音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年1月号

障害のある人の参政権保障の現状と課題

井上英夫

はじめに―中津川代読事件と障害のある人の権利条約

現在、岐阜地裁で、一つの裁判が進行している。小池公夫前市議が中津川市議会で代読発言を認めなかった市議27人と議長、市に損害賠償を請求したものである。手術で声を失ったのは、02年10月、提訴したのは06年12月である。発声障害をもつ議員が、コミュニケーション手段として代読を認めてほしいというだけのことに6年の歳月と裁判を強いられている。まことに理不尽な話である。

他方、同じ06年12月には、国連で、参政権とコミュニケーション保障を謳(うた)った「障害のある人の権利条約」が採択されている。人権保障における中津川市議会と権利条約のギャップに唖然とするのであるが、条約を待つまでもなく、憲法、障害者基本法等日本の法体制の下でも明らかに違憲、違法と言わざるを得ない。これが、日本の障害をもつ人々の参政権保障の現状である。

なお、ここでは「障害をもつ人」あるいは「ある人」という呼称を用いるが、日本の法制により公認された「障害者」のみではなく、児童、成人、高齢者を問わず、身体的、精神的要因により社会生活におけるハンディキャップないし「固有のニーズ(specific needs)」を有する人を指している。人権保障の視点からすれば「障害者」の用語は使うべきではないと考えるからである。

また、06年の国連条約は、政府をはじめ一般的には、「障害者権利条約」と呼ばれているが、人権保障発展の意義を没却してしまうと考えるので、「障害のある人の権利条約」とする。

1 参政権保障の現代的意義

(1)「完全参加と平等」と参政権保障

1981年の国際「障害者」年のテーマは、「完全参加と平等」であった。「完全参加」とは、障害をもつ人がそれぞれ住んでいる社会において、社会生活と社会の発展のすべての部面に参加することを意味する。内容は、政治参加、行政参加、さらに司法参加及び狭い意味の社会参加ということになるが、政治への参加の保障(参政権)がより一層強調されてきた。自らに関わる政策についてはその策定段階から決定、実施に至るまで、障害をもつ人々あるいはその代表が参加・決定してこそ実質的かつ効果的な権利保障ができるとの考えである。

「平等」とは、他の市民と同等の「市民的及び政治的権利」を有するということである。政治的意思決定過程への参加の程度は、その国の障害をもつ人々ひいては全国民への権利保障の試金石となっている。

(2)日本国憲法と参政権保障

46年公布の新憲法は、選挙権(憲法15条等)と、憲法改正についての国民投票制度、最高裁判所裁判官の国民審査制度、住民投票制度、請願権等狭い意味の参政権と、これらの諸権利をより実質化するための思想及び良心の自由、表現の自由(19、21条等)等の広い意味の参政権を総合的に人権として保障している。

選挙については、成年者による普通選挙が保障されている。問題がないわけではないが機会の平等を徹底しているわけである。ただ、被選挙権については、衆議院議員について満25歳以上等の年齢制限があるのと、選挙権、被選挙権について成年被後見人、選挙犯罪者、受刑者等についての欠格条項がある。

以上、原則として20歳以上の日本国民には選挙権が保障されているわけである。したがって、障害をもつ人、高齢者も後見開始の審判を受けない限り、たとえ認知症であっても、知的障害が重くとも選挙権、被選挙権を有する。

参政権は、障害をもつ人にとって、障害をもたない人以上に重要で、切実な権利である。それは、障害をもつ人の人権保障を実効あるものとし、すべての人が人間の尊厳に値する生活をすること、すなわち「完全参加と平等」実現のための核であり、基礎的な筋道であるからである。

2 障害のある人の参政権保障の現状

しかし、日本の参政権保障の実態は国際的に見て大きく立ち遅れている。特に選挙制度における一票の価値の不平等と戸別訪問禁止等選挙活動の自由剥奪立法の公職選挙法(玉野事件参照)は、人々の政治参加を妨げ、日本の民主主義発展の大きな桎梏(しっこく)となっている。この状況は障害をもつ人々の場合、一層過酷であり、ALS患者裁判に見られるように、投票権行使に生命の危険すらもたらしている。参政権保障のためには「障害」すなわち固有のニーズに対して適切な支援や援助が必要である。

しかし不十分とはいえ、障害をもつ人々、国民の参政権拡大運動の歴史の中で選挙権、特に投票権を中心に一定の制度的保障を獲ち得ている。

(1)投票に関する保障

投票については、公選法上限られてはいるが、障害をもつ人の活用できるものとして、不在者投票としての郵送による在宅投票、施設における投票、そして点字投票、代理投票の制度がある。

1.投票所投票 「視力障害者」は点字投票が、身体の故障または文盲の人は代理投票ができるが、この方法は投票所へ行く必要があり、在宅の障害をもつ人の実状に合わない。そこで、不在者投票として、郵送による在宅投票と施設における投票が認められている。

2.不在者投票 身体に重度の障害がある者は、郵送して投票することができる。しかし、対象者は、ALS患者、不安神経症等の人々の裁判闘争により、若干緩和されたものの厳しい制限があり、手続きも煩雑である。身体障害者支援施設、船舶、病院、老人ホーム、国立保養所等においても、施設等の長の管理の下に不在者投票を行うことができる。

3.投票所における便宜措置 投票所における投票について障害をもつ人や高齢者が投票しやすい環境を作ることが必要であるが、各自治体の「便宜供与」に任されている。投票所の段差解消用スロープ、「身障者」用投票記載台、特設照明、点字器、点字による候補者氏名等の掲示等である。投票所の整備と並んで、交通の保障、建物へのアクセスの保障がされなければならない。

