「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号
列島縦断ネットワーキング【岩手】
「障がいのある人もない人も共に学び共に生きる岩手県づくり条例」について
及川幸子
1 はじめに
平成22年12月8日、岩手県議会12月定例会において「障がいのある人もない人も共に学び共に生きる岩手県づくり条例」が全会一致で可決されました。平成19年11月に条例の制定を求める請願が出されてから3年余りが経っておりましたが、国連の障がい者権利条約批准後における障がい者差別禁止に関する条例としては、千葉県、北海道に続いて3番目となりました。
私はこの条例案を検討する研究会の座長を務めさせていただきましたので、制定に携わった一人として、条例の概要とこれまでの取り組みについてご紹介させていただきます。
2 条例の概要および特色
この条例は、障がいのある人も地域づくりの主体となっていく必要があるという考え方に立ち、障がいのある人の権利擁護、すなわち不利益な取り扱いや虐待の防止・解決という観点から施策を推進していこうとするものです。第9条から第14条に基本的施策について規定したほか、第15条には「不利益な取扱い等に関する相談、助言等」に係る措置について規定しています。職員の育成、(不利益な取り扱いの解消に関する)意見の聴取、教育の支援体制の整備は先行条例に類似の規定がないことから、本県条例の特徴と考えております。
特に「教育」については、前文で「共に学び共に生きる中で、将来の地域づくりを担うかけがえのない人材に対する正しい知識の普及と理解の促進を図り、障がいのある人に対する不利益な取扱いを解消することが必要」であることを明記し、第12条に教育に関する施策について規定を設けています。
子どもの頃から、障がいの特性や障がいがあることによる暮らしにくさを知ることができる環境の中で共に生活し、支えながら生きるという経験を積むことによって理解が深まり、障がいのある人もさまざまな場面で力を発揮し、地域で役割を担っていける社会になるという考え方に立っています。
3 条例制定の経緯
この条例は、条例の制定を求める県民の思いを受け、県議会が議員発議による政策条例として制定いたしました。
○条例の制定を求める県民の声とまったなしの条例案づくり
平成19年11月、条例の制定を進める会(県民)から障がい者への差別をなくすための岩手県条例の制定についての請願が県議会に提出されました。県議会では、この請願を障がい者関係団体の意見を聴くなどしながら所管の常任委員会で審議し、平成20年7月の本会議において全会一致で採択しました。
請願採択後から平成22年3月の条例研究会立ち上げまでの間、国の法律改正の推移を見守りながら、議会、県執行部のいずれが主導して制定するのか等方向性について模索していましたが、当初の予想に反して国の作業が思うように進行しないという状況もあり、結果としてスタートが大きく遅れ、障がい者関係団体の方々には多大なご心配をおかけしてしまいました。
しかし、今後の岩手県の進むべき方向について考えたとき、少子高齢化に伴う人口減少社会という厳しい時代に突入し、だれもが安心して住み続けることのできる地域づくりが本県の喫緊の課題となっているということを再確認し、県としての取り組みを一歩でも進めるためには、国の法整備を待つことなく条例制定に着手しなければならないという思いに立ち、平成22年3月、県議会の中に条例研究会が設置されることとなりました。
○「障がい者差別の撤廃に関する条例研究会」
条例研究会は、3つの会派の代表議員4人のほか、県執行部職員2人がオブザーバー参加して平成22年3月から11月までに計20回開催し、先行条例の研究や案文の検討等を行いました。平成22年12月定例会への提案を第一目標としたことから月2~3回のペースで検討が必要となり、まさにまったなしの条例案づくりとなりました。
○障がい者関係団体との意見交換会、懇談・施設見学
平成22年5月および9月には障がい者関係団体との意見交換会、8月には団体の施設を訪問して懇談を行い、障がいのある人と家族の置かれている現状や社会参加の取り組み、施策へのご意見などを伺いました。障がいのある人と接する機会を増やし、相互理解を深めていくことの重要性を知ることができました。
○「障がい者差別に当たると思われる事例」の把握
