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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年6月号

ワールドナウ

誰もが主人公、ストーリーに基づく知識創造活動(SbKM)
―国際協力の現場において、障害者エンパワメントの一手に―

佐野竜平

はじめに

タイ・バンコクに拠点を持つアジア太平洋障害者センター(APCD:国際協力機構(JICA)とタイとの技術協力プロジェクト)は、障害者のエンパワメントとバリアフリー社会の構築を目的に、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)等と連携しながら、障害者自身の手による国際協力を進めている。そのプロジェクト第2期(2007年-2012年)では、域内の政府機関や障害者団体等とのネットワークと連携を土台に、新しい取り組みであるナレッジマネジメントが行われている。本稿ではそのポイントを紹介する。

ナレッジマネジメントとは

知識創造活動を中核とするナレッジマネジメントは、企業や組織がこれまでにないサービスやシステムを構築していく際、個人が潜在的に持っている知識やノウハウを生かす方策として注目されつつある。

知識そのものを単純に分類すると、主観的・経験的・アナログ的な「暗黙知」と、客観的・理性的・デジタル的な「形式知」に分けられる。たとえば、スポーツ選手が実践的に体得したノウハウは暗黙知であり、それを紙媒体のマニュアルにすれば形式知といえる。そのマニュアルを読んだ別のスポーツ選手は、そこには書かれていない新たなコツを見出していくことだろう。このように「暗黙知と形式知がどちらにも行き来することで生まれてくる新たな知識を組織や社会に活かす活動」がナレッジマネジメントである。

この知識創造活動には「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」の4つのプロセスがあるが、それぞれを効果的に実践するには後述する具体的な「場」が必須となる。

障害者自身の持つ暗黙知に着目(図1)

APCDでは開発途上国の障害者を「(伝統的な障害者観に基づく)患者、福祉サービスの対象者、宗教的な罪を受けた者」ではなく、「変革を生み出す触媒」として捉えてきた。人材やインフラ整備、政府の統治能力などが幾重にも課題として立ちはだかっている開発途上国に生きる障害者の知恵、工夫、豊かな経験。そもそも制度や補助金等がないため、彼らは日ごろからそうした暗黙知を活用して活動せねばならない環境にある。こうしたユニークな知識は、彼ら自身の活動に対する想いや理念を明らかにし、これまでの歩みを振り返り、新たな方向性を見出していく際に具現化しやすい。ここにAPCDによるナレッジマネジメントとしての着目点がある。

図1 ストーリーに基づく知識創造活動(SbKM)2つの知識
図1 ストーリーに基づく知識創造活動(SbKM)2つの知識拡大図・テキスト

ストーリーに基づく知識創造活動(SbKM)

APCDのプロジェクト第1期(2002年-2007年)では、障害者を中心としたインパクトのある活動がアジア太平洋地域の開発途上国で行われてきた。しかし、これらの活動が行われるに至ったプロセスや各機関・団体との関わりが共有されてこなかった。そこで、現在APCDでは、ナレッジマネジメントの草分けである一橋大学の野中郁次郎名誉教授およびJICA国際協力人材部の新関良夫国際協力専門員との連携の下、「ストーリーに基づく知識創造活動(Story-based Knowledge Management:SbKM)」と呼ばれる新しく開拓的な手法を、プロジェクトのカウンターパートであるタイ側とともに実践している。各国で展開されている成功事例をより多くの関係者と共有するべく、すでにメコン川流域諸国やフィリピン、パキスタン、パプアニューギニア等でSbKM活動が実施されている。

では、国際協力の現場でどうやってSbKM活動を行っているのか。やはりキーとなるのは「場」である。

知識を創出していくプラットフォームとしての「場」(図2)

ゼロから障害者自助グループを立ち上げた熱意や動機、APCDとの連携、他の障害者自助団体と連携してネットワーク団体を立ち上げていった経過をまとめたラオスのビエンチャン障害者協会のストーリーDVDがある。この具体例を元に、SbKM活動と4つの「場」について概説する。

図2 ストーリーに基づく知識創造活動(SbKM)4つのプロセス
図2 ストーリーに基づく知識創造活動(SbKM)4つのプロセス拡大図・テキスト

●1番目の場:想いの共有と振り返り(共同化)

まず行われたのが、具体的なストーリーのアウトラインづくりである。ビエンチャン障害者協会は複数の障害者自助グループから成り立っているが、「なぜ障害者自助グループを立ち上げたのか」「コミュニティーの協力をどう得ていったのか」「なぜ障害者自助グループ同士が連携することになったのか」など、これまでの歩みを振り返るためのワークショップをこの段階で開催した。APCDとの連携を含め、主観的な事実を時間軸に重ねて「見える化」した作業といえる。このとき、障害者リーダーの核心に触れていくためには、表面的な質疑ではなく、人間的な付き合いや共通の体験を掘り下げていく必要があった。そこで、APCDで研修活動を通じてビエンチャン障害者協会と関わってきたAPCDのタイ人スタッフを中心に、インフォーマルな食事やフィールド訪問等を通じて、日ごろは触れられることのない想いを共有し、かつ増幅する場を展開していった。