(2)選挙における情報保障

障害をもつ人が投票するに際して、候補者、政策等について十分な情報が得られなければならない。また候補者、運動員あるいは選挙民として情報が伝えられなければならない。固有のニーズに見合った適切な手段による両方向の情報の保障=コミュニケーションの保障が選挙権行使の前提となる。

1.点字、あるいは朗読テープによる選挙公法あるいは広報の発行は、国政レベルでは義務づけられていないので地方自治体で一部実施されているに止(とど)まる。石川県知事選挙では、選挙管理委員会が点字広報を発行したが、金沢市長選では、発行を認めていないのがその一例である。

2.手話通訳付きの立会演説会は83年11月に全廃された。この復活と、個人演説会、街頭演説に手話通訳を付けるべきである。ようやく、01年参議院議員選挙から「専ら手話通訳のために使用する者」に報酬を支払うことができるようになった。

3.自治体によっては、政見放送のビデオを貸出し、手話通訳を付ける等の便宜供与を行っている。87年には、音声もしくは言語機能に障害を有する候補者については、録音物使用が、手話通訳については、参議院比例代表選挙について95年の通常選挙から、衆議院議員(小選挙区選出)選挙については96年の総選挙から、候補者届出政党等が自ら録音しまたは録画した政見を提出する方式が採用された。

(3) 議員活動の保障

選挙に立候補して議員となり直接国政や自治体行政に参加することも重要なことであるが、公的保障は、先に述べた政見放送についての録音物使用等以外にない。とりわけ、選挙運動については、障害をもたない候補者と全く同一の条件なので、その困難は非常に大きく、議員の数はごく少数に留(とど)まっている。最初に述べた中津川代読裁判は、02年10月に手術で発声が困難になった小池市議が、議会での代読を求めたのが発端である。議会は06年12月の定例会でも「本人の口頭発言が原則」として一般質問での代読を認めることを否決した。これに対して、小池市議は、気持ちが伝わり、議場で発言変更もできる代読での発言の機会が必要と主張し、岐阜地裁への提訴に踏み切ったわけである。

3 障害のある人の権利条約と参政権保障

66年の国際人権規約は、日本が批准しているのであり、国内法としての効力をもつものである。普遍的な人権としての参政権を豊かに保障している。しかし、障害をもつ人々の参政権については、明文で規定しているわけではないし、差別事由の中に「障害」と明記されているわけではない。この点を補充し障害のある人に対する固有のニーズを満たす、固有の人権を保障したのが06年12月採択の「障害のある人の権利条約」である。

人間の尊厳の理念そして自己決定の尊重が重視される現代の人権においては、保障内容とともにその実現の全過程への障害のある人本人の参加が保障されなければならない。29条が政治参加の権利を、30条が文化的な生活等への参加を保障している。

第29条は、障害のある人に対して政治的権利とこの権利を行使する他の人と平等の機会を保障し、具体的な措置を定めている。また、参政権保障の前提として、コミュニケーションが十分にとれなければならないが、第21条では、障害のある人が、他の人と平等に手話、点字、補助代替コミュニケーション等自ら決定し、選択するコミュニケーションの手段、様式、形態により、表現し、意見をいう権利を保障している。

この点からすれば、小池市議の決定し、選択した代読を許さない中津川市議会の行為は、まさに参政権、コミュニケーション保障の両者の人権を侵害するものといわざるをえない。

4 参政権保障の方向と課題

以上のような、参政権保障の発展と障害をもつ人々の人権保障を踏まえれば、基本的方向は、障害のある人の権利条約を批准し、公職選挙法等参政権行使に障害となる条項を改正し、1.選挙活動の自由の保障、2.福祉サービスによる選挙活動支援、3.投票権・選挙権保障の拡大のための諸施策を実施することである。基本的に、どんなに重度の障害があろうと意思決定と意思表示の可能な限り、投票の権利は実質的に保障されなければならない。

さらに、諸外国の例を参考に、より具体的な施策を挙げれば、1.投票箱を家庭に、施設に、車に、2.代理投票の自由化、3.移動手段の保障、4.署名式ではなく記号式に、5.自己決定・主権者教育の徹底、6.選挙への住民参加の保障となる。

おわりに―自己決定と投票

参政権の保障にあたっても自己決定が最大限尊重されなければならない。しかし、現実には、意思決定ができない、あるいは意思確認が困難な場合がある。01年に富山県入善町で起こった、特別養護老人ホームでの不在者投票無効事件では、入居者の投票参加及び誰を投票するのか意思確認ができないとして町長選挙が無効にされた。

このような事件が起こると「機械的に決定できる基準を設定してほしい」さらには「認知症の高齢者には、選挙権を認めるな」というような議論になりやすい。権利擁護を謳い導入された成年後見制度を利用した高齢者や障害をもつ人が、公選法11条により選挙権の「欠格者」とされてしまったのもその一例である。あくまで、一人ひとりを大事にし、意思確認には最善を尽くすべきである。

(いのうえひでお 金沢大学教授)

【参考文献】

・井上英夫『障害をもつ人々と参政権』法律文化社、93年、「障害をもつ人々の参政権保障の国際的動向」法時、02年6月号、「『固有のニーズ』をもつ人と人権保障」障害者問題研究、31巻4号、04年、「人権保障の発展と『障害のある人』の権利条約」障害者問題研究34巻1号、06年。

・川崎和代『障害をもつ人の参政権保障をもとめて』かもがわ出版、06年