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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年3月号

列島縦断ネットワーキング【滋賀】

使用済み調教用ゼッケンに夢を乗せて!!
バッグの製造で工賃向上を目指す!!

城貴志

事業のきっかけ

「steed」とは、「優駿」と訳され「足の速いすぐれた競走馬」を意味します。

この「steed」をブランド名としたバッグを滋賀県内の複数の作業所の連携により製造・販売し、多くの方に好評をいただいています。

バッグの生地は、滋賀県栗東市にある日本中央競馬会(JRA)栗東トレーニング・センター(以下、「栗東TC」という)で競走馬の調教用ゼッケンとして使用されていたものです。

栗東TCでは約2,000頭の競走馬が調教され、過去数多くの名馬を育成してきました。

この事業のきっかけは2006年。知的障害のある人が栗東TCの清掃会社に就職したことから始まります。知的障害のある人の定着支援をしていた作業所の紹介で栗東TCを訪問し、障害のある人の「働くこと」の現状、作業所で働く障害のある人の所得の低さ、またその解決策として、私たち障害のある人たちの「働く」ことを支援している関係者がもっと地域の企業や団体、行政とのネットワークを構築し、地域づくりの視点を持ちながら地域に溶け込んだ事業展開をしないといけないなど、いろいろなお話をさせていただきました。栗東TC関係者の方々にもご理解をいただき、すぐに作業所へ発注できる名刺や封筒等の印刷物のご注文をいただけることになりました。初めてお伺いした日、約3時間もお話しさせていただいて、建物を出たとき、すでに夜になっていたことを記憶しています。

使用済み調教用ゼッケンをリメイクしたバッグの誕生

受注関係も軌道に乗り、栗東TCには度々お伺いすることになりました。単に納品にお伺いするだけではなく、さまざまなお話をさせていただくなかで、栗東TCの方も「他に作業所へ発注できるものはないか」と検討していただいていました。

ある日、調教時に使用されるゼッケンは流出して売買されることを防ぐため、廃棄されていることを知りました。その時、「このゼッケンを利用して作業所で商品化できれば、きっと競馬ファンの方に喜んでいただける」と思いつきました。また、廃棄されていたものをリメイクするということで「環境」にも良い、さらには「企業のCSR活動」等、まさに近江商人の「三方よし」の理念にも通じ、収益性のある事業につながると確信しました。そこで、栗東TCの方と協議し、「障害のある方の仕事、収益につながるなら」と無償で譲り受けることができることになりました。

当時の生地は京都の有名な老舗帆布メーカー製で、バッグとして加工された商品が人気があったため、商品化の第一弾としてバッグを製造することにし、商品化に向けて動き始めました。

商品化への道のり

ゼッケンを譲り受けることができるようになったものの、そのゼッケンは想像していた以上に馬の汗や油で汚れ、動物特有の臭いがしました。また、バッグの製造には動力ミシンと高い縫製技術が必要です。

まずは、ゼッケン洗浄の作業を栗東TC近辺の作業所に発注しました。当初は汚れも簡単に取れませんでしたが、洗剤や洗濯方法の工夫によりしっかりと洗浄できるようになりました。

しかし、洗浄されたゼッケンを縫製する過程で壁にぶつかります。県内には当時約150か所の作業所がありましたが、近年の縫製産業の多くが海外へ移転しているため、動力ミシンで縫製業をしている作業所がほとんどなく、クオリティーにも課題がありました。

そこで事業のスタート時は、地域の企業と連携することにより、バッグの縫製は企業に外注し、洗浄や梱包等を作業所が担当することにしました。いずれは縫製も県内の作業所で内製化できるように体制を整えたいという苦肉のスタートでした。しかし製造・販売を始めると、競馬場や場外馬券場の売店、インターネット上での販売は想像以上に好評でした。新聞や競馬雑誌にも紹介され、すぐに完売という状況でした。

ただ、やはりバッグの縫製を内製化し、洗浄から縫製・加工、販売までを県内の作業所で担えれば、より障害のある人たちの所得に還元できると模索をしていました。

そのような状況が約2年続くなか、大きな変化がほぼ同時期に二つあり、事業の見直しを決断します。一つは、大手雑貨店や有名アパレル店からの取引の依頼です。これはチャンスであったことは間違いありません。しかし、このまま大手企業との取引を始めると作業所での縫製・加工は難しくなり、洗浄や梱包・発送のみの仕事になってしまうと考えました。

もう一つは、2009年春から栗東TCで使用されるゼッケンの生地が、帆布からペットボトルのリサイクル繊維に変更されるということでした。生地の風合いが変わり、今までのデザインでは商品化は難しくなります。そこで好評をいただきながらも一時事業をストップし、展開の見直しを図る決断をしました。この状況の変化をチャンスと捉え、かねてから懸案としていた作業所での内製化事業にシフトすることにしました。

2008年の12月、当センターの会員作業所すべてに使用済みゼッケンの新商品の案を募集し、5か所の作業所からサンプル商品が集まりました。その中の2作業所のサンプルを栗東TC関係者の方へプレゼンし、商品化することになりました。ここから複数の作業所の連携によるプロジェクトがスタートします。

「steed」の誕生

まずは、製造設備の増強を図ります。地域の縫製企業から中古電動ミシンを譲り受け、製造体制を整えました。また、商品化にあたり「福祉を全面に出すのではなく、デザイン・品質で市場のお客様にご購入いただける商品にする」ことを確認し、ブランド化することにしました。そこで誕生したのが「steed」です。ロゴも印刷やデザインをしている作業所が担いました。

試作期間を経て、昨年9月から本格的に販売を開始しました。インターネット販売が中心で、サイトも「steed」で運営しています。

まだ本格販売をスタートさせて半年ですが、大きな反響をいただき、販売も好調です。常に品薄の状態で、ご注文いただいてから数か月お待ちいただくこともあります。競馬ファンの方だけでなく、若い女性にご購入いただくことも多く、洗浄や縫製・加工等を担当する障害のある方も日々やりがいを感じています。

まだまだ製造効率の向上等課題もありますが、さらにこの事業に参画できる作業所を増やすことで多くの作業所の収益を上げるとともに、製造体制の強化につなげたいと考えています。

一流ブランドへの夢

「FREITAG」というスイス・チューリヒ発のバッグメーカーがあります。FREITAGは、使用済みのトラックの幌(ほろ)やシートベルト等を利用して世界に一つしかないハンドメイドバッグを製造・販売しており、日本の若者にも人気がある世界的ブランドです。このFREITAGの生地となる幌も、ヨーロッパで障害のある人たちが洗浄しているそうです。

JRA栗東TCのご協力をいただき、滋賀県で生まれた「steed」。まだ生まれたてで試行錯誤の毎日です。

しかし、この事業に関係している者全員が「この『steed』をデザインでも品質でも優れただれもが知っている一流ブランドにしたい」と夢を膨らませています。そのことが障害のある人たちの所得の向上につながり、自己実現として、地域のなかで普通に働き・暮らせる社会づくりにつながっていくと考えています。

ぜひ一度「steed」のサイトをご覧いただければ幸いです。

(しろたかし 社団法人滋賀県社会就労事業振興センター)

○「steed」ホームページ
http://steed.jp/