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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年6月号

わがまちの障害福祉計画 埼玉県川口市

川口市長 岡村幸四郎氏に聞く
障害者が力を発揮して、市民と力を合わせて、生き生きと暮らせるまちづくり

聞き手:平野方紹(日本社会事業大学准教授)


埼玉県川口市基礎データ

◆面積:55.75平方キロメートル
◆人口:516,409人(平成22年5月1日現在)
◆障害者の状況:(平成22年4月30日現在)
身体障害者手帳所持者 11,764人
(知的障害者)療育手帳所持者 2,273人
精神障害者保健福祉手帳所持者 1,544人
◆川口市の概況:
川口市は、伝統産業である鋳物のまちとして栄えてきた。映画「キューポラのある街」の舞台となり、東京オリンピックの聖火台は川口でつくられた。また、市内の安行地区は植木の産地として全国的に知られている。荒川を隔てて東京に隣接しているという利便性から、戦後比較的早い時期から都市化が進む。近年もマンションの建設などにより人口が増加している。古くからの伝統あるものづくりのまちの良さを生かして、活力のあるまちづくり、人づくりを目指している。
◆問い合わせ先:
川口市福祉部障害福祉課
〒332―8601川口市青木2―1―1
TEL 048―258―1110(代)
FAX 048―256―5650

▼川口市は埼玉県南部で東京に接しており、ベッドタウンというイメージがありますが、市の特色はどのようなところですか。

現在、市の人口は51万6千人ですが、毎年増加している状況です。市民の意識調査では、「川口市に住み続けたい」という方が、平成18年度には76.8%だったものが昨年は83.2%にあがり、一方で「住み続けたくない」という方は、平成18年の21.9%から昨年は10.3%に減少するなど、「住みやすいまち」ということで市民の定住性が高まっているのだと思います。また、県内市町村で初めて、行政としてボランティア振興担当を設置し、その取り組みを通じてボランティア団体は、この10年で約4倍に増えています。

このように市民が生き生きとその活力を発揮し、生活を魅力あるものにする、それが川口の特色です。ありがたいことに首都圏の住みたい街ベスト10にも入りましたし、「駅力」(駅の魅力や駅周辺等の総合評価)ランキングでも川崎駅に次いで川口駅が第2位になるなど、高い評価をいただいています。東京とさいたま市のさいたま新都心の中間で埋没するかと心配された時期もありましたが、今はむしろ中間点の有利さを活かしていこうと、国内でも最大規模の映画祭(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭)が市内で開催されるなど、東京から人を呼び込もうとするまでになっています。

▼川口は生活のまちであるとともに、全国でも有名な鋳物(いもの)や造園業など「ものづくり」のまちでもあると思います。そのものづくりのまちとしての川口はいかがですか。

実は、私の実家は鋳物工場で、国立競技場にある東京オリンピックの聖火台は実家の工場で製造・出荷されました。子どもの頃から、あの鋳物工場独特のにおいと砂の中で、真っ黒に働く職人さんの姿を見ながら育ってきました。そんな姿からものづくりの活力を学びました。また鋳物工場の多くは中小企業ですが、その社長さんが地域の町内会や自治会でも活躍しており、それが地域のつながりや元気さの源でした。地域社会の変化でこうした活力が薄らいではいますが、その風土というか、気風は今も十分あると思います。

▼そんな川口市の障害者福祉ですが、どんなことを重視して施策を推進していますか。

障害者施策でまず基本としていることは「不本意な在宅を出さない」ということです。どんなに重度の障害者であっても、人間としての尊厳を大事にして、川口で生活してよかったと思えるようにすることが基本だと思っています。そのため昭和42年に、県内で初めての知的障害児通園施設わかゆり学園を開設しています。当初は就学時の障害児30人を対象に生活指導等を行っていましたが、障害児教育義務化以降は、就学前の障害児への療育と成人した障害者への生活支援や就労支援を中心に行い、現在では子どもから大人まで合わせて300人を超える規模となり、地域の障害児者の相談支援事業を併設した総合施設として、市内の障害福祉サービスの中核を担っています。

平成18年に障害者自立支援法が施行され、全国一律のサービスである自立支援給付と自治体で実施する地域生活支援事業にサービスの体系が大別されましたが、本市では地域生活支援事業の必須事業すべてを実施するなど、地域での生活支援に力を注いでいます。調べて分かったのですが、この地域生活支援事業の必須事業、5事業に含まれているすべての事業を実施している市町村は埼玉県内では本市だけであり、全国的に見ても少ないようですが、地域生活を支援するのであれば当たり前のことと思っています。

また、市独自の事業もあります。たとえば障害者の歯科健診です。施設に通う方の口腔衛生の必要性から歯科医師会と連携して始めた事業であり、県内では本市のみ実施しております。ほかにも、緊急時に障害者やその家族をサポートするための障害者一時入所施設を市単独で実施するなど、先駆的な事業が数多くあります。

