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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年8月号

1000字提言

「歴史と想像力」その3
~「名もなく貧しく美しく」から「ゆずり葉」へ~

大杉豊

日本聴力障害新聞は、1959年8月1日号でろう者夫妻をモデルにした映画の製作準備が始まったことを報道した。松山善三監督の東宝映画「名もなく貧しく美しく」である。映画のあらすじ、厚生大臣の撮影現場訪問、高峰秀子さんと小林桂樹さんへの手話指導、ろう者エキストラ出演の感想などが、1961年1月の全国封切後も続けて、毎号入れ替わるように大きく記事化された。

また、この映画製作が途中で暗礁に乗りかけたときは、全日本ろうあ連盟評議員会が緊急動議を可決するなど動いた。「ことし松竹映画で製作の予定であった『名もなく貧しく美しく』が都合で中止されたことは、我々ろうあ者として大へん残念なことであります。この映画は我々ろうあ者の人間性をえがいたもので、これによる社会影響も大きなものがあり非常に期待されていたものです。そこで、本日の我々ろうあ者の大会の名をもって、この映画の製作とその上映実現を松竹映画会社にお願いしたいと思います。」

芸術的にも評価された「名もなく貧しく美しく」の大ヒットにより、ろう者の手話を使った日常の世界を知った多くの国民が手話に関心を持ち、手話を学び、ろう者の問題を理解する福祉理念の実現に大きく近づいたことであろう。

時は流れ、国連障害者権利条約の発効などで国民全体の人権意識が高まりつつある現在、福祉分野で障害者を理解する人たちに生活支援をお願いするだけではなく、さまざまな分野において、障害者が自身に必要な支援を「合理的配慮」として具体的に求めていくための条件整備が始まっているように思う。

2008年、全日本ろうあ連盟が映画の製作を決めた。映画業界の助力を仰ぐものの、企画、脚本、監督、プロデュース、出演者、上映会などすべてにおいてろう者が中心となる形は、47年前の「名もなく貧しく美しく」キャンペーンよりさらに踏み込んだものである。ろう者の主体性を尊重した映画作りは、ろう者の私たちが言語である手話を使って人間として生きている実像を描き出すとともに、ろう者ならではの発想による独自な映像表現を創り出す文化運動に他ならない。

タイトルは「ゆずり葉」。現代社会で失われつつある、ゆずり、ゆずられること、過去から未来への継承の大切さを象徴するテーマ(提言)でもある。多くの皆さんのご支援をお願いしたい。「ゆずり葉」の全国公開は2009年6月の予定。

(おおすぎゆたか 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター准教授・全日本ろうあ連盟創立60周年記念映画製作委員会事務局次長)