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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年11月号

障害者自立支援法
―利用者、事業者、自治体の現状

小澤温

1 はじめに

「障害者自立支援法」の本格的な施行(2006年10月)からほぼ1年が経過した。成立前から議論の多い法律であったが、施行後も多くの問題が生じ、これ程議論の尽きることのない法律もこれまであまりなかった。特に、昨年12月には、多くの批判に対応するために、障害者自立支援法円滑施行事業特別対策が公表され、2006年度補正予算として960億円の計上、2007年度・2008年度の当初予算に240億円が計上された。本格的な施行後2か月で、大幅な当初予算の変更をしなければならないほどの問題が生じたことを考えると、「障害者自立支援法」の施行の影響がいかに大きかったかを理解することができる。

さらに、この間の政治状況もあり、「障害者自立支援法」の抜本的な見直しが大きな政治課題になりつつあり、今後も流動的な状況が続くことが予想される。

一般的に、これまでの法制度の根底を変える大きな改革を行うにあたっては時間がかかるものであるが、「障害者自立支援法」は短時間の審議で成立し施行した法律であることも大きな問題の一つになっていると思われる。このような経過から「障害者自立支援法」は、その実施に伴って、次々と問題を生み出す可能性があることが当初から予想された。

本稿では、こうした状況を踏まえて、利用者、事業者、自治体の状況を概括的に示すことを目的とした。なお、個々の具体的な状況と課題については、今回の特集の各論に委ねることにする。

2 利用者の状況について

1割の定率(応益)の利用者負担原則に関しては、法施行以前からかなりの批判があり、これに応じる形でさまざまな負担の減免策が実施されてきた。批判の中では、特に、グループホーム、ケアホーム、生活介護、自立訓練、就労移行支援、就労継続支援、といった障害者の地域生活支援の要となるサービスへの負担増は、「障害者自立支援法」の本来の目的である地域での自立生活の推進を阻害する可能性をもっていること、精神障害分野では、自立支援医療において医療費に1割の定率負担の原則を導入したことは、障害福祉サービスの定率負担以上に重大な影響を及ぼすことが言われてきた。具体的には、医療費の負担によって、受診抑制、医療中断が発生しやすくなり、長期入院の解消、退院促進に重大な支障を与えかねない点である。

ただし、利用者の負担の実態とサービス利用抑制に関する実証的なデータを基に検証した調査研究はあまり多くはないので、今後の調査研究が必要である。

ここでは、日本障害者協議会(JD)が2006年2月(法施行前)と7月(法施行後)に実施した調査データの比較分析の結果1)2)をもとに利用者の状況を考察する。自立支援医療費は月平均2,509円の負担の増加、ホームヘルプサービスおよび通所系サービスでは、法施行前後で利用回数・時間の差はほとんどなく、利用料負担の増加のあること、入所施設の利用負担は大幅増加、サービスの利用量と負担額には地域格差がみられること、などが示されている。

この調査のまとめでは、全体的にサービス利用に伴う負担が増加しているが、サービス利用量はそれほど減少していないことが指摘されている。つまり、定率負担の問題は、利用者にとって、サービス利用抑制の影響よりも負担増に大きな影響を与えていることが考えられる。なお、これらの調査分析は、昨年12月の特別対策以前のデータなので特別対策の効果がどのくらいあったのかは、今後の検証の課題である。

3 事業者の状況について

「障害者自立支援法」では、精神科病院の長期入院の解消・退院促進、入所施設からの地域移行促進、そのための地域生活支援の拡充が大きな柱である。「障害者自立支援法」におけるそれぞれの施策は、その大きな流れで位置づけることができる。そのためには、グループホーム、ケアホーム、福祉ホームなどの地域居住資源の整備、生活介護、自立訓練、就労移行支援、就労継続支援の充実が重要になる。これまでの障害者福祉の柱である在宅系、施設系サービスといった2群分けから、新しい体系では、介護給付、訓練等給付、地域生活支援事業といった給付内容による群分けに移行していく。

さらに、利用者のサービス利用の選択幅を広げる目的でサービス利用料の日割り化も行われた。この日割り化に関しては、通所系サービスおよびグループホームの事業者を中心に大幅な減収が生じており、大きな課題となっている。

就労支援に関しては、長年、障害者福祉政策と障害者雇用・就労政策との間で大きな課題になっていた。「障害者自立支援法」で、この二つの政策を共通化し強化していくことを目的にしたことは画期的なことであった。これまで「福祉的就労」と「一般雇用」とを区別して、「福祉的就労」が障害者福祉政策の中心であった状況に対して、「一般雇用」に舵をきったことは、方向性としては新しい時代にふさわしい政策と思われる。

その結果、「授産施設」、「福祉工場」といった既存の施策体系は再編されることになった。ただし、長年の実践の中で成立してきた施設体系だけに、短期間の改革で「一般雇用」の推進強化を進めて行くには、相当な困難を克服していく実践が必要とされる。

「就労移行支援事業」はこの中でもっとも重要な柱になるが、この事業には就労移行後の退所者に見合った新規利用者の確保で大きな困難のあることが指摘されている3)。このような状況を考えると、就労支援施策では、これまでの障害者福祉サービス以上に総合的な実践とそれを推進する行政施策の二つの取り組みが不可欠であることが理解できる。

4 自治体(市町村)の状況

自治体(市町村)の業務では、サービスの支給決定に関することが大きな領域を占めている。「障害者自立支援法」では、支給決定は介護給付の場合と訓練等給付の場合で異なっている。

