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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年8月号

ワールドナウ

第10回WBUAPマッサージセミナーを終えて

吉川恵士

1 はじめに

WBUAPマッサージセミナーは、WBUAP(世界盲人連合アジア太平洋地域委員会)の下部委員会の一つとして設立され、1992年から2年ごとに各国持ち回りでマッサージセミナーを開催している。2010年は韓国を主催国として、ソウルのオリンピックパークテルで第10回マッサージセミナーが、5月3日~6日まで開催された。

参加国は、常連国の日本、中国、台湾、香港、韓国、マレーシア、タイのほか、最近の参加国のモンゴル、ベトナム、インドネシア、初めての参加国フィジー、カザフスタン、ラオスの合計13か国であった。

参加者は、ボランティアを除き550人であり、そのうち海外からの参加者は100人前後であった。日本からは、日本盲人福祉委員会から8人、WHOマニュアルセラピーガイドライン委員会から1人、AMIN(アジア視覚障害者マッサージ指導者協議会:アミン)から3人、個人参加2人であった。

参加者数は、過去10回のうち最も多く、海外からの参加国は、毎回とほぼ同じ10か国強であった。中国からの参加者数はいつも最も多いが、そのほとんどが晴眼者であることやそのほとんどがマッサージ業関係者ではなく単なる経営者であったり旅行者であったりしたが、9回、10回は、確かに盲人按摩師の参加者がほとんどのようであった。

実は、この中国の横暴なやり方に韓国・台湾が強い反発をし、これまでセミナー開催を拒んできた経緯があり、その意味では今回、韓国が主催をしたことには大きな価値がある。

本セミナーは、韓国盲人協会と韓国あん摩師協会が中心となって企画・運営されたが、開会式などから、韓国における盲人按摩業に関連のあるあらゆる組織(盲学校・特殊教育大学・韓国障害者連合・国会議員・市議会議員など)が並々ならぬ協力をしていることが伺えた。

WBUAPのマッサージセミナーの特徴として、労働省の支援はあるが、厚生省(保健省)の支援は得られなく、韓国においてはさらに韓医師との争いがあり、やはり一切の協力はなかったようである。

マッサージセミナーは毎日行われる食事会とセレモニー、各国代表によるカントリーレポート、個人や共同による臨床報告・活動報告などのプレナリーセッション(28題)、各国ごとの実技セッション、一般市民を対象とした各国按摩体験セッション(日本、韓国、中国)、理事によるマッサージ委員会が行われた。プログラムを見ると、ゆとりのあるスケジュールと思っていたが、始まってみると今までで最も忙しいセミナーであった。

私は、第1回から10回まで出席し、2回以後は毎回、研究発表と実技講習を行い、今回の10回セミナーはマッサージ委員会副委員長として理事会に出席し、さらに日本代表としての報告を担当した。

2 カントリーレポート

(1)タイ

タイでは、晴眼者、盲人とも同じ按摩国試が開始され、現在までの盲人の国試合格者は50人で、非常に低い合格率である。結果として、無免許盲人あん摩師、国試不合格盲人が多く、そのことが盲人の力量不足をむしろ社会的に顕在化したとの報告がなされた。

タイには、歴史的に寺院を中心としたタイ古式マッサージ教育のシステムが定着しており、国家政策として海外に紹介し、留学生を受け入れ、初級・中級・上級の認定を出し、さらに、タイ古式マッサージの教育制度にWHOの御墨付きを取得するための活動も盛んに続けている。

しかし、これは晴眼按摩師に関することであり、タイの盲人が按摩を業とすることにはまだまだ危険であるとの反対論も根強くあり、明らかな晴盲分離の政策が遂行していることが読み取れる。

(2)台湾

台湾では、従来の按摩盲人専業は、2008年から3年の猶予期間の後、専業制を廃止し、晴眼者の按摩師国試を開始して、晴盲同じ試験が開始されている。

(3)中国

中国では、盲学校高等部3年の教育により保健按摩師の受験ができ、現在11万人の盲人保健按摩師がいて、その後、5年程度の臨床経験により医療按摩師の受験が可能であり、現在盲人の医療按摩師は6000人である。病院・医院での按摩は、医療按摩師のライセンスを必要とするが、それでも医療按摩師には診断・処方決定権はなく、医師の権限である。

また、保健按摩師にも医療按摩師にも5段階程度のランク分けがあり、単純に計算しても初級の保健按摩師(半年程度の訓練、盲人工場労働からリストラされた盲人の福祉対策)から医療按摩師の最高位(教授)までは少なくとも50年近くかかるように思え、江戸時代の検校より困難な道であるように思われる。

