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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年9月号

ワールドナウ

地域住民による知的障害者支援(カンボジア)

沼田千妤子

なぜ「地域住民」か

カンボジアの知的障害者支援(CBRを含む)は政府とNGOが担っている。そして、その受益者数は知的障害者全体の0.04%であると報告されている。つまり、ほとんどの人は一生何の支援も受けられない。また、社会の差別も強く、彼らの生活は厳しい。

こうした状況下で、有効な支援は何だろう。望ましいのは、地域住民が日々の暮らしの中で支援することであると思う。なぜならば、費用が発生しないためすべての知的障害者が受益する可能性があるし、支援の過程で住民の意識改革を期待できるからである。また、何より、生涯を通して周りの人の支援を必要とする知的障害者にとり生活空間を共有する住民の支援は心強い。

問題は、そうした地域社会を作る方法である。外部者が「必要性を説いて」も役に立たないのは明白だ。人は自分と関わりのないことには聞き流すだけだからである。それならば、住民の「関わり」を作ればよいのではないだろうか。そこで、以下に紹介する事業を始めることになった。

事業の概要

  • 事業地:カンボジア、カンポンスプー県とカンポンチュナン県の17村(35村で開始し、その後17村に縮小)
  • 活動主体者:住民(村民)
  • 活動:参加型農村開発手法(Participatory Learning Action(PLA)以下、PLA)により、各村の住民が村内の知的障害者の状況および地域の社会、文化、経済状況を分析し、その上で地域の資源を利用した知的障害者支援計画を作成・実施する。
  • 支援者:日本発達障害福祉連盟(以下、福祉連盟)のAction on Disability and Development(ADD)Cambodia 事業は、福祉連盟から住民に持ちかけ、ADDの協力を得て始まった。従って、最初は福祉連盟がリードした。しかし、今、福祉連盟はADDと共にバックアップにまわり、実際の活動への介入は、本当に必要な時に限定している。これは、住民の「彼ら自身の活動である」という意識を妨げないためである。

なお、事業は2005年に福祉連盟の資金で開始し、2007年10月からは日本NGO連携無償資金協力事業となった。

地域住民による知的障害者支援

(1)対象地域の概要

対象地の人口は約13,000人で、主要産業は農業である。住民の生活は川や池や森などの自然に依存しており、衛生的な飲料水や蚊帳等の利用は見られない。約7割の子どもが学校教育を受けており若年層の識字率は高い。が、内戦時代を生きた成人の識字率は低い。経済状況は、一日の収入が0.5ドルの貧困ライン以下(県行政情報)であり、住民自身の分析によれば、約5割は十分な食物を得ることができない。保健はヘルスセンターや呪い師などの利用が多い。娯楽としては、中流以上の家庭ではテレビやラジオ視聴がある。また、その他としては、村内の祭りや行事(年約10回)がある。なお、住民の協働作業である田植えや稲刈りも村の大切な事業の一つである。

(2)事業前の知的障害児者の状況

事業前、対象地域には知的障害の概念は存在しなかった。従って、PLAにより知的障害児者を抽出する時には、住民に知的障害者の特性や行動様式を紹介して、それに適合する人を見つけてもらうという方法をとった。よって、事業の対象者は知的障害ではないこともあり得た。ただ、何らかの知的な問題のために「生き難さ」があれば対象とした。

発見された知的障害児者の2割は学校に通ったことがあった。しかし、「いじめ」などの理由で数か月以内に退学していた。また、収入を得るという意味で就業している人はいなかったが、6割の人が家庭内の簡単な仕事をしていた。

約2割の人に放浪癖―年に数回1週間ほど行方不明になり、道路や森で倒れているのを発見される―が見られた。また、5割以上が一日の大半(12時間以上)を一人で何もせずに過ごしていた。なお、家族の知的障害児者への態度には過保護と無視の両極端があり、前者は家に閉じ込めて日常生活のすべてを援助し、後者は何のケアもしないというものであった。また、知的障害児者のために家族が働くことができず貧困の原因になる等の理由で、家庭内の「いじめ」が聞かれた。

地域での人間関係をみると、8割の人は家族や隣人等以外とは話をしたことはなく、また、7割は村の行事や協働作業に参加したことがなかった。そして、その理由として、1.知的障害女性がレイプの被害者になることが多いため家族が外出させない、2.本人の不衛生のために住民が彼らを寄せ付けない、3.住民による差別のため本人が住民を嫌う、4.住民の迷惑になることを家族が恐れる、5.彼らを「無能」であるとして協働作業に参加させない、などがあった。