このほかに市独自の取り組みとして、手話通訳者(非常勤)の雇用が1年間だったものを、小泉内閣の規制緩和に際に、特区申請をして、雇用期間を1年から3年への延長を認めさせたことがあります。通訳者も安心して仕事をすることができ、障害者もなじんだ通訳が確保されると好評でした。住民や障害者の声を反映することで、県内はもちろん全国に先駆ける取り組みができたと思います。

▼ではそうした障害者施策を推進するための障害者計画の特色は何でしょうか。

平成20年に策定した川口市障害者福祉計画は、「ともに支えあう地域の中で、すべての人が輝くまち」を基本理念にしています。これは障害のある人もない人も共に協働しながら、だれもが住みやすい、輝いて生きていける川口にしていこうということをコンセプトにしています。ともすると「障害者はかわいそう」「障害者は弱者だから保護しよう」となりがちですが、障害のある人もすばらしい力や能力を持っており、逆に障害のない人が励まされたり、力をもらったりします。

障害のある・なしで人を区別するのではなく、一緒に川口で生活してよかったと思える人生を送れるようにすることが、行政の責務だと思っています。ですから、何でもやってあげることが決して良いということではなくそれぞれができることをする、そして手助けが必要であれば援助することが共生だと思います。それが地域で実現できるようにすることを目標にしています。

▼共生の地域づくりを進めるための市政を推進するために心掛けていることは何ですか。

何と言っても「現場主義」です。私自身、川口市バリアフリー基本構想を策定する際には、実際に車いすに乗って川口駅やその周辺を回ってみました。自分で経験して分かることは少なくありません。

政治の目的のひとつに「弱い立場にある人々に光をあてる」ことがあると思います。そうであればきちんと障害者の実態を把握することだと思います。特に地方自治体は、国の法律や制度ではとらえきれない部分をしっかりとカバーすることが求められます。

そして、障害者施策は単に福祉部門だけのものではなく、市の総合力で取り組まなければならないということです。バリアフリーの推進を考えれば、土木や建築部門の取り組みが必要ですし、障害者への理解を高めようとするなら、早くから教育で取り組むことが大事です。バリアフリーやノーマライゼーションの実現は、市が総合的に取り組むべきものだと思っています。

▼障害者施策の推進に大変熱い想いを持っておられるようですが、その想いの源は何でしょうか。

私の人生で初めて家族・親戚以外の葬式に行ったのは、小学校低学年の時です。その葬儀は同じクラスの女の子のものでした。その子はポリオ(小児マヒ)でした。不自由な体でがんばっていた子が亡くなったのはショックでした。またこんな思い出もあります。小学6年生の時です。私がガキ大将だったことへの反発だったのでしょう、2人のクラスメートが画策していじめのようなことをされ、クラスで孤立させられた経験があります。ところが同じクラスにいた知的障害の子は、そんなことにかまわず一緒に学校から帰ったりしてくれました。本当に救われる思いだったのを覚えています。こんな経験があるため、障害者は決して助けられるだけの存在ではなく、我々の方が学ばせていただいたり、助けてもらうところがいっぱいあるのだと思っています。そして行政としてしなくてはならいことは、そうした力を発揮できるように支援することだと思います。

市内にある知的障害者の通所施設を運営する団体が『ぼくらはこの街で暮らしたい』という本を発行し、それを読み、思いを新たにしました。障害があっても市民として川口で暮らしたいという、この純朴な気持ちや願いを真正面から受けとめることが大事だと思います。

▼今、障害者施策は大きな見直しのうねりの中にあり、なかなか先行きが見えないのですが、障害者福祉の最前線で指揮をとられる市長として、今後の施策の方向性としてのお考えはありますか。

近年、障害者や障害者施策に対する市民の関心が高まってきたことは良いことだと思います。その中で、障害者自立支援法をめぐる問題が浮上してきたわけですが、その背景には障害者自立支援法が本当に障害者の自立を促進するものであるのかという疑問があると思います。自立支援法の目的は障害者の願いではなく、小泉内閣の構造改革路線で公的支出の削減ではないかとも思えます。障害者が望む、自立を促進する施策とは、権利擁護、自立支援、社会参加の促進、そして共生の実現を柱としたものでなければならないと思います。そしてそのためには市民の力を引き出すことが求められていると思っています。


(インタビューを終えて)

今でもベートーベンの第9交響曲を市民ボランティアと一緒に歌うという岡村市長。実年齢も若いのですが、精神面でも若者の情熱を保ち続けていることを感じさせられました。また、政治家の原点は、市民の目線を大事にすることというのもインタビュー中、ひしひしと伝わってきました。政治家のタイプとしては「豪腕投手」とされる市長ですが、その過去に思わぬ出来事があり、それが今の政治姿勢となっていることは意外でしたが、なるほどと納得させられました。

生活とものづくりが共存するまち、伸びゆくまち、川口市の障害者施策がこれからどんなことを発信してくれるのか、期待したいと思いました。