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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年10月号

新しい働き方の実現
~日本スローワーク協会の就労支援の取り組み

長井潔

日本スローワーク協会は、1998年からひきこもりの若者の支援活動を行っているNPO法人ニュースタート事務局(関西)に関わるメンバーが中心となって設立した団体で、2005年5月にNPO法人となった。

もともとはニュースタート事務局に関わるメンバーが同時に行っていた地域通貨の活動などから、新しい働き方の追求に賛同する仲間が集まり、自営業的な働きの場としてスタートした。

当初はひきこもっている若者の自宅を訪問して外の場につなげようとする「訪問活動」や、駅前のカフェ「カフェ・コモンズ」の自主経営から始まったが、ニュースタートに通うひきこもりの若者の就労支援活動グループも私が担当となって形成された。その後、近隣の病院(光愛病院・精神科)から病院内喫茶と売店の店舗運営を任されるようになり、そこで以前から有償ボランティアとして働いていた障害をもつ方々とともに、若者の就労支援グループに店舗運営の活動をしてもらうようになった。

これまでの経緯を含めて、現在では日本スローワーク協会の活動理念を「社会的に不利を被っている人々とともに、単に雇われるだけではない、新しい働き方を追求すること」と表現している。

活動の場は、本年度、就労継続支援A型事業所として認められた高槻市富田駅前のカフェ「カフェ・コモンズ」が私たちの唯一の自主経営事業であり、メンバーとカフェランチタイムの運営を行っている。30席の店内に対して厨房スペースは広めに取られており、そこで仲間が交代しながら切り盛りしている。見学に来られた方々は5階からの見晴らしの良い景観や、土と藁を用いた「スローデザイン」に触れ、すぐにコモンズの雰囲気を気に入ってくださるようである。

施設外支援の場として、光愛病院の売店と喫茶の委託運営、また近隣の知的障害の方のグループホームの清掃作業を任されている。ほかにも配食事業(NPO法人)、ガーデニング活動(NPO法人)、個人経営のベーカリーと連携し、ひきこもりの若者や障害のある仲間の働く体験の場として活用させていただいている。

これらの活動の場では、まず若者の就労支援活動が常時3~7人で行われている。各人はおおむね2~3年で卒業する。一方、障害のある仲間との協働は5人からスタートしたが、本年度より就労継続支援A型事業として定員20人で行うようになった。ともに働く仲間としてはこれ以外にも、カフェコモンズでの夜のイベント運営をともに切り盛りしてくれている社会学者の方やカフェタイムのケーキ作りを買って出てくれた若者などが、無償ボランティアとして関わってくれている。本年度の事業高は、法人全体で約4000万円の見込みになっている。

次に、若者の就労支援活動の特徴を説明する前に、何がひきこもりで何が支援なのか、個人的な見解を述べさせていただきたい。

ニュースタート事務局関西のひきこもり支援は、活動目標として、就労というよりもまず社会参加、また社会参加というよりもまずは家族からの自立や友達づくりを促してきた。参加者の中には10年を超えるような長いひきこもりの生活を脱してともに活動するようになる人もいるし、訪問活動を通してニュースタートやスローワーク協会の場に出入りするようになり、自然に就労支援活動に取り組むようになった人もいる。

こういうグループなので、一般就労への移行を活動目標とはしていない。むしろ大切にしたいことは、ひきこもりの状態を脱する際の障壁になってきたような、自分自身に関する考え方や社会に対する考え方を柔軟にして周囲の変化をも受け入れていただくことにある。

なぜなら、就労に関してひきこもりの若者たちが思うことは、従来の社会通念にかなった就労モデルであり、それは会社員として正規雇用されて働くことを望むか、それ以外の選択肢は考えられないのである。そのような目標と比べて自分自身の力量や履歴の空白に問題を感じ自信を失うなどし、動く前にひるんでしまっている。今の自分に社会で働く資格があるとは感じられない、そのためこの社会にいても許される資格証になるようなもの、文字どおり何らかの資格を取りたいという、直接就労には結びつかない目標を口にする若者もいる。あるいは、仕事というのは、自分の時間を決まった分(働いた分)奪われて、その間は苦痛に耐えながらだれかに指示されて働くことであって、そのようなことはしたくはないのだがやらざるを得なくなっている、と感じて、仕方なく就労支援活動に消極的に参加している若者もいる。

彼らの認識は必ずしも間違っているわけではない。それは彼らの親から受け継いでいる価値観でもあり、また実際この社会は、企業に正規雇用されるキャリア以外のモデルを提示できておらず、若い世代全般に低賃金で不安定な就労しか用意していない。

そこで私たちは、日本スローワーク協会の活動理念に沿って、従来のモデルによらない新しい働き方があることをともに行動しながら、自ら行動することで結果を出して示していくことこそが彼らの支援につながると考えている。彼らに支援してもらって自ら業を興し伸ばしていくことこそが、実は彼らへの支援にもなるのだ。

そういう意味で私は、若者の就労支援活動のことを「就労体験」とは言わずに「運営体験」と呼んでいる。

実際に先に書いたようないくつかの小さな事業連携を開始する際にはいつも若者に関わっていただき、事業の組み立てからともに行ってきた。私たちは幸運にも、自ら運営に参加できるような地域のスモールビジネスに出会う機会にしばしば恵まれてきた。現在では、運営体験ではなくて、日本スローワーク協会で一緒に働く若者も現れてきている。

現在の課題としては、本年度より開始することになった、障害者自立支援法における就労継続支援A型事業を安定軌道に乗せることである。障害のある仲間とともに複数の人間が事業の場を支えていく体制をとっているが、私たちは福祉事業のみをするわけではないので、関わっているさまざまな立場の人がお互いをどのように理解し合っていけるかは大きな課題であり、関係がこなれていくにはまだ時間がかかるように思われる。

今後の展開としても、今まで行ってきたような小さな事業連携を大切にしていきたい。自身ひきこもりの経験も持ち、会社で働いてきた十分なキャリアを棒に振って私たちのところに飛び込んできた若者が、地域の「まごの手」になるという活動を開始するようになったことは心強い。

いつも小さなことから始める私たちが持つ大きな夢は、一つ一つは小さな事業提携を地域の中でいくつも生み出してゆき、まずは働く場を軸とした地域ネットワークを充実することである。そこに関わる全員が互いに顔の見える関係を保つことにより、単に働く関係にとどまらない、生活の支え合いをも演出していけるようになれば、それは古き良き企業が担っていた個人のキャリア形成にとって代わるような、安定した人生の歩き方にもなりうるだろう。

私たちは、この個人個人のキャリア形成にも深く関わるような、まだ実現していない新しい地域モデルのことを「スロータウン」と呼び合っている。

(ながいきよし NPO法人日本スローワーク協会事務局長)