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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年2月号

障害者基本法の改正とそのインパクトへの期待

松井亮輔

はじめに

2004年6月に施行された改正障害者基本法(以下、「基本法」という)の附則第3条で、「政府は、この法律の施行後5年を目途として、この法律による改正後の規定の実施状況を勘案し、障害者に関する施策の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」と規定されていることなどに基づき、内閣府では、昨年7月から9月にかけ、障害者団体や障害当事者を含む、関係者からヒアリングを行うなど、同法改正に向けての検討をすすめている。

改正基本法案の採決に際して参議院内閣委員会で行われた附帯決議(2004年5月27日、以下、附帯決議)で、「国連における障害者権利条約の策定等の動向を踏まえ、制度整備の必要性について検討を行う」とされていることや、2007年12月25日に障害者施策推進本部で決定された重点施策実施5か年計画で、権利条約に関連して「可能な限り早期の締結を目指して必要な国内法令の整備を図る」と明記されていることからも分かるように、今回の同法改正の主な目的は、障害者権利条約批准に向けて、同法を権利条約の条文に沿ったものにすることにあると思われる。

ここでは、前述の内閣府による障害者団体などのヒアリングなどから明らかとなった、権利条約の批准との関連で見直しが必要と思われる基本法の主な条項のうち、紙幅の関係で、障害者の定義(第2条)、差別禁止が規定されている基本的理念(第3条)および、権利条約の国内における実施と監視に関係する障害者施策推進協議会(第9条4項、第24条および第25条)を中心に取り上げることとする。

1 障害者の定義

障害者については、基本法第2条で「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう」と定義されている。前述の附帯決議では、それに加え、「てんかん及び自閉症その他の発達障害を有する者並びに難病に起因する身体又は精神上の障害を有する者であって、継続的に生活上の支障があるものは、この法律の障害者の範囲に含まれる」とし、「これらの者に対する施策をきめ細かく推進するよう努めること」を求めている。

一方、権利条約では、第1条目的で「障害(ディスアビリティ)のある人には、長期の身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害(インペアメント)のある人を含む。これらの機能障害は、種々の障壁と相互に作用することにより、機能障害のある人が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げることがある」(川島聡=長瀬修仮訳)と規定している。附帯決議では、障害者の範囲は、基本法以上に広くとらえているが、それでも現在の法体系では障害と認められない、いわゆる「狭間の障害」を含む、あらゆる種類の機能障害のある人が網羅されているわけではない。

権利条約では、そうした漏れを防ぐため、「『長期の身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害がある人を含む』(下線は、筆者)とされる。また、後述の「合理的配慮」との関係で極めて重要なのは、障害者の平等な社会参加を妨げる障害(ディスアビリティ)は、機能障害と態度および環境による障壁との相互作用から生じる」とされていることである。

現在の基本法の定義では、「継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限をうける」要因として、もっぱら機能障害に焦点が当てられているのに対し、権利条約では、その要因は、機能障害だけでなく、態度および環境による障壁との相互作用によってもたらされるとされる。そうした障害理解から、障害者が平等に社会参加できるようにするため、環境による障壁を取り除く努力が、社会の側に求められることになる。したがって、権利条約の中心的概念とされる合理的配慮を基本法に取り入れるには、第2条の定義を、障害者の日常生活や社会生活の制限が、機能障害だけでなく、態度および環境による障壁によってもたらされるという観点を反映したものに修正する必要がある。

2 差別の定義

基本法では、基本的理念として、第3条3項で「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」と規定されているが、差別についての定義や救済規定がないため、差別を受けたり、権利侵害を被った場合、その条項を根拠に法的な救済措置を求めることができない、つまり、裁判規範性がない、とされる。

附帯決議では、「3.障害者に対する障害を理由とする差別や権利利益侵害が行われた場合の、迅速かつ効果的な救済のために必要な措置を検討すること」が求められており、また重点施策実施5か年計画でも「障害を理由とした不当な差別的取扱い等に対する救済措置を整備する」と明記されているが、現在までのところ「障害者差別禁止法」の制定などに向けての政府サイドの動きは見られない。

2002年に国会に提出された人権擁護法案では、「人種等を理由とする不当な差別的取扱い」の対象となる「人種等」には、障害や疾病も含まれる。同法案には、「不当な差別的取扱い」についての定義はないが、「不当な差別的言動等」としては、「人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせ」などが挙げられている。同法案は、継続審議を経て、2003年10月の衆議院解散で廃案となり、その後再提出されないまま現在に至っている。

権利条約では、第2条定義で、「『障害を理由とする差別』とは、障害を理由とするあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害を理由とする差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む」と規定されている。そして、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」とされる。

