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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

日弁連シンポジウム「あるべき障がい者基本法改正」

東奈央

障がいのある人が社会の対等な一員として地域社会で生活するためには、交通機関のバリアフリー、手話や点字などの情報コミュニケーション、文化活動への参加などについて、現実的にはさまざまな物理的・心理的障壁があります。障がいという特徴は、人間の多様性のひとつに過ぎません。しかし、これらの障壁があるために、障がいのある人は、これまで個人として尊重された生活を送ることが阻まれてきたという現実があります。

障がいのある人にとって、個人を尊重された生活を実現するためには、個人尊重や完全な社会参加という理念の法律において、人権享有主体として確認され、制度が保障されることが必要です。

障がいのある人に関する法律の中でも、その基本となる法律が障害者基本法です。障害者基本法は、1970年に心身障害者対策基本法として制定されて以来、これまで6度の改正を経てきました。1993年にはノーマライゼーションの理念に基づく現行の障害者基本法が制定され、2004年の改正では、差別禁止や地域における自立生活の趣旨が含まれるようになったものの、現行法は、あくまで障がいのある人を施策の対象者とした福祉的内容にとどまっています。

2006年12月、メキシコで開かれた国連総会で障害者権利条約が採択されました。この条約は、あらゆる障がいのある人の権利主体性を確認し、個人の尊厳を基礎として、地域で生活することを保障するというインクルージョン(共生)の理念のもと、国や地方公共団体が施策を実施する責任を負うことを明記しました。障がいのある当事者の参画により作成された、非常に意義のある条約です。

日本政府は、この条約に署名こそしたものの、いまだ国内法整備が完了していないために批准には至っていません。批准のためには、まず国内法の核となる障害者基本法を条約に対応した内容に抜本的に改正する必要があります。障害者基本法の改正は、障害者権利条約における国内法整備の第一歩という極めて重要な位置づけであり、さらには、今後予定される、総合福祉法(現行自立支援法の改正法)、虐待防止法、差別禁止法などの個別立法制定の前提にもなる極めて重要な課題です。

2009年12月に、内閣府に全閣僚で構成される「障がい者制度改革推進本部」が設置され(本部長:内閣総理大臣)、その下に「障がい者制度改革推進会議(以下「推進会議」と略します)」が設けられました。この会議では、当事者が過半数を占める構成員により、障害者基本法の改正や障がいのある人に関する個別立法について熱い議論が行われています。もっとも、政府内では、施策実施に対する財源問題など各省庁との調整が必要であり、法案作成に対するあらゆる困難な課題について議論が紛糾しているようです。

私たちの所属する日本弁護士連合会(以下「日弁連」と略します)では、弁護士という法律の専門家として、人権の守り手の立場から、障害者基本法改正案の検討を行ってきました。構成メンバーの中には、障がい当事者である弁護士も数多く含まれ、法律の専門家であるのみならず当事者という立場も踏まえながら議論を重ね、法案を作成しました。

日弁連作成の改正案は、総則と各論に分かれており、総則では、基本法の目的に障がいのある人の権利主体性とインクルージョンの概念を据え、用語の定義や基本理念を明確にしました。各論では、具体的な権利規定を明確にし、その権利を確保するための国・地方公共団体の施策義務を権利に対応して規定しました。規定の明確さを重視し、権利・施策など規定の方法にも配慮したのは、総合福祉法、虐待防止法、差別禁止法など、基本法改正後にできる個別法の内容を充実したものにするため、基本法は個別法を見据えた規定にする必要があるからです。

そして、よりよい基本法改正の実現を目指して、2010年12月20日、日弁連では「あるべき障がい者基本法改正」と題するシンポジウムを開催しました。その中で、当事者や一般市民等に対して、日弁連が作成した基本法改正案に関する説明を行いこれに対する意見を求めるなど、あるべき基本法改正に向けた活発な議論を行いました。

このシンポジウムでは、基調報告として日弁連から黒岩海映弁護士、日本障害フォーラム(JDF)から政策委員長の森祐司さんより説明があり、さらに、森さんに加えてパネリストの山崎公士さん(神奈川大学教授)、久松三二さん(全日本ろうあ連盟常任理事)をお招きして、パネルディスカッションを行いました。シンポジウム開催直前である12月17日には、推進会議において、障害者基本法改正についての第二次意見がまとめられ、法改正にあたっての政府のよるべき指針が提示されました。シンポジウムの冒頭で、推進会議のメンバーである尾上浩二さん(障害者インターナショナル(DPI)日本会議)から、第二次意見の説明も行われました。

パネリストの森さん、山崎さん、久松さんらも推進会議のメンバーです。パネルディスカッションでは、推進会議でどのような議論がされているか、当事者的視点、研究者としての立場などを踏まえながら、報告や意見をいただきました。森さんからは、JDFにおいて作成された基本法改正に対する意見書において、日弁連案も参考にしながら規定を練っていることが報告されました。山崎さんは、基本法改正は障害者権利条約の国内法化という意義を見失うことのないよう、充実した議論が必要と述べられました。

日弁連案の権利・施策という対応した規定方法については、パネリストの方々からも理解しやすいという高評価をいただきました。また、参加された当事者からは、制度から漏れることのないような「障がい」定義規定を望むという声や、財源面も含めて具体的に充実した施策を求める声がありました。

このシンポジウムには、当時の内閣府特命担当大臣(障がい者政策担当)岡崎トミ子議員(民主党)が出席され、基本法改正に対する政府の取り組みについて報告されました。その他複数の国会議員にもご出席いただき、当事者を主体にした、よりよい基本法改正を目指すことについて積極的なご意見をいただきました。国会では、法改正について党を超えた、熱心な議論が行われているようです。

推進会議でまとめられた第二次意見は、障がいのある人の基本的人権享有主体性を確認し、インクルーシブ社会の実現を目指すことを目的としている点、合理的配慮を行わないことを差別と考える点、具体的な権利を規定している点など、日弁連作成案とその内容において相当程度合致するものでした。

シンポジウムでは、山崎さんから、第二次意見の内容をどこまで基本法に盛り込むことができるかが今後の課題であると述べられましたが、日弁連としても、日弁連案のみならずこの第二次意見を反映した改正が実現するよう強く望んでいます。

現在、政府内で、基本法改正案の作成について議論が行われています。法案作成にあたって、現実的には、財源や設備構築面など数々の問題が対立しています。しかし、政府は、これまで障がいのある人自身の意見が反映されてこなかった結果、障がいのある人の権利が十分に保障されてこなかったという現実を直視しなければなりません。アメリカ、EU、中国など多くの国々がすでに権利条約を批准しています(2010年12月当時の批准国は96か国)。世界標準に合わせて、日本も意識改革を行わなければなりません。日弁連としては、権利条約批准へ向けて、今後もよりよい基本法改正実現を目指して活動していきます。

(あずまなお 弁護士、マザーシップ法律事務所)