平成22年5月下旬から約2か月間、障がいのある人や家族、県民等を対象に事例を募集したところ、150通501件の事例・意見が寄せられました。この調査を通じて、障がいのある方々が日常生活においてさまざまな「暮らしにくさ」を感じている実態について把握するとともに、障がいに対する理解を促進する取り組みの必要性について、改めて認識いたしました。
○パブリックコメントの実施
平成22年9月上旬から約1か月間、条例骨子に関する意見を県のホームページ等で募集したほか、下旬には県内4か所で県民説明会を開催し、県民53人から計113件のご意見をいただきました。ぜひ岩手らしい条例をつくってもらいたいという温かい励ましや、条例の趣旨に賛同するご意見を多数いただいたことが大変励みになりました。
○条例の成立
皆様のご意見を聴きながら検討を重ねつくりあげてきた条例案は、県議会各会派の賛同を得て、平成22年12月定例会に議員提案されました。12月3日には提案者を代表して私が本会議で提案理由説明を行い、7項目にわたる質疑に対して答弁を行いました。その後、条例案は常任委員会の審査を経て、12月8日、傍聴に来られた請願提出者の皆さんの見守る中、全会一致で可決されました。
条例の制定を求める県民の声を受け、県民の代表である議員がその請願を全会一致で可決したこと、条例案を各会派共同で議員発議し全会一致で可決したことは、まさに県民総意の表れとも言うべきであり、意義あるものでした。本会議終了後に請願提出者の方々が我々議員に温かい言葉をかけてくださったときは、感慨もひとしおでありました。
4 むすび
この条例は県民の機運の醸成を主とした理念型の条例ですが、的確な施策の推進と不利益な取り扱いの解消に向けた実効性が図られるよう、条例案の検討に当たっては、障がいのある人や家族、障がい者関係団体、県執行部等の意見を広く聴きながら合意を得ていくプロセスに特に重きを置いて取り組んできました。
議会がつくった条例なので弱い点があるかもしれませんし、この条例によって不利益な取り扱いがすべて解消できるとは考えておりません。二歩、三歩と進むかもしれないし、一歩半しか進まないかもしれませんが、まずは、岩手県として障がいのある人に対する理解を広げるための歩みを一歩でも進めていきたいという思いで制定しました。これからは、条例に基づく取り組みが進められているかチェックしていくのが我々議員の務めであると考えています。
最後に、条例制定に当たりご協力をいただいた皆様に御礼を申し上げますとともに、この条例の基本理念やめざす姿についての理解がすべての県民に広がり、この条例に基づく施策が幅広く展開されることを祈念いたします。
(おいかわさちこ 岩手県議会議員)
〔注〕岩手県では「障害」の標記として、法律名や制度名などを除き「障がい」と標記しています。また、この条例の検討過程において、県民から寄せられた意見を元に「障がいのある人」と標記することとしたことから、検討経緯に関する記述において一部「障害者」「障がい者」「障がいのある人」を併用しております。
- 1 条例の名称
- 障がいのある人もない人も共に学び共に生きる岩手県づくり条例
- 2 検討開始日(第1回研究会)
- 平成22年3月15日
- 3 議決
- 平成22年12月8日
- 4 公布及び施行
- 平成22年12月14日公布、平成23年7月1日施行
- 5 趣旨
- 障がいについての理解の促進及び障がいのある人に対する不利益な取扱いの解消に関し、基本理念を定め、県の責務並びに市町村、県民及び事業者の役割を明らかにするとともに、施策の基本となる事項を定めることにより、障がいのある人と障がいのない人とが互いに権利を尊重し合いながら共に学び共に生きる地域づくりを推進しようとするもの。
- 6 条例の内容(見出し)
- 第1条 目的
- 第2条 定義
- 第3条 基本理念
- 第4条 県の責務
- 第5条 市町村の役割
- 第6条 県民等の役割
- 第7条 不利益な取扱いの禁止
- 第8条 虐待の禁止
- 第9条 交流機会の拡大及び充実
- 第10条 職員の育成
- 第11条 情報の提供及び意見の聴取
- 第12条 教育の支援体制の整備及び充実
- 第13条 相互連携
- 第14条 関係団体等への支援
- 第15条 不利益な取扱い等に関する相談、助言等
- 第16条 財政上の措置