なお、レイプが多発しその結果としての出産もみられたが、知的障害者は「レイプされてもしかたがない人」と考えられていたため対策は講じられていなかった。

(3)住民による活動例、および活動による知的障害者の変化

17村28人の知的障害者に対する活動が行われた。その中の4例を紹介する。

【例1】A君・男性・14歳

事業前のA君は近所の人の嘲笑やいじめの対象であった。また、1日の大半を一人で過ごしており、「放浪癖」があった。

住民は、放浪癖対策として「彼の仕事」を作ることにした。「畑」である。有志が種や農具を寄付し、A君に野菜作りを指導した。A君は自分の畑に夢中になり、放浪癖はなりをひそめた。また、作物を村内で販売しわずかながら収入を得るようになった。住民は、農業で収入を得る彼を「我々と同じ」とみなすようになり、村内の行事に誘うようになった。そのうち、「畑」で自信を深めたA君は、魚の養殖や家畜の飼育などに意欲をもつようになった。そこで、住民は池を掘ってA君が水田で捕えた小魚を育てられるようにし、また、アヒルのヒナを提供した。今、住民はA君を「友達」と呼ぶ。

【例2】Bさん・男性・21歳

事業前のBさんは村の鼻つまみであった。臭いからである。彼は衣服を1枚しかもっていなかったため洗濯ができなかったのだ。一方、家族は複数の衣服を持っていた。

住民は、彼が1枚しか衣服をもたない理由を家族に聞いた。「働かないBには衣服は不要だ」という答えであった。そこで、彼に古着を買い与えるように家族を説得した。Bさんの臭い問題は解消した。性格の良いBさんは村の人気者になり、家々の夕食や飲み会に招かれるようになった。

【例3】Cさん・女性・46歳

事業前、彼女は住民のだれとも口を利いたことがなかった。住民に迷惑をかけることを怖れた家族が、彼女と住民の関わりを禁じていたためである。事業により、住民は彼女の孤独に気づいた。そこで、彼女をエスコートする女性グループを作った。現在、女性たちは市場や行事(観劇、祭、仏教活動)に彼女を連れだしている。

【例4】Dさん・女性・61歳

事業前、Dさんには放浪癖があった。また、住民を罵(ののし)るなどの問題行動が見られた。

分析の結果、放浪は彼女の仕事(椰子の葉屋根つくり)がない雨季に限られること、また、口汚い罵りは住民による嘲笑への対抗であることが分かった。そこで、雨季に彼女の仕事(畑)を作って放浪をなくし、また、嘲笑を止めようと話し合った。いよいよ畑を作ることになった。その時、住民の一人が「困っているのはDさんだけではない。村内には食べられない家族がいる」と発言し、畑は村の最貧家族とDさんの協働畑とすることになった。その後、彼らの畑の参加者が増え、現在は老人や身体障害者なども加えた協働畑になっている。

(4)事業の成果と課題

本年2月、「事業前と後の比較」による中間評価をしたところ、以下が明らかになった。

1.成果

◯村人とのコミュニケーションが増加
「家族や隣人など身近な人以外の村人と話をする人」が25%→77%に、「村の行事に参加する人」が32%→85%に増えるなど住民との関係が変わった。また、それに伴い「一日に12時間以上を一人で何もしないで過ごす人」は50%→12%に減少した。
◯収入と仕事の創出
現金収入を得る人が0%→14%になった。また、収入にはならないが村内で労働と認められる仕事(協働田植え等)をする人の割合は10%→40%になった。
◯個々人の能力が高まった
衣食住のすべてを家族に介助されていた人(子どもを含む)の多くが訓練を受け、日常生活の自立に向かっている。
◯放浪癖が消えた
20%の人に放浪癖が見られたが、この1年間に「放浪」した人はいなかった。
◯村人の意識が変わった
事業前、村人の知的障害者を表す言葉は「無能」「変な人」「かわいそう」とネガティブなものだけであった。しかし、今は、「友達」「村人」など非障害村民を指す時と同じ表現や「良い人(子)」という形容が聞かれる。

2.課題

◯レイプの問題
事業で知的障害者の行動範囲が広がった。ただ、その範囲は男性に大きく、女性に小さい。問題はレイプである。村人の意識が変わった現在も、知的障害女性はレイプのターゲットなのだ。今では彼女たちが一人で歩いていると村人が大急ぎで家に連れ帰るため、被害数は減少した。が、レイプはいまだ多く、彼女たちは一人歩きができない。地域での普通の暮らしを実現するためにはレイプの問題が重い。

今後の活動

(1)村全体が受益する活動に広げる

事業で住民は約300回(延べ)の話し合いをもった。そして、そのプロセスは「住民による活動」意欲を育んだ。現在、同地域では、より多くの住民(知的障害児者を含む)が受益する事業が計画されている(例:子供会の創設、児童図書室の創設、乾季の農地を利用した収入創出事業等)。

(2)他地域への波及

本年度はプルサット県とプレイベーン県でも活動を開始する。

終わりに

先日、ある会で本事業の報告をさせていただいたところ、「日本でもこうした地域を作りたい」という感想をいただいた。同感である。こうした地域と公的支援があれば障害をもつ人はもっと暮らしやすくなる。また、住民活動が他分野にも広がれば「孤独」や「虐待」の問題にも力を発揮できるのではないだろうか。

(ぬまたちよこ 日本発達障害福祉連盟)

【参考文献】

1)平成18年度日本NGO連携無償資金協力事業完了報告書 カンボジア国「地域住民による知的障害者支援事業」