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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年8月号

障害の定義から生じる難聴者・中途失聴者の現状と課題

瀬谷和彦

1 聴覚障害の定義

障害者自立支援法が施行されることで従来の福祉法の再編が行われたが、聴覚障害の定義は、身体障害者福祉法第4条に基づく身体障害者障害程度等級表を継続している。身体障害者福祉法は昭和24年に制定されたが、ここで定義されている身体障害者障害程度等級表は大正5年に制定された工場法施行令に由来し、現在の労働基準法で定められている労災における障害補償の礎となっている。そこで、障害の定義から難聴者・中途失聴者(以下「難聴者等」)に生じる課題を論じやすくするために、聴覚障害が関わる労働基準法における障害等級表を身体障害者障害程度等級表と比較できるように並べてみた(表1)。

表1 身体障害者福祉法による聴覚障害の定義と労働基準法による聴覚障害等級との比較

身体障害者福祉法による聴覚障害程度等級 労働基準法による聴覚障害等級
  標準純音聴力検査による場合 (聴取距離による場合)    
両耳の聴覚レベルがそれぞれ100デシベル以上のもの (両耳全ろう) 両耳を聾した者
両耳の聴覚レベルが90デシベル以上のもの (耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの) 両耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になったもの、または一耳を全く聾し他耳の聴力が40センチメートル以上の距離では尋常の話声を解することができない程度になったもの
1 両耳の聴覚レベルが80デシベル以上のもの
2 両耳による普通話声の最良の語声明瞭度が50パーセント以下のもの
(耳介に接しなければ話声語を理解し得ないもの)    
1 両耳の聴覚レベルが70デシベル以上のもの
2 一側耳の聴覚レベルが90デシベル以上、他側耳の聴力レベルが50デシベル以上のもの
(40センチメートル以上の距離で発声された会話語を理解し得ないもの) 両耳の聴力が40センチメートル以上の距離では尋常の話声を解することができない程度になったもの、または一耳を全く聾し他耳の聴力が1メートル以上の距離では尋常の話声を解することができない程度になったもの
        中略
      11 両耳の聴力が1メートル以上の距離では小声を解することができない程度になったもの、または一耳の聴力が40センチメートル以上の距離では尋常の話声を解することができない程度になったもの

2 聴覚障害の定義から生ずる課題1:話声の理解度

次に聴覚障害の定義が抱える矛盾について2点説明したい。まず1点は、現行の聴覚障害認定で主となる基準が「純音が聞こえるかどうか」に限定されていることである。難聴者等の多くは内耳機能が損傷している。内耳は音に関する物理的情報だけでなく、音の内容に関する情報も脳に伝える重要な役目を果たしている。従って、内耳機能が損傷すると音が聞こえなくなるだけでなく、話声などさまざまな音の内容の識別も困難になる。故に話声が理解できるかどうかの判定も聴覚障害認定において重要な要因となる。

労働基準法における聴覚障害の認定基準は、音が聞こえるかどうかと、話の内容が理解できるかどうか(聴取距離測定)の2点に絞られている。工場法が制定された当時は標準純音聴力検査を行う機器はなく、医師の判定に委ねられていただけに、話声の理解度も重要な判定材料になっていたものと考えられる。

身体障害者障害程度等級表にも括弧(かっこ)でくくられているが、聴取距離測定の場合の認定基準が書かれている。しかし、検査機器が普及した今はほとんど形骸化している。また、4級の認定基準に「両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50パーセント以下」という記述があるが、「普通話声の最良の」の明確な基準がないため、医師の主観に委ねられている現状がある。語音明瞭度検査は「話声の理解度」を知るうえで効果的な手段なので、科学的に細分化されたより明確な判定基準の確立が非常に重要な課題となる。

3 聴覚障害の定義から生ずる課題2:平均聴力レベル(注:障害程度等級表では「聴力レベル」と表記)

聴覚障害の定義が抱える矛盾のもう1点は、表1の6級の区分にあるように、聴覚障害の認定基準が福祉先進国と比べて非常に厳しいことである。世界保健機関(WHO)は、平均聴力レベルが良耳41デシベルから福祉サービスを必要とする聴覚障害をもつ者という基準を提唱している。これは1m離れた距離での普通話声を理解できるレベルであり、本邦における労働基準法の障害補償でも第11級が該当している(表1)。しかし、身体障害者福祉法による障害程度等級には該当する区分が存在しない。両耳の平均聴力レベルが40~69デシベルの難聴者等は補聴器や文字による情報保障を必要とする人たちが多いにもかかわらず、必要な福祉サービスを受けられないでいる。全日本難聴者・中途失聴者団体連合会(以下「全難聴」)は、このような福祉の谷間にいる難聴者等の人口を約600万人と推定しており、彼らにも福祉サービスを提供するよう要請活動を行っている。

欧米の福祉先進国では福祉サービスにおいて等級による区別はなく、社会生活や日常生活の不自由度を基準にしている。従って、より軽度の20~40デシベルの難聴者等も必要に応じて福祉サービスを受けることができる。本邦の障害者に対する福祉施策の歴史からして等級および障害程度区分の撤廃は困難かもしれないが、聴覚障害認定基準の緩和や障害者手帳を持たない難聴者等に対しても、必要に応じて提供できるより柔軟な福祉サービスシステムの構築が、非常に大切なのではないかと考える。

障害者自立支援法はその名の通り、障害をもつ者たちの自立を支援するものでなくてはならない。その意味で、現行の身体障害者障害程度分類に基づく聴覚障害の定義は難聴者等の障害の現状を正しく反映しているとは言い難い。全難聴としても今後の改善を切に望むものであり、また聴覚障害に限らず、2001年にWHOが制定した国際生活機能分類を基準に据えた生活機能という点からの障害の定義を見直すことも肝要かと考えられる。

(せやかずひこ(社)全日本難聴者・中途失聴者団体連合会補聴医療対策部長、弘前大学大学院医学研究科)