「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年9月号
フォーラム2008
道路交通法の改定と課題
―聴覚障害者を中心に―
臼井久実子・瀬山紀子
改定の要点について
今年6月から改定道路交通法が施行された。今回の改定で、これまで「聴力の適性検査をパスしない程度の聴覚障害がある人には運転免許を交付しない」としてきた制度が、条件付きで普通自動車免許を交付するものへと変わった。条件とは、聴覚障害者マークの表示と車内ワイドミラー装着で、運転できるのは4ナンバー車を除く普通乗用車に限定、原付と二輪は不可、という内容だ。聴力の適性検査には変更がなく、補聴器をつけて受検してパスした人はこれまで通り、補聴器装着が条件となり、マークやミラーの義務条件や車種の制限はない。ただし、今回新たに「補聴器条件の人が補聴器を外して運転する場合の条件」も書き加えられた。これらの改定により、法制度は、聴力によって条件や運転できる車種が異なるという、極めて複雑なものになった。
このような制限下であるが、日本では初めて、聴力基準を満たさない人も免許を取得できるようになった。それは、長年の取り組みなしには得られなかったことだ。
この間、聴覚障害者や関係者は、諸外国と同じように聴力に関係なく運転できる法制度に改めること、つまり、聴力の適性検査の廃止と、補聴器もワイドミラーもマークも本人の選択決定に委ねる制度にすることを提言してきた。いまだに運転に聴力を問題にし、制限に固執している日本の法制度の遅れは、国際的にも際立ったものになっている。
さらに、今回、視力については調査が行われただけで、法案にはまったく反映されなかった。日本は、視力についても、諸外国と比較すると厳しい制限を合理的根拠なく設けている。
日本の運転免許保有率は、青壮年層で8~9割にのぼり、就職にも運転免許を求められることが多い。また、公共交通網も十分にない地域が広大で、年齢にかかわらず車を運転できなければ生活に支障を来す。法律が合理的根拠もなく免許取得の機会を制限することは、当事者に直接不利益をもたらす、人権に関わる問題といえる。
普通免許(原付、ニ輪、乗用車、軽トラック等)と聴力、視力について
国・連合体 | 聴力 | 視力 | |||
---|---|---|---|---|---|
両眼 | 単眼 | ||||
両眼視 | 視力のよい方の眼 | 視力のよくない方の眼 | 片目を失明している場合 | ||
EU | ○ | 0.5 | 0.6 | ||
スイス | ○ | 0.6 | 0.1 | 0.8 | |
イギリス | ○ | ナンバープレート読み取りテスト | |||
ドイツ | ○ | 0.5 | 0.2 | 0.6 | |
オーストリア | ○ | 0.5 | 0.4 | ||
フランス | ○ | 0.5 | 0.6 | ||
スウェーデン | ○ | 0.5 | 0.6 | ||
アメリカ | ○ | 0.5 | 0.28 | ||
カナダ | ○ | 0.5 | 0.5 | ||
オーストラリア | ○ | 0.5 | 0.5 | ||
ニュージーランド | ○ | 0.5 | 0.33 | 0.33 | 0.33 |
イタリア | ▲ | 0.5 | 0.5 | ||
日本 | △ | 0.7 | 0.3 | 0.3 | 0.7 |
上は日本の普通免許相当。事業用のタクシーや大型バス、大型トレーラーなどは除く
○ 聴力を問わない、聴力障害だけなら運転に問題ない
▲ 聴力又はコミュニケーション力で一定の制限がある
△ 聴力によって、普通免許の中でも、原付、二輪、4ナンバー車を運転できない
2002―2003年度・警察庁委託調査研究報告をもとに作成。日本は2008年時点
道路交通法見直しの経過
道路交通法は1960年制定当時から88条に「精神病者、知的障害者、てんかん病者、目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者」には免許を与えないとする欠格条項を定めてきた。聴覚障害者団体は「ろうあ者にも運転免許を!」をスローガンに全国キャラバンや裁判に取り組んだ。その中で1975年、道路交通法施行規則23条は「10m離れて90デシベルのクラクション音が聴こえるか」を基準とする聴力の適性検査に、補聴器の使用を認める改定をした。それによって、補聴器をつけて検査にパスする人は免許取得の機会を得た。しかし、検査にパスしない人の免許取得の道は閉ざされたままだった。
その後、道路交通法88条は、1999年の欠格条項見直しに関する政府の対処方針を受けた一連の見直しの結果、2001年に削除され、聴覚障害等に関わる残る問題として、施行規則23条が焦点となった。2001年の国会審議では附帯決議「運転免許の適性試験・検査は、障害者にとって欠格事由に代わる事実上の免許の取得制限や障壁とならないよう(中略)見直しを行うこと」が採択された。
