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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年4月号

矯正施設を退所した知的障害者への地域生活移行支援
~施設での実践~

小野隆一

1 はじめに―罪を犯した知的障害者を受け入れるまでの経緯

当施設、国立のぞみの園は、昭和46年に開設し、沖縄県を除く全国から重度の知的障害者を受け入れ、自立支援を行ってきたが、平成15年に独立行政法人化するとともにそれまでの終生保護から地域移行の方針に転換し、入所者全員を対象としての出身地域への移行事業を進めてきた。入所者は一時550人が在籍していたが、現在は約350人まで減少している。

地域移行を進めるに当たり、新たな入所受け入れは行ってこなかった。しかし、平成20年度からの第2期中期計画において、行動障害等など支援が困難な知的障害者を有期限で受け入れ、地域での自立支援を行うこととした。その柱の一つとして、矯正施設(刑務所・少年院)を退所した知的障害者を有期限で受け入れ、生活支援と就労移行支援を行い、地域での生活に向けた支援を行うこととし、新たに入所の受け入れを始めた。

受け入れの対象者は、

1.矯正施設を退所した知的障害者であること。

2.矯正施設を退所後の住まいが無く、また所持金など金銭的に困窮した状況にあることなどの環境にあるが、今後、福祉サービスにつながることにより、地域生活の自立が可能と判断されること。

3.年齢については、地域移行、就労を目指す視点から、できる限り就労可能な年齢層とすること。

4.地域移行先は「当施設を退所して生活する場」として群馬県内および近県を希望していること、または一定期間内(2年間以内)に援護の実施者が、本人が希望する居住地に生活・就労の場を確保することが確約されていることとしている。

2 安心できる住まいの場の提供

当施設においては、平成20年10月より、これまでに延べ9人の方を受け入れたが、ほとんどが矯正施設を退所する際には、家族の下に帰ることができず、所持金もほとんど無く、満期と同時に、退所する矯正施設の最寄りの駅で自由になり、何ら支援されることも無く社会で生きていかなければならない状態であった。つまり、罪を犯してしまった時と何ら変わらない環境での生活を送らなければならない状況であった。

さらに、今後、地域で生活するために必要と思われる福祉サービスを受給している例は少なく、施設の役割として、次の住まいが見つかるまでの間、とりあえず「施設」という衣食住の場を提供し、その間に公的年金や健康保険の整備や就労の場を確保し、生活を安定するなど、本人の生活環境を整えることに主眼を置いた、いわば生活の立て直しを図ろうとしたのである。

もちろんケアホームという手段は選択肢としてはあるが、ケアホームで受け入れるためには、あまりにも本人の人となりの情報が得にくく、他の入居者との相性を確認するのが難しい現状であった。

犯してしまった犯罪の内容も、食べ物など生活に困窮した上での万引きや車上荒らしであり、金額も少額なのが特徴である。また、単独犯というよりは、他の者から従属的に利用された場合も多く、要因としては、困窮した生活環境や、自分のことをきちんと相談し話を聞いてくれるという信頼できる人もおらず、排他的か、利用される立場などの適正な人間関係が持てなかったことが挙げられる。そして、それらの環境が整わないうちに同じ犯罪を繰り返し起こし、結果として、何度も刑務所と一般社会の生活ということを繰り返してきた。

さらにそのたびに刑期が長期化し、一層、一般社会への適応が難しくなってきたと考えられる。まずは、安心できる生活の場として、「あなたの味方しかいないこと、何でも相談できるところ」であることが重要であった。

3 個別支援計画の作成

支援目標は、罪を犯したか否かにかかわらず、あくまで地域生活での自立であり、犯罪行為に至った要因(地域での生活に生きづらくなった要因)の軽減・除去・または誘発しないような環境調整を行い、並行して、地域生活に向けた必要な専門的支援(教育または職業訓練)を行うための個別支援計画を作成することとした。

まず、犯罪行為等に至った環境的要因を理解するために、本人や関係者からの聞き取りや経過記録行動観察等について丁寧にアセスメントを行うこととした。