輩には「もっと本気で働け!」と叱咤激励が度を超すこともあった。自分の休み時間を返上してフォローするなど、身をていして後輩たちを支えたKさんは、「やはり病気の人間の限界ってあるのだろうか?俺もあいつらも、もっとのんびり働いた方がいいと思うが、どうしたらいいか?」と、自ら障害者として働くことを、絶えず悩み考えながら仲間を支えていた。Kさんは99年にクモ膜下出血で亡くなり、工場も近県に移転したが、4人の後輩たちのうち1人は継続して働いている。

3 プロの腕を発揮したDSCの調理主任―福祉サービスの担い手に

発病して調理の仕事から離れていたプロの調理師2人は、施設で単純な下請作業を行っていた。近くに高齢者デイサービス・センター(DSC)が開設され、昼食の調理員を探していることを知った「おあしす」は、昼食作りを受託した。2人を調理主任として迎え入れ、オープンから3か月間は、週6日、主任2人が交代でスタッフ1名と、約20食の昼食を作った。献立作り、材料購入、調理、配膳、下膳、片付け、翌日の下準備、清掃までを4時間で終えること、標準献立を参考にしながら個々の高齢者に合わせた調理を工夫することは、予想以上に苦労が多かったが、2人は次々にプロの技を発揮して乗り越えた。

一方、昼食作りを主任2人だけではなく、より多くの利用者が参加できるように希望者を募り、「おあしす」の施設内で調理の練習を行った。3か月後には、主任2人とメンバー8人でローテーションを組み、主任、メンバー、スタッフの計3人体制とした。メンバーが加わってからは、スタッフはコーディネートに徹し、主任が直接メンバーを指導した。また、配膳は主任が行い、週1回のDSC職員とのスタッフ会議には主任も参加した。一人一人の高齢者に応じた調理を行い、通常DSCではお目にかかれない天ぷらや鍋物を出すなど、存分に腕をふるった。その結果、DSC利用者の食生活や意欲の改善にも役立ち、地域でも評判となった。その成果もあって2年後に、別のDSCの昼食作りを依頼された。現在は主任1人とメンバー10人が交代で、2か所のDSCで各2人ずつ働いている。主任は時給900円、メンバーは720円を支給している。

主任の1人はその後、居酒屋のアルバイト、もう1人は、週3~4日DSCで働きながら、趣味を楽しんでいる。主任以外のメンバーのこれまでの参加者は16人で、11人が現在も継続して働いている。

4 ピア・ジョブコーチとワークシェア―居酒屋チェーンの清掃

2005年6月、居酒屋チェーン店の開店前清掃アルバイトの募集があり、Oさんが採用された。週3日、1日3時間、時給820円。スタッフはジョブコーチとして、3か月間は一緒に働き、Oさんが安心して仕事が覚えられるよう支援した。Oさんが仕事に慣れてからは、徐々に一緒に働く時間を減らし、半年後にOさんは独り立ちできた。このOさんの成功が同じチェーンの他店へ伝わり、その後、直接「おあしす」に清掃アルバイトの依頼があり、最初の店を含め計4店となった。

2店目以降は各店とも、1人分の仕事を複数名(2~3人)で行い、賃金を分け合うワークシェア方式とした。その理由は、できるだけ多くの利用者に就労の機会を提供すること、グループなら不安や負担も少なく、安心して働けることである。4店とも、仕事は基本的に同じなので、Oさんにピア・ジョブコーチを依頼した。Oさんは自分の店で働きながら、他店ではピア・ジョブコーチとして、新たに働く仲間を支える役割を担った。「そんなに頑張るな、それぐらいで大丈夫だよ!」「俺も初めはガチガチだったよ!」と声をかけながら、就労への不安と緊張の強かった利用者は日を追うごとにリラックスして生き生きと働くようになっていった。またOさん自身も、働く仲間が変わっていく姿を見て、自分が果たした役割を実感することができた。その後Oさんは、大きな自信と経験を獲得し、希望していた仕事で一般就労した。Oさん以外にこの仕事に参加したメンバーは10人、うち8人が現在も継続中である。

5 グループでピアを―有料老人ホームの清掃

以上の取り組みにも関わらず、まだ施設の下請作業から踏み出せない利用者も多い。そこで、「おあしす」の7か所の施設清掃を利用者に呼びかけた。1日2時間で時給は250円、しかも自分たちの施設の清掃ということで、20人の利用者が参加した。清掃会社での就労経験のある利用者がピア・ジョブコーチとなってマニュアルを作り、清掃の仕方を教えた。

5か月後、有料老人ホームから清掃の委託があり、施設内清掃に参加していた利用者に諮ったところ、6人が応募した。6人の中には、独語が激しく昼夜逆転の生活で通所も安定しない者、こだわりが強く周囲の状況に適さない唐突な言動が頻発する者もいたが、「働きたい」という気持ちがあれば、「だれでも働ける」可能性を信じ、6人全員に参加してもらった。週3日、フロア、トイレ、居室(70室)の清掃を、1日4人で4時間、時給400円で行った。最初は、ホームの清掃中に大声で独語をしたり、挨拶せずに居室に入ったり、小さな問題が絶えなかったが、一人一人に注意し、一つ一つ仕事を指示し、メンバー同士の調整を行った。そして、仕事を続けるうちに、入居者や職員から激励や注意を受け、メンバー同士が協力し合うようになっていった。お互いに「声が大きいよ」「ちゃんと挨拶して」と注意し合い、仕事の分担もメンバーで話し合って決めるようになった。8か月経った現在も6人は働き続け、独語や唐突な言動が多かったメンバーも状況に応じた行動をとれるようになり、15年間の施設利用では見られなかった大きな成長を示している。

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6 まとめ

「おあしす」では、20年以上前から、個々の利用者のニーズをもとに、独自のIPS(Individual Placement & Support)モデルに基づく就労支援を行ってきた。「おあしす」のIPSの特徴は、グループ就労(ワークシェア)、ピア・ジョブコーチ、オン・ザ・ジョブ・トレーニングである。今回はピア・ジョブコーチを中心に紹介したが、「おあしす」の就労支援は、あくまでも利用者にふさわしいプログラムを創意工夫することである。決められたプログラムに合わせて利用者を訓練するような「非人間的(?)」方式は、利用者のリカバリーやエンパワメントを阻害すると考える。なお、「おあしす」の就労支援は、日本精神障害者リハビリテーション学会、日本社会精神医学会で発表している。

(社会福祉法人おあしす福祉会)