「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年2月号
知的障害者が職員として働く
峯環
1 はじめに
明治学院大学では、社会学部の「共生社会実現」のための教育プログラムが2005年文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」(以下「現代GP」と略)に採択されたのを契機に、2006年1月より知的障害をもつAさんを雇用し、3年目を迎えました。学内に社会学部現代GP推進室が置かれ、学生の共生社会へのアプローチと障害者雇用の推進を支援しています。
Aさんの勤務は、月曜から金曜の週5日間、午前8時半から午後4時半までで、午前中と午後3時以降の大半の時間を図書館で、それ以外は学内複数部署で働いています。図書館では、職員2名がAさんの就労サポートと現代GPに関わる業務を担当しています。今回は図書館における取り組みを中心にご紹介します。
2 最初の思い
障害者雇用が決まった時、現場では知的障害に関する知識がなく、何をどのようにやってもらうのか、コミュニケーションの取り方が分からないなどさまざまな不安の声がありました。またサポートの負担や図書館の通常業務への影響についても懸念されました。反面、本学は「他者への貢献」を教育・研究の理念に掲げており、共生社会のために行動できる人材の育成に意義と期待を感じ、この教育活動に図書館が直接関わる機会を得たことにも喜びを感じました。
仕事の切り出しにあたっては、障害者のための特別業務をつくるのではなく、その働きが付加価値を生み、職場でその方の存在がなくてはならないものになるよう、障害者の働く姿が自然な形で学生・教職員など学内関係者の目に留まるような仕事はないかと考えました。長く就労を続けられるよう、無理なく1日の仕事を組み立てることも考慮し、現代GP推進室と職員が検討を重ねた結果、業務が決まりました。
○図書館業務
(1)利用によって日々乱れる書架の本をきれいに並べなおす「面あわせ」
(2)本棚や検索コーナーなどの清掃
(3)開館準備の一部―フロア・閲覧席の照明点灯、検索用パソコン・プリンター・コピー機の起動と用紙補充
○他部署での業務
(4)各部署へのプリンター用紙配達
(5)廃棄文書のシュレッダー業務
面あわせや清掃はそれまでやりたいと思いながら着手できずにいた仕事でしたし、慌ただしい開館時間前にミーティングを行う時間がほしいと考えていたので、図書館としても願ったりの業務でした。どこの図書館にもある業務なので、この先進的な試みによってモデルができれば、港区内の図書館、ひいては全国の大学図書館での障害者雇用推進につながると考えました。
3 ともに働く中で
候補者の中から、業務や図書館の環境に合っており、自立してコンスタントに仕事をこなす力を持つAさんが採用されました。
就業体験実習期間は、港区障害者就労支援機関のジョブコーチと学生のプロジェクトチームがサポートに入りました。学生たちはAさんのために写真入りの業務マニュアルを作り、ペンや掃除用具の収納ポケットがついたエプロンを準備してAさんとお揃いで着用するなど、楽しみながら自発的な支援を行っていました。教育支援プログラムならではの取り組みとして、学生と図書館員が協働で障害者雇用に関する図書の特設展示も行いました。現代GPを通じて能動的に学習する学生と接し、職員として新鮮な感動を体験しました。
しかし最初から雇用が軌道に乗ったわけではありません。業務手順が確立するまでは、現代GP推進室やジョブコーチといく度も話し合い、ご本人とコミュニケーションしながら試行錯誤を繰り返しました。
Aさんは動作が慎重で開館準備が間に合わないことが多かったのが、毎朝「急いでお願いします」と声をかけることで驚くほど早く終わるようになりました。期待した速度でこなせない業務は、本人と一緒に手順を見直したり、ジョブコーチに考案してもらうことで解決できました。大小問わず気がかりなことは担当者間が社内メールでやりとりし、事例集を作成しています。働きぶりから手先の器用さを知ったので、検索コーナーに置くメモ用紙の作成、文献郵送用の封筒作成など事務補助もお願いしています(表参照)。
(拡大図・テキスト)
時間の管理、進捗状況を確認するための業務報告メモ。Aさんが記入し、職員が確認している
私個人としても、サポートが人に仕事を分かりやすく説明する訓練になり、派遣、学生アルバイトなどさまざまな雇用形態で働く図書館スタッフに、一定の質で仕事を頼めるようになりました。これは思いがけない効果でした。このように不安材料が一つずつ解消されていき、今ではAさんは図書館にとって不可欠な存在になっています。
担当者は雇用開始時からランチタイムや社内メールを使い、Aさんの就労状況や現代GPの活動について、積極的に職場内外へ情報発信してきました。そうして直接関わらない職員の中にも理解者が増えていきました。
4 気がつけばそこにある共生社会
最後に、障害者雇用が広まるために何が大切か、本学を例に考えてみたいと思います。
まず、企業・大学など業種を問わず、障害者雇用が受入機関の使命や本来業務に深く関わることです。本学では、現代GPの取り組みが建学の精神と教育活動の根幹に触れていたことが推進力になりました。
次には、障害者と雇用側両者へのサポート体制です。Aさんは週に一度推進室へ報告に行きます。推進室は日常的に障害者に目配りするとともに、担当者の相談窓口となっており、教員やジョブコーチに気軽に相談できます。共生社会の理論と実践を学ぶ授業科目のほか、障害者雇用を理解し障害のある人々をサポートする市民「ジョブサポーター」の養成講座など、ワークショップやシンポジウムが学内で頻繁に開催されます。関心のある職員や担当者も参加する多くの機会を得て、障害者を取り巻く社会的環境や法律、実践例を学び、ともに働くためのスキルを向上させていくことができました。
職場のコンセンサスをいかに築くかも大事な要素です。障害者雇用には「手間ひま」「忍耐」も必要で、そこまでする必要があるのかといった声がまだあります。職場全体で情報を共有する仕組みをつくり、担当者を変えていくことにより、ノウハウを持つ職員が増え、理解の輪が広がっていきました。
そして何より、Aさんが職場環境と業務に適していたことが、成功の鍵となりました。図書館ではこれまでに3回、知的障害者の就業体験実習生を受け入れています。同じ障害でも皆個性も業務との適性も違うことを知り驚きました。障害者雇用も一般の求人と同様、大切なのは適材適所です。依頼したい仕事に合った人材を探し、その人の個性や適性に応じ業務を工夫する必要があります。
Aさんを同僚に迎え3年目、気がつけば今では「自然な形でのサポート」が職場に定着しつつあります。誰かが企業の先進事例を見聞きするとすぐに話題になります。学生が時々事務室内でサポートする姿や、ジョブコーチと職員が打ち合わせする姿も特別な光景ではなくなりました。共生社会に関するイベントなどで、現場の体験談をお話する機会も増えました。障害者雇用で一番変わったのは、私たち職員の方かもしれません。
(みねたまき 明治学院大学図書館)