中医学における按摩は、正式には「推拿(すいな)」といい、推拿科や推拿師という言葉が用いられている。しかし、盲人については「按摩」という言葉でまとめられており、中医学の範囲からは外れた存在として扱われているようである。

(4)韓国

韓国では、按摩の盲人専業制度が、憲法裁判所において、憲法違反との判決が出され、大きな社会問題となり、韓国盲人協会や韓国按摩師協会からの反対運動の結果、一応、盲人専業性を復活したようである。しかし、現在の盲人按摩師7000人の資質の向上のための施策として、医療按摩師制度の期待が大きい。

また、無免許晴眼按摩師(10万人から100万人)の増加には歯止めはかからないとの認識があり、闘争よりむしろ協調する方向の意見が見られ、数年前とは異なる雰囲気を感じた。

儒教社会であった韓国は、明らかな男性社会で女性差別社会であり、生産性を持たない障害者は、貧民である女性以下とされてきた長い歴史を考えると、今回の韓国カントリーレポートの雰囲気は、その柔軟性において、少し早すぎるのではないかと危惧する。

(5)日本

日本からは筆者が、発展途上国の盲人按摩業の今後について、サンプルあるいは模範となる日本のいろいろな制度について5つの提言をした。詳細は省略するが、1.国民皆保険制度と按摩の保険取り扱い、2.盲人対策をした上での晴盲問わない免許制度と平等な教育課程、などである。

(6)ベトナム

ベトナムでは、盲人差別により、晴眼按摩師は中医学院(労働省)の認定により開業権を与えられるが、盲人にはいまだに危険であるとして与えられていない。

私が日本財団の支援で、ホーチミン・ダナン・フエなどのベトナム盲人に日本按摩を教えた時とほとんど状況の変化はなく、また盲人には按摩以外の自立手段はないのが現実であり、早い教育制度の樹立が期待される。

3 プレナリーセッション

各国から28題の報告が行われ、臨床研究、活動報告などさまざまであり、日本からは臨床報告3題、活動報告6題であった。

(1)臨床研究については、中国からのものが多かったが、対象疾患の中には、急性下痢(これは多分食中毒であり、抗生物質を服用する方が合理的である)や腹膜炎などの報告もあった。また診断基準や疾病分類などについて、国際的に認知されている基準を用いるのが医学者の常識であるが、中国はことごとく中国国家管理局の基準を使用し、有効率95%を報告する。

毎回同じことなので、今回は国家管理局基準を明記するよう、また、そのようなやり方が医学の常識ではないことを指摘する気持ちもなくしていたのだが、この辺りの感覚は、医学者としてのレベルの低さなのか、中国人の感性なのか、よく理解できないところである。

他の国からはまだまだ臨床報告が行える環境はなく、教師・インストラクター自身の教育レベルの向上が必要である。

(2)活動報告では、韓国の盲学校における実技教育が、揉捏を中心とする、また運動学に基づいた実技教育など、日本の盲学校教育を模範としようとしているところが伺える(彼らは決して日本をまねるとは言わない)。

日本からの活動報告には、アミンの活動のまとめ、アミン提案の1000時間初級カリキュラム、WHOマニュアルセラピーガイドライン教育カリキュラム、日本ヘルスキーパー協会活動報告、JICAマレーシア支援報告、日本における盲人按摩業および按摩師支援施策の経緯などが報告された。

日本以外の参加国のほとんどが、盲人按摩の第1段階として「保健按摩」を目標とし、第2段階として「医療按摩」を目標としていることが共通している。しかし、プレナリーセッションでの発表内容の医学的レベル、さらに発表者の医学研究者としてのセンスなどを総合的に判断すると、医療按摩を推進するには、超えるべきバリアが多いように思われる。しかもそのバリアは、視覚障害とは全く異なるものであり、教育環境に根ざしたものであると思われる。

4 一般人を対象とした各国按摩施術

日本・韓国・中国のブースを設けて、健康フェアが行われている大きな市内公園で約4時間の按摩施術を行った。主催者側の予定としては1000人の按摩を考えていたようであるが、結果の確認をしていないので全体のことは分からないが、日本は、8人の参加者で約100人の按摩を行った。肩こり、背中の痛み、腰痛、膝痛などはごく普通であったが、高血圧、胸郭出口症候群、脳血管性痴呆、アレルギーなど日本の外来と同じような人が希望されていた。按摩施術を継続する必要があることを説明したが、これを受けて盲人按摩師に受診してくれることを願っている。

(よしかわけいし 筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授、WBUAPマッサージ委員会副委員長)