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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年9月号

列島縦断ネットワーキング【神奈川】

社会復帰を目指す「すてっぷなな」の取り組み

野々垣睦美

はじめに

クラブハウスすてっぷななは、高次脳機能障害者のみを対象とした障害者地域作業所です。平成16年4月に開設し、6年目に入りました。当時は、高次脳機能障害のみを受け入れる作業所は首都圏には存在せず、どのように運営していくのか試行錯誤が続きました。

高次脳機能障害とは、交通事故や脳血管障害など、脳に何らかの損傷を受けることで注意力や記憶力、感情のコントロールなどが難しくなってしまう障害です。外見からは障害が分かりにくく「見えない障害」「谷間の障害」という言葉で表現されることもあります。

特に脳外傷の年齢層としては比較的若い世代が多く、生活環境のめまぐるしい変化やライフステージに合わせた長期にわたる支援が必要になります。しかし、さまざまな理由から病院を退院した後の行き場、居場所が見つからないという状況になってしまうことも少なくありません。

制度が動いている中で

厚生労働省は平成13年度~平成17年度に「高次脳機能障害支援モデル事業」を実施し、高次脳機能障害の行政的な診断基準などが明確化されました。それまでは基準がなかったので、医療機関によってのバラつきも大きかったのです。ただ、障害者手帳の分類についてはいまだに複雑で、失語症だと身体障害者手帳、その他の症状で日常生活に支障があれば精神障害者保健福祉手帳、18歳未満の発症ならば療育手帳となります。高次脳機能障害が分かりにくくなっている一つの要因です。

平成18年度には高次脳機能障害支援普及事業が始まり、各都道府県に支援コーディネーターが配置されるようになりましたが、まだ未設置の地域もあります。制度が動いている中での作業所開設だったので、私たちの役割として何ができるのか?先の見えない不安もありました。

作業所設立に向けて

平成9年、脳外傷友の会「ナナ」という家族会が発足しました。趣旨としては、会員相互の交流によって情報を交換し、共に支え合い、家族や社会での問題解決の道を探る、というものです。退院した後、本人・家族が安心して地域で生活が続けられるような拠点が求められ、まずは日中の居場所が確保できる作業所を設立することで、「当事者や家族の生活に変化が期待できるのではないか」と考え、設立準備を始めることになりました。

病院から地域生活へ~温度差を埋めるステップ~

すてっぷななを利用する多くの人は、利用開始直前まで医療機関でのリハビリテーションを継続しています。その流れで地域作業所(福祉的就労)へ通所を始めると、「医療」と「福祉」の温度差を感じ、戸惑いを隠せない場合もあります。

受傷・発症したとき、だれもが「元通りに戻りたい」という気持ちで頑張っています。しかし、医療機関でのリハビリテーションですべてを解決できるわけではありません。障害が残っていることへのショック、以前と同じような生活に戻れない不安など、混沌とした状態で地域生活がスタートします。障害と向き合いたくない時期もあるけれど、「暮らしにくさ」に直面したりもします。

すてっぷななでは、病院でのリハビリテーションと、地域での生活で生じる温度差を埋めていきたいと考えています。病院で教わってきたことを生活に応用できるよう支援し、生活の目標や方向性を考える上での情報の提供をしています。退院したばかりで、何をしてよいのか分からないけれど、行ける場所がほしかったと言って利用される方も多いので、まずは情報の整理をしたり、今後の方向性を考えるための面談を実施しています。

作業所では日中活動の支援が中心となりますが、単に工賃作業を提供するだけではなく、地域の中での「暮らしやすさ」の手掛かりになればと思っています。

作業所での活動

現在、利用登録者は12人です。犬用クッキーの製造・販売を主に行っています。とはいえ、クッキー職人の養成が目的ではなく、作業を通して利用者間で話し合ったり、作業過程で生じる不便さをどのように解決するのか、ということを考える機会としています。作ったクッキーを納品に行くこともあるのですが、どのような経路で時間はどのくらいかかるのかなどを自分たちで調べ、そこから集合時間や場所を決めたりもします。

クッキー作りのほか、絵葉書の作成をしています。絵の得意な利用者が描いた絵を、他の利用者がパソコン・プリンターを使って印刷、商品管理をしています。

利用者の中には就労を目標としている方もいるので、職場実習や施設見学なども積極的に行っています。就労を考える時期には、自分の障害を知り、その対応方法を身に付けていることも大切なことです。集団での作業を通じて得意なこと、苦手なことを探り、仲間同士で相談できる、そんな場所を目指しています。

年に数回はレクリエーションとして外出しています。今年は初めて一泊での旅行を計画することになり、どこに行って何をするのか、いつも以上に真剣な話し合いが続いています。乳搾りがしたい、陶芸もやってみたい、おいしいものが食べたいなどたくさんの案が出ています。どうなることでしょう。みんなで楽しい時間が共有できればと思います。

ライフステージに合わせた支援

高次脳機能障害は長期にわたって変化が見られるため、その時々に合わせた支援が必要になってきます。病院を退院するときに、関わり方などを教わっている場合も多いのですが、たとえば、1年後や5年後にその当時と同じ関わり方でよいのかという疑問があります。当然、生活環境やライフステージも変化していくので、その時々に合わせた支援がとても大切になってきます。

生活拠点についても悩みは尽きません。当施設を利用している人の大部分は親と一緒に生活していますが、いつまでもそのままで過ごせるとは限りません。一人暮らしは自信がないけれどグループホームも不安、という話をよく耳にします。どちらも気軽に試せるものではないので当然かもしれません。何とかならないかな、と思い続けていたところ、幸運にも近隣のグループホームから体験用に、と一部屋を貸してもらえることになりました。ここでの宿泊体験をした利用者も数名います。この場所を上手に活用することで、今後の生活拠点についてを考えるきっかけがつかめるかもしれません。

おわりに

私自身、すてっぷななを立ち上げるまでは病院に勤務していました。限られた空間・時間の中で想像していた地域生活と、実際場面での温度差はとても大きなものでした。ということは、本人や家族はもっと大きな不安を感じているのではないか、と思います。

本人や家族、周囲の人々と接することで「生活」を等身大に感じられる作業所はとても魅力的な場所です。次にもう一歩進んで、彼らが安心して過ごすことのできる生活のサポートや、直接的に就労支援をできる体制などを考えていきたいと思っています。

すてっぷななは、医療と地域のかけはしとなり、安心・安定した地域での生活を共有できる場所を目指しています。

(ののがきむつみ クラブハウスすてっぷなな所長)