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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年11月号

事業者

新体系への移行及び就労支援の取り組み
(工賃水準ステップアップ事業)から見えてきたもの

叶義文

1 はじめに

昨年4月から、障害者自立支援法が施行されて、早1年半が過ぎた。所得保障が十分でない中、サービスを利用するための定率負担(1割負担)と実費負担が始まり、障害のある人たちの生活を直撃した。一方、月額払いから日額払いへの変更、報酬単価の低さは事業所へも大きな悲鳴を上げさせる結果となってきている。このように課題と今後への疑問と不安を抱えた中で、私どもの事業所は、2007年1月1日に新体系へ移行した。

2 新体系への移行

(1)移行の趣旨

なぜ、このようの状況の中、土地や建物のほとんどを自己資金または借り入れしてまで、新体系へ移行するのかという質問をいろんな人から受けた。

それにはいくつかの理由があるが、一つは私どもが20数年間思い続けてきた、「山の上の施設から地域へ」という思いの実現であった。今回、たまたま大牟田市の方から地域交流施設(高齢者・障害者をはじめとした地域住民の交流の場)をやってほしいという話もあり、私たちの背中を押してくれた。

二つ目は、就労支援として、弁当事業に加えて、新たにレストラン・ショップ事業を立ち上げ、地域の人たちとの交流の中で授産事業を組み立てていきたいという願いである。

三つ目は地域生活を希望している人たちの思いを実現するために、地域の中に住まいの場(福祉ホーム)を作りたかったということである。

四つ目は、生活介護事業を行い、夜勤体制を作ることにより重度障害者への支援の充実である。さらに一方では、私たちの施設では、支援費制度のスタートから毎年毎年報酬は減り、約2000万の減収となっていた。このような状況をじっと耐えていくのではなく、思い切って新たな体制に踏み出していきたいということも移行を決心させる大きな要素としてあったように思う。

そのような状況の中、図のように新体系への移行と新たな事業所「たんぽぽ」・「福祉ホーム」の立ち上げに踏み切った。

図 障害者自立支援法に伴う新体系への移行<2007年1月から>
図 障害者自立支援法に伴う新体系への移行<2007年1月から>拡大図・テキスト

(2)移行して思うこと

今回の法律のねらいの一つは、事業の機能を明確にすることにより、一般就労を希望する人・就労継続支援事業A型(雇用契約)、またはB型を目指す人、地域移行を目指す人等、事業を選択できるようにすることであった。そのことにより、事業の方向性が明確になり、その人の目標に向かって大胆に取り組むことができる。このことは今回の法律による大きな前進だと思っていた。しかし、障害程度区分により、生活介護事業を選択できなかったり、サービスの時間数が制限されたり、入所を希望するがゆえに働くことを希望していても就労継続支援事業B型を選択できなかったり等、本人の意向が尊重されない状況が出てきている。

また、障害者自立支援法の理念であるところの「就労支援の強化」をしていくことは重要なテーマである。しかし今回、就労継続支援事業B型が障害者の働く場として明確に位置付けられず、「訓練生」として位置付けられたことは残念で仕方がない。一般就労が難しい人たちの多くが就労継続支援事業B型・授産施設等で働いている現実を踏まえ、そこで働く人たちが誇りを持って働き、賃金保障がなされるシステムを早急に作るべきである。

3 就労支援に向けて(工賃水準ステップアップ事業の取り組みから)

「障害者の就労」といっても、その働き方はさまざまである。1.一般企業での雇用契約による就職、2.福祉工場、就労継続支援事業A型、特例子会社等での雇用契約による就労、3.授産施設や作業所等で一定の工賃をもらいながら働く就労、等々。

その中でも、一般企業や福祉工場等で働く障害者は雇用契約のもと、賃金が保障されている。しかし、授産施設や作業所等では、十数万人を超える障害者が働いている中、支払われている平均工賃は月わずか15,000円というのが現状である。このような状況の下、国もようやく動き始め、昨年度からはモデル事業としての「工賃水準ステップアップ事業」、今年度は各都道府県で「工賃倍増計画事業」が取り組まれることとなった。障害年金に加えて、最低賃金の3分の1以上の工賃を支給することにより地域社会で暮していける状況を作り出していくことを目指している。

「工賃水準ステップアップ事業」では、施設に経営コンサルタント等が入り、共に経営改善に取り組むことと中小企業診断士などの専門家、福祉関係者、企業、行政等の参加を得た『地域ネットワーク会議』を設置し、地域と共に取り組んでいくことが条件となっている。昨年度は、全国から6施設(今年度は8施設)が選ばれ、パン、お菓子、弁当、レストラン、企業内授産、ウエス事業、駐輪場の管理等々、工賃アップに向けて経営改善に取り組んだ。私の施設でも、この事業に取り組むこととなり、23,000円から平均50,000円の工賃支給を目指し、弁当やレストラン事業の充実に向けて取り組んできたところである。

今回「工賃水準ステップアップ事業」に取り組み、事業振興をしていく上でのいくつかの重要なポイントを学んだ。1.施設が就労の場として明確な理念を持ち、工賃アップへの強い意志と熱意が、施設長・職員・利用者(家族)間で共有されること、2.具体的数値目標(いくらの売上で、いくらの工賃を目指すのか)を明確化した上で、改善計画を決定し実行すること。利用者への賃金は固定経費として安易に下げない、3.「コンサルタント任せ」ではなく、コンサルタントからの提案を、施設の主体的判断で取捨選択し、実行していく。施設が自らやるという主体性を持つこと、4.内職や付加価値の低い仕事からの脱出、5.決めたことをきちんと実行・チェックする体制、6.障害者の就労支援に向けた地域ネットワークを作ること、等々である。

4 おわりに

工賃を上げていくことは、決して容易ではない。施設が強い意志を持ち、専門性を学び、努力していくことが重要である。しかし、それだけで簡単には「工賃」が倍増されるとは思えない。仕事の確保のために内職や孫受け等の仕事をせざるを得なかった施設が多い中、国・都道府県・市町村が良質な仕事が確保できるシステムをいかに作れるかが重要である。そういう意味では、障害者の就労支援・賃金保障に向けた「施設と行政と地域の協働」の取り組みが求められているのである。

今後に向けては、就労継続支援事業B型を誇りを持って働く場として明確に位置付け、官公需要優先発注のシステムや企業からの良質な仕事が入る仕組み、また賃金保障のための賃金補填(ほてん)等、早急に制度として位置付けていくことが重要である。

一方では、働くことが主軸でない人たちへの所得保障も重要なテーマである。現在、生活保護より低い水準の障害年金で生活している人は少なくない中、年金以外の収入(工賃等)が少ない生活介護事業の人たちへの所得保障の方向性は全く見えてこない。このままでは、重度障害者の地域移行・自立生活の実現は極めて難しいと言わざるを得ない。

障害者自立支援法の見直しまで後1年強となってきた。われわれがどこを向き、何を選択していくのか。財源の方を向くのか、一人ひとりの人権の尊重を本気になって考えていくのかが、まさに問われているのである。

障害があろうとなかろうとその人がその人らしく、地域社会で働き(活動し)、暮らしていくこと。この基本論に立って、3年目の見直しを共に考えていきたい。

(かのうよしふみ 重度身体障害者授産施設大牟田恵愛園施設長)