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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年4月号

列島縦断ネットワーキング【大阪】

障がいのある人に適切な弁護をするための弁護士の養成と派遣の取り組み

辻川圭乃

1 塀の中のひとびと

刑務所の中のことについて毎年発表される年報(矯正統計年報)によると、平成19年度中に刑務所に入った人は30,450人で、そのうち、知的障がいと診断されている人が242人います。割合でいうと0.8%ですが、この数字をどう思われますか。平成17年の調査で療育手帳を所持している人は約55万人ですから、日本の人口が約1億2千万人とすれば、その割合は0.46%です。これと比べても少し高いです。

しかし、何より療育手帳を持っている人が刑務所に入っていること自体、正直言って驚きです。でも、きっと軽度の人たちばかりなのだろうというイメージがありますが、実態は決してそうではありません。刑務所、しかも医療刑務所ではなく一般刑務所に収容されている重度の知的障がいのある人が少なからずいるのです。

もっとショッキングなデータがあります。刑務所に入るとき、懲役をしなければならないので、作業効率のために、全員知能検査(CAPAS)を受けます。この検査の結果による知能指数別の統計も公表されています。これをみると、実に22%にあたる6,720人がIQ70未満となっています。通常の分布では、IQ70未満は約2%と言われているのに対して、その10倍を超える刑務所内でのこの割合の高さは何を意味しているのでしょうか。もちろん、CAPASは一般に知的障がいを診断する際の参考となるウェクスラー成人知能検査(WAIS-R)などとは目的を異にする検査ですので、必ずしも受刑者の5人に1人が知的障がいのあることを意味するものではありません。そして、知的な障がいのある人が犯罪傾向が高いということも医学的にも統計的にも絶対にありません。

しかし、少なくともその中の相当数は、今までに正しい障がいの診断がなされないまま刑事手続きに乗せられて、何の支援も配慮もないまま実刑となってしまったのではないかと推測できます。

また、知的障がいと診断がされている242人のうち、30%にあたる72人が5回目以上の入所であり、障がいのない人(5回以上の者は17%)と比べ再犯率も高いことがうかがえます。

厚生労働省が委託して行った調査では、知的障がいもしくは障がいが疑われる受刑者のうち、実に7割が再犯者、つまり刑務所に2回以上入っている人でした。そして、その大半は万引き、無銭飲食などの財産犯です。その要因として考えられることは、やはり正しい障がい認定がなされていないため福祉的支援につながらないまま、刑務所に入る前の環境と何ら変更のない状態で社会に出て、住むところも生活費もないまま、結局また罪を犯してしまうという現状があると考えられます。

表1【新受刑者 入所年度別 精神診断】

調査区分 総数 精神障害なし 知的障害 人格障害 神経症性障害 その他の精神障害 不詳
平成15年 31355 29405 324 174 313 1099 40
平成16年 32090 30085 271 141 322 1250 21
平成17年 32789 30608 287 125 435 1304 30
平成18年 33032 31223 265 103 345 1060 36
平成19年 30450 28719 242 109 253 1116 11

表2【年度別 新受刑者の知能指数】

  総数 49以下 50~59 60~69 70~79 80~89 90~99 100~109 110~119 120以上 測定不能
平成15年 31355
(100%)
1234
(4%)
1957
(6%)
3768
(12%)
6991
(22%)
8560
(27%)
5218
(17%)
1540
(5%)
266
(1%)
40
(―)
1781
(6%)
平成16年 32090
(100%)
1241
(4%)
2053
(6%)
3878
(12%)
7159
(22%)
8802
(27%)
5399
(17%)
1565
(5%)
248
(1%)
58
(―)
1687
(5%)
平成17年 32789
(100%)
1351
(4%)
1937
(6%)
4102
(13%)
6998
(21%)
8574
(26%)
5670
(17%)
1783
(5%)
287
(1%)
52
(―)
2035
(6%)
平成18年 33032
(100%)
1349
(4%)
1974
(6%)
4240
(13%)
7501
(23%)
8305
(25%)
5647
(17%)
1883
(6%)
303
(1%)
65
(―)
1765
(5%)
平成19年 30450
(100%)
1233
(4%)
1702
(6%)
3785
(12%)
7265
(24%)
7656
(25%)
5042
(17%)
1810
(6%)
293
(1%)
59
(―)
1605
(5%)

※パーセンテージは小数点以下 四捨五入の数字

表3【新受刑者 入所度別 精神診断】

  総数 精神障害なし 知的障害 精神障害 神経症 その他の精神障害 不詳
1度 14863
(49%)
14220
(49%)
71
(29%)
46
(42%)
111
(44%)
405
(36%)
10
(91%)
2度 5177
(17%)
4862
(17%)
39
(16%)
16
(15%)
42
(17%)
217
(19%)

