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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年11月号

私たちの運動こそ放送環境を整える力

西滝憲彦

ふりかえって見ると

テレビが家庭に普及したのは1960年代ですが、聴覚障害者にとっては厄介な代物でした。テレビが家庭の中心に居座ると、ただでさえ社会でも家庭でも孤立している聴覚障害者は、ぼんやりと映像を見つめ、孤立を深めるばかりでした。各地のろうあ協会が「テレビを聴覚障害者も分かるように」とNHKやテレビ各社に要望し、中央の全日本ろうあ連盟が郵政省・NHKとの交渉を積み重ね、ついに1977年4月から『聴力障害者の時間』が初めての手話番組として放送されます。内容的には満足できる番組でしたが、放送時間が金曜日の午後4時30分からであったため、時間変更の要望を行い、翌年から日曜日のゴールデンタイムに放送されることになりました。

字幕については手話放送要望より遅れて、1978年9月に全日本ろうあ連盟は「文字多重放送の法制化」を郵政省・NHKに陳情しました。「筋の通った公正な要求であり実現に努力する」との郵政大臣の回答を得て、1983年10月から文字放送が開始され、連続テレビ小説『おしん』に初めて試験放送ですが字幕がつきました。1985年12月に本放送になり字幕番組は徐々に増え、1994年に厚生省も文字放送アダプターや内臓型受信機を日常生活用具に指定し、すべての聴覚障害者に給付できるようになりましました。

現在、字幕放送は増えていますが、手話番組については「NHK手話ニュース」「ろうを生きる難聴を生きる」など僅(わず)かの番組にとどまっています。

デジタル放送は障害者にやさしい?

2011年7月にアナログ放送からデジタル放送への移行について、私たちはさまざまな疑問を持っています。テレビメーカーや放送事業者などで構成されるデジタル放送推進協会(Dpa)は「高齢者・障害者にもやさしい」と宣伝していますが、具体的な中味の説明がありません。「字幕放送が楽しめる」と言っていますが、アナログとの違いは専用のチューナー(字幕放送デコーダー)が要らないだけで(デジタルテレビの規格に字幕放送機能は義務付けされていないので、字幕機能を削ったテレビが市販されることも危惧される)、字幕放送番組が増えるということではないように思われます。多くの国民が関心を持って見ている生放送番組、たとえば国会中継や政治討論会、報道ステーションやクローズアップ現代、そしてプロ野球ニュース、ワイドショーやオリンピックなどの番組に以前から字幕をつけてほしいと要望していますが、一向に進展が見られません。Dpaは「番組によっては生放送も楽しめる」と、早くも生放送の字幕付加は1部番組のみと予防線を引いています。デジタル化に伴い、すべての番組に字幕がつくのは淡い期待でしょう。

聴覚障害者が生放送の情報を聞こえる視聴者と対等にリアルタイムに獲得するためのもうひとつの方法は、手話通訳をテレビの画面に映すことです。参議院比例代表選挙の政見放では候補者と一緒に手話通訳者が映されます。この方式は音声言語と手話言語が対等に扱われており、障害者権利条約が掲げる「手話は言語である」理念に合致するものです。この方式が来年4月以降の衆議院比例代表選挙政見放送にも適用されることになり歓迎されます。

しかし、政見放送方式のように通常の画面に手話通訳が映るのは特別です。字幕を必要とする人がリモコンで字幕を映し出すように、手話通訳を必要とする人が手話を選べる夢のようなテレビ放送の実現には至っていません。Dpaが「2~3番組を同時に放送することが可能なマルチ編成」と標榜するデジタル化ですが、手話通訳画面を同時に放送できないのでは、聴覚障害者の放送バリアフリーには大して寄与しないものです。

当事者の取り組みが大事

現在、全日本ろうあ連盟や全日本難聴者・中途失聴者団体連合会など7団体によるCS障害者放送「目で聴くテレビ」では、NHKなどの生放送画面に手話通訳と字幕をつけて放送しています(ピクチャー・イン・ピクチャー方式)。また緊急災害放送も行い、10年の実績を積み上げています。NHKや民放を補完し聴覚障害者に情報を保障する重要な役割を果たしているのに、放送に必要な公的資金の補助はありません。資金的にも困難を極め、週3日の放送に甘んじているのが現状です。

2011年の放送デジタル化を前に、政府は電波が届かない地域などの難視聴者への対策を検討していますが、本当の意味での日常的難視聴者である聴覚障害者への情報保障の取り組みを行うべきです。障害者に関わる政策を検討する段階で障害当事者が参加し意見を述べることは、今や中央・地方を問わず広く定着しているところです。

政府が署名した「障害者権利条約」にも「障害のある人と関連する問題について障害のある人を代表する団体を通じて緊密に協議し、かつ障害のある人を積極的に関与させる」と規定されています。ところが、この問題を検討すべき総務省情報通信審議会地上デジタル放送推進に関する検討委員会は、2004年から始まり40回近くの会合が持たれていますが、障害当事者の意見を求めたのは2008年2月の第35回委員会のみです。委員から一様に「放送のデジタル化の中に障害者問題が存在することを初めて聞いた、これは絶対に対処しなければならない」との意見が続出しましたが、進展がありません。理由は、審議会委員に障害当事者が含まれていないからです。全日本ろうあ連盟や日本盲人会連合など6団体は、総務大臣に障害当事者の委員を含めるよう本年10月に要望書を提出しました。情報バリアフリーは政府の障害者重点施策実施5カ年計画にも取り上げられています。これを実現させる力は、当事者の取り組みにあることを全日本ろうあ連盟は確信しています。

(にしたきのりひこ 財団法人全日本ろうあ連盟)