2007年前後の動き
警察庁はその後、いくつかの調査を実施した。これらの調査からは、聴力と安全に運転することを結びつける合理的な根拠は見出されず、逆に、日本以外の大多数の国では、聴力による制限を設けていないという結果が明らかになっていた。しかし、調査を経て2006年暮れに出された試案には、施行規則23条の維持、および、聴力の適性検査の基準に満たない人について、マークやミラーを条件に免許を交付する制度を設ける内容が示された。
試案に先立ち、財団法人全日本ろうあ連盟、社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会、障害者欠格条項なくす会の3団体(以下、3団体と略)は、運転について聴覚障害者本人の実情、体験を聞き、実態を把握するために、合同でアンケート調査(以下、アンケートと略)を実施し、1475人から回答を得た(回答率71.5%)。アンケートから「視認や操作ができ、運転に必要な注意力、判断力があれば、聴力に関係なく安全に運転できる」ことが明らかになった。また、補聴器装着を条件とされている人たちからは、補聴器をつけることが雑音や音漏れによる注意力低下につながり、安全な運転を妨げているといった声も集まった。3団体は2006年秋に公開シンポジウムを開催してアンケート結果などを報告し、アピールを発信した。
2007年国会に改定法案が提出され、参考人質疑を経て附帯決議はついたものの、国会を通過した。附帯決議は「今後、聴覚障害者団体や関係者等の意見に十分留意し、必要に応じ見直しを検討すること」「運転免許の付与条件の妥当性について引き続き検討を行うとともに、原動機付き自転車等、運転することができる自動車の種類の拡大について調査・検討を行うこと。検討に当たっては、諸外国の状況に配意するとともに、聴覚障害者団体との意見交換を実施すること」(抜粋引用)が採択された。そして、法の全面施行が目前に迫った2008年春、政省令案が公表された。
政省令案で初めて明らかになったのは、ワイドミラー装着条件との兼ね合いという理由で、聴力の適性検査をパスしない聴覚障害がある人に免許を交付する際には、運転できる車種を「専ら人を運搬する構造の普通自動車」に限定するという内容だった。普通自動車の中でも、よく仕事に使われているバンやワゴンなどの4ナンバー車は、運転できない車種とされたのだ。聴覚障害者個々人からも、「営業車、小型特殊、農機、フォークリフトなどを運転する仲間も多い。聴力基準を満たさなくなると生活基盤を奪われる」などの声があがり、2008年5月には衆院内閣委でこの問題が取り上げられた。しかし、結果として政省令案に更改はなく6月1日に全面施行となった。「これまでとの違いが分かりやすい資料がほしい」「聴力の適性検査は今後もあるのか?」「教習や講習の変更点は?」「教習所として、聴覚障害者に対応するマニュアルを必要としているのだが…」など多数の問い合わせが当会にも寄せられてきている。
今後に向けて
これからの課題は、教習・講習・免許交付・更新など、一連の個々人の経験を、引き続き集めていくことと、各地の現場の状況を共有することだ。それらを踏まえ、国会附帯決議にも沿った、法制度の早期見直しに向けた取り組みを改めて作っていく必要がある。
3団体は、2008年5月に出した要望書で、「年限を切って法施行後の状況をまとめ、法制度を早期に見直すために、聴覚障害者団体と協議の場を持つ」ように求めている。道路交通法施行後の変化内容についてアンケート調査を計画している団体もある。
不十分であれ、門戸が開かれた今、教習・講習・試験の環境整備も大きな課題だ。2005年度のアンケートでは、4割以上の人が「自動車学校入学申込みを、聴覚障害を理由に断られたことがある」「入学後、手話や筆談や補聴手段によってコミュニケーションがされず、そのために学習が難しかったことがある」と回答している。また、免許試験は、運転に必要な知識技能を評価できればよいはずで、不必要に難解な日本語を使った問題文の改善など、諸外国の先例からも学んで変更できることが多くある。
今後も、障害がある人の人権問題として、運転免許制度の問題や課題を、多くの人と共有し、権利確立に向けた取り組みを行っていきたい。
(うすいくみこ・せやまのりこ 障害者欠格条項をなくす会事務局)
【参考情報】障害者欠格条項をなくす会サイト上「自動車などの運転免許について」
http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/shiryo/menkyo/index.html