(9%)
3度 3003
(10%)
2782
(10%)
35
(15%)
14
(13%)
29
(11%)
143
(13%)
4度 2014
(7%)
1879
(7%)
25
(10%)

(8%)
17
(7%)
84
(8%)
5度 1342
(4%)
1227
(4%)
19
(8%)

(7%)
11
(4%)
77
(7%)
6~9度 2736
(9%)
2543
(9%)
27
(11%)
10
(9%)
28
(11%)
128
(11%)
10度以上 1315
(4%)
1206
(4%)
26
(11%)

(6%)
15
(6%)
62
(6%)
総数 30450
(100%)
28719
(100%)
242
(100%)
109
(100%)
253
(100%)
1116
(100%)
11
(100%)

※パーセンテージは小数点以下 四捨五入の数字
※表1 表2 表3は、いずれも法務省発行の「矯正統計年報」(平成20年8月29日発行)より

2 「知的障害者刑事弁護マニュアル」の作成

知的な障がいや発達障がいのある人たちは、言葉によるコミュニケーション能力に障がいがあるため、相手に反論しにくく、自分の内面を表現することが苦手です。また、難解な法律用語の理解も困難ですが、今までの刑事裁判においては、そういった障がい特性はほとんど考慮されず、障がいのない者とまったく同じに扱われてきました。そのため、防御能力の弱い障がいのある人は刑事訴訟手続きにおいて数々の不利益を被ってきました。

その不利益を取り除くのは、弁護人たる弁護士の役割です。しかし、残念ながら弁護士は、今までその役割を十分に果たしてきたとは言えません。その結果が、先ほど述べた塀の中の実態につながっているのです。そこで、大阪弁護士会では、一昨年、主に知的な障がいのある人たちの特性を理解した弁護活動のために『知的障害者刑事弁護マニュアル』を編集しました。最初の接見の段階で、被疑者・被告人の障がいに気づいて、速やかに障がい特性に配慮した弁護活動ができるようにと、捜査、公判段階での注意点などを挙げたり、実際の書式を収録したりして、刑事弁護をする際、弁護士がそのまますぐ参考にできるように工夫しました。

ただ、マニュアルを作成して、会員に配っても、本棚に飾ってあるだけでは意味がありません。この問題を多数の弁護士に知ってもらい、理解を深めてもらうためには、研修が必要です。

知的障害者刑事弁護マニュアルの表紙拡大図・テキスト

3 司法アクセス権の保障

2006年12月13日、国連において「障害者のための権利条約」が採択され、わが国も翌年9月に署名しました。この条約は、昨年5月3日に発効しましたが、そこでは、障がいのある人が司法に効果的にアクセスできるように、すべての法的手続きにおいて合理的な配慮を行うことが求められています(司法アクセス権の保障)。また、裁判員制度の開始も目前に迫っています。

知的な障がいのある人は、捜査官に迎合して供述をする危険があり、そのため冤罪に巻き込まれる恐れがあります。また、自己の内心を語ることが苦手であるため「反省している気持ち」を裁判官にうまく伝えられず、不相当に重い量刑を課せられている実態があることは、先ほど述べたとおりです。

裁判員制度では特に、限られた短い時間で、裁判員に被告人の障がいの特性を分かってもらうのは至難の業です。発達障がいのある人の中には、場の空気が読めず、法廷での被告人という立場に沿った態度がとれずに全く反省の色がないとの印象を与えてしまう人がいます。また、法廷をきょろきょろ見回したり、身体を揺すったりして不遜な態度に写ってしまう人もいます。自分なりに一生懸命反省しているのに、表現能力などに障がいがあるために、それを上手く伝えられないのだということを裁判員に分かってもらう必要があります。被告人が障がいがあることによって不利益を被ることは、何としても防がなければならないのです。

4 「障害者刑事弁護プロジェクトチーム」の発足

そこで、大阪弁護士会では、知的障がいをはじめ心身に障がいのある人に対して、真の司法アクセス権を保障し、適正な刑事弁護を提供するために、専門の弁護士を含めどのような「仕組み」を作ればよいのかを考え、そのスキームを作るプロジェクトチームを発足させました。

具体的には、早速、新年度から会員弁護士を対象とした連続講座を始めます。また、新聞などで被疑者に障がいがあると報道された事件があった場合には、速やかにその障がい特性をよく分かっている弁護士を当番弁護士として派遣できるような「仕組み」を作っているところです。

また、障がいがありながら実刑となり、刑務所で服役している受刑者の再犯率が高いという実態への対策として、刑を終えて出所するに当たり、社会復帰をするときに、弁護士としてどんな支援ができるのか、その「仕組み」も合わせて作っていきたいと考えています。まずは、本年7月から全都道府県で設置が始まる「地域生活定着支援センター」との連携を図っていきます。

(つじかわたまの 弁護士)