つまり、障害を理由とする差別には、障害を特定して権利を侵害する「直接差別」、外見上は中立的な規定、基準または慣行であっても、障害者に不利な影響がある「間接的差別」および「嫌がらせ」だけでなく、合理的配慮がなされないことも差別とされる。したがって、基本法の改正で規定される差別には、合理的配慮の欠如も含まれなければならない。

しかし、基本法が、基本的には理念法であることを考えれば、障害を理由とした不当な差別的取り扱い等に対する救済措置には、基本法の改正だけでは十分ではなく、日本弁護士連合会や日本障害フォーラム(JDF)などが提案しているように、差別を受けたり、権利侵害を被った場合、被害者である障害者が訴訟できる、あるいは訴訟に行く前の段階で、救済を受けることができる、「障害者差別禁止法」か、あるいは前述の包括的な「人権擁護法」の制定が選択肢として考えられる。

いずれにしても政府からの独立性を確保するには、かつての人権擁護法案で想定されていたような、人権救済などの事務を行う「人権委員会」、または「障害者権利委員会」を法務省の外局でなく、内閣府の外局として設置することが望ましい。その主な理由は、障害者の権利に関する事項は、多省庁にまたがっており、それを総合調整するのは、内閣府の役割とされるからである。

3 合理的配慮の提供の確保

権利条約第5条平等及び差別されないこと3項で「平等を促進し、及び差別を撤廃することを目的として、合理的配慮が提供されることを確保するためのすべての適当な措置を取る」が締約国に求められているが、合理的配慮は、個別に必要な調整であることから、特定の障害者が、特定の社会生活の場に平等に参加できるようにするためにどのような配慮が必要か、またそれが過度の負担を伴わないかどうかの判断を求められることになる。したがって、その判断の妥当性をめぐる苦情の処理や救済措置を行うためにも「障害者権利委員会」や「人権委員会」といった機関の設置が不可欠である。

また、合理的配慮に関連して、その費用の負担が問題となることが少なくないと思われる。たとえば、第27条労働及び雇用1項(i)で、事業主は「職場において障害者に合理的配慮を提供すること」が求められる。

その場合の合理的配慮の具体的な内容としては、1.施設・設備、機械・機具または装置の取得や改造などといったハード面での配慮、2.朗読者、手話通訳者または介助者などといった人的支援、3.職務内容の一部変更や勤務時間の変更等といった労働条件上の配慮、などが挙げられる。それらの中には、事業主の自助努力だけでは対応できないものも含まれることから、事業主がこうした合理的配慮を実施できるよう、財政的支援を含む、必要な措置を取ることが、国および地方公共団体に求められる。

したがって、基本法改正で合理的配慮を規定するに当たっては、基本法第16条雇用の促進等で、事業主による合理的配慮の提供義務と合わせ、国および地方公共団体の責務として、事業主に対する財政的支援などの措置を取ることが明記される必要がある。そうすることで、実定法である障害者の雇用の促進等に関する法律などでも合理的配慮が規定され、その実効性が確保されることになろう。

4 中央障害者施策推進協議会の再編整備

権利条約第33条国内における実施及び監視2項で、「この条約の実施を促進し、保護し及び監視するための枠組み(適当な場合には1又は2以上の独立した仕組みを含む。)を自国内において維持し、指定し、又は設置する。締約国は、このような仕組みを指定し、又は設置する場合には、人権の保護及び促進のための国内機構の地位及び役割に関する原則を考慮に入れる」と規定されている。

基本法に基づき設置されている中央障害者施策推進協議会(以下「中央協議会」という)が、現在担っている障害者基本計画に関する意見具申という役割に加え、権利条約の実施および監視にも関与しうるようその組織を再構築するのか、あるいはそれとは別に「障害者権利委員会」といった組織を新たに設置するのかについては、議論が分かれると思われる。

現時点で最も現実的と思われるのは、今回の基本法の改正に合わせ、中央協議会が権利条約の実施および監視の役割も果たせるよう、それを再編整備することであろう。その際留意すべきことは、権利条約第33条3項で「市民社会(特に障害者及び障害者を代表する団体)は、監視の過程に十分関与し、かつ、参加する」と規定されているように、障害者および障害者を代表する団体が、中央協議会で実質的にそうした役割を担えるよう、その委員構成にも十分配慮がなされることである。

おわりに

今回の基本法の改正は、権利条約批准に向けての関連法の見直しの一環として行われる最初の法改正だけに、どこまで権利条約の内容をきちんと反映したものになるのかが、注目される。その改正の内容がどの程度の水準のものかは、後に続く障害者自立支援法、障害者雇用促進法や学校教育法など関連法の改正内容にも大きく影響すると思われることから、国際的にも十分通用し、障害当事者をはじめ、国内関係者の納得が得られる水準の改正がなされることを期待したい。

(まついりょうすけ 法政大学現代福祉学部教授)

(注)障害者権利条約の日本語訳は、第1条目的以外は、政府仮訳を引用した。