●2番目の場:コンセプト創造とドキュメント化(表出化)

障害者個人や組織の理念や方向性を形式知に転換したのがこの「場」である。ビエンチャン障害者協会のメンバーに共通していたのは、「同じ地域の仲間なんだから手をつないでいこうよ」という親近感である。彼らが語る暗黙知の意味的な豊かさを維持することに映像化の強みがあり、現地に生きる障害者や障害者自助グループの状況や雰囲気を含めて伝達できるよう心掛けた。現場では、インタビューを通じて模範的な回答が返ってくるよりもむしろ、たとえば「なぜ」を5回繰り返した故に出てくる「ならでは」の言葉や表情を紡いでいく作業となった。

また、現在約2,000人もの障害者が参加するビエンチャン障害者協会であり、そのメンバーの知恵や工夫、経験をインタビューを通じて共有する「場」は、特に若手の障害者のエンパワメントという点からも有効な手だてとなった。実際、ドキュメント作成に参加した多数の障害者から、この「場」を通じて今まで知らなかった側面を知り得たという声が寄せられた。

一方、ラオスではそもそも政治体制等から公に映像化するプロセスが複雑であり、これまで障害者の「ストーリー」が放映されたことはなかった。そこでAPCDはビエンチャン障害者協会とともに、ラオス初の障害分野に関するテレビ放送を念頭に、放送の許認可権を持つ情報文化省下のラオス国営放送との連携を模索した。実際には、人間的な関係を築いた上で、ラオス国営放送の担当者をビエンチャン障害者協会とのドキュメントづくりの「場」に巻き込んでいった。こうして、単なる映像化ではないSbKM活動を展開しながら、それぞれの想いが形になっていった。

●3番目の場:組み合わせと調整(連結化)

第3の「場」では、映像や収集した写真をできるだけコンパクトかつ正確に再構築していった。具体的には、ビエンチャン障害者協会、ラオス国営放送とAPCDの3者によるラオス語および英語のナレーションづくりやインタビューの整理が行われた。また、「以前と比べてコミュニティーに生きる障害者の変化が本質的なものか、表層的なものか、想いが伝わる具体的な個人のエピソードを挿入したい」というビエンチャン障害者協会のアイデアなどを取り入れながら、3者でフィードバックを行い、映像化の作業に反映していった。このやりとりを経て、正式にラオス国営放送によるテレビ放送化が決まった。

なお、APCDの研修活動の面から支援しているラオスの若手聴覚障害者および手話通訳者の力添えもあって、アクセシビリティの観点からラオスにおける障害分野の映像ストーリーとして初めてラオス手話が収録された。

●4番目の場:理解とさらなる広がり(内面化)

障害者自身の想いの結晶として完成したストーリーDVDは、2009年1月30日、テレビ放送記念セレモニーを通じて発表された。同日晩、放送記念セレモニーの様子を伝えるニュースとともに、ビエンチャン障害者協会の成り立ちに焦点を当てたストーリーがテレビ放送された。政治体制等からいわゆる政策立案者と草の根活動の実践者が一同に集うのが難しいラオスにあって、セレモニーには、主催したラオス労働社会福祉省およびラオス障害者協会に加えて、障害者施策を担当する国会議員、情報文化省高官、JICAラオス事務所長等が出席した。APCDは各関係者とコミュニケーションを図りながら、同じ「場」への参加を促す役割を担った。

早速、ラオス国内の障害関係者からの反響が届いたとのコメントがビエンチャン障害者協会から寄せられた。この4番目の「場」において重要なのは、ストーリーの内容そのものだけではなく、自らストーリーを語るというSbKM活動を計画し、実行し、今後の活動につなげていくというビエンチャン障害者協会のエンパワメントプロセスにあることは言うまでもない。

ストーリーづくりを「障害と開発」の追い風に(図3)

ストーリー展開やドキュメント手法等、SbKM活動を進める際に極めて重要になるのは、ストーリーを伝えたい対象へ積極的につながる「場」の設定をした上で、これまで障害分野にそれほど関わっていなかった人であっても「なるほど」と共感できるメッセージの発信ができるか否かである。むろん、開発途上国の実情(識字率、ICTの利用度、政治体制とメディア、地方言語等)を踏まえなければならない。

アジア太平洋地域の多様なコミュニティーにおいて、幾度となく社会開発の分岐点に面していた障害当事者である。彼らの持つ暗黙知をベースにストーリーを創り出していく手法を深めながら、彼らとともにアジア太平洋地域の障害者エンパワメントに取り組んでいきたい。

図3 スト一リーに基づく知識創造活動(SbKM)ストーリーは伝わっていくもの
図3 スト一リーに基づく知識創造活動(SbKM)ストーリーは伝わっていくもの拡大図・テキスト

(さのりょうへい アジア太平洋障害者センター:国際協力機構(JICA)技術協力専門家(ネットワーク・連携/ナレッジマネジメント))