介護給付の場合は、1.障害程度区分認定調査、2.1次判定(市町村)、3.2次判定(審査会)、4.勘案事項調査、5.サービス利用意向の聴取、6.支給決定、である。訓練等給付の場合は、1.障害程度区分認定調査、2.勘案事項調査、3.サービス利用意向の聴取、4.個別支援計画、5.支給決定、である。

ここで、これまでの実施で課題となったことは、障害程度区分認定調査項目の問題と障害程度区分認定調査の実施に関する問題である。また、サービス支給量の決定に関しても自治体によって大きな課題になっている。

障害程度区分は、軽度から重度に至る6段階(障害程度区分1~6)である。これまでの実施状況から、知的障害、精神障害では、現行の障害程度区分認定調査項目の1次判定の信頼性はかなり低いことが示されている。この理由としては現行の障害程度区分認定調査項目が、介護保険制度で使用されている要介護認定基準の調査項目(79項目)に、行動障害とIADL(手段的日常生活動作)に関する項目(27項目)を加えた形で構成されており、知的障害、精神障害の障害特性(心身機能や症状ではなく、要援護性、ケアの必要性に関する特性)を反映した項目でないことが考えられる。このことに関しては、今後の修正、見直しが予想される。

障害程度区分認定調査の実施に関する問題では、市町村における調査員の質(専門性)および相談支援事業者の質(専門性)と量(十分な相談業務に対応できる基盤整備)があげられる。特に、対象者の回答の仕方によって、調査に大きな影響があることが指摘されており、調査員がどのくらい対象者の障害特性に精通しているのかは重要な課題であり、研修などで強化が必要な部分である。

サービス支給量の決定に関しては、在宅の重度障害者で訪問系サービス(いわゆるホームヘルプサービス)を利用する場合である。特に、全身性障害者の場合、24時間介護は可能なのか、身体介護、家事介護、通院介助以外の社会参加目的の外出介護は可能なのか、が大きな課題となっている。「障害者自立支援法」には、訪問系サービスとして、居宅介護、重度訪問介護、行動援護、重度障害者等包括支援、の4種類がある。これらの支給時間の決定は市町村の判断に任されているので、24時間の介護に関して市町村間の判断に差が出ている状況がみられる。同様に、身体介護、家事介護、通院介助以外の社会参加目的の外出介護時間に関しても市町村間の判断に差が出ている状況がみられる。

また、「障害者自立支援法」では、市町村による「障害福祉計画」の策定と市町村における地域生活支援事業(特に、相談支援事業)を円滑に推進するために「地域自立支援協議会」が市町村の業務として重要である。

「市町村障害福祉計画」の内容は、障害福祉サービス(訪問系サービス、日中活動系サービス、居住系サービス)、相談支援事業所、地域生活支援事業(相談支援事業、コミュニケーション支援事業、日常生活用具給付事業、移動支援事業、地域活動支援センターなど)の必要量と見込み量の3年間の推計と必要量の確保に関する方策の計画である。特に、これまでの計画にない特徴点は、必要量と見込み量の推計の中に、入所施設あるいは精神科病院から地域に移行する人の推計を入れる点である。この点で、「障害者自立支援法」はわが国で初めての脱施設に関連した法律といえる。

第1期市町村障害福祉計画はすべての市町村で策定されているが、第2期障害福祉計画は2009年度から実行しなければならないので、2007年度、2008年度はこの計画策定のために極めて重要な時期にある。第1期計画では策定時間の少なさに加えて、まだ制度が本格的な実施をしていない中での策定のため、ニーズおよびサービスなどの数値の算出に相当な困難があったが、第2期計画では、ある程度制度の実施状況がみえている中での計画策定なので、より地域の実態にあった検討をしながら進めていく必要がある。特に、市町村事業である「地域生活支援事業」に関する計画では、地域の包括的なニーズの把握と分析、地域特性に応じた社会資源の開発と配置などで詳細な検討が必要である。

「地域自立支援協議会」は「障害者自立支援法」には規定されていないが、市町村(あるいは圏域)ごとに設置することが国から提案されている。「地域自立支援協議会」の業務は、個別支援会議で検討された地域課題をもとに、関係機関の連携・ネットワーク化、相談支援事業者の委託の検討および業務の点検、社会資源(新たなサービス)の開発などがある。

厚生労働省の調査によれば、2007年4月の時点で、全国の62%の市町村で「地域自立支援協議会」が未設置である。都道府県においても設置済みが22都道府県にとどまっている。このように未設置の自治体の多さが目立っているが、この背景としては、「地域自立支援協議会」の目的、趣旨を十分理解していない自治体の多いことが考えられる。「地域自立支援協議会」の目指している地域の状況に応じたシステム構築という高い理念が、これまでの国―都道府県―市町村という縦割りの福祉行政の壁を越えて機能するにはまだまだ時間がかかると思われる。

(おざわあつし 東洋大学)

(注)

1)磯野博「報告書概要版 障害者自立支援法の影響:JD調査2006―第2回調査の結果および第1回調査(2006年2月時点)との比較」、日本社会福祉学会第55回大会自主企画シンポジウム資料、2007年

2)http://www.jdnet.gr.jp/teigen,houkoku/index.htm

3)志賀利一、「新たに誕生した就労移行支援事業と知的障害者の就労」、発達障害研究、29(3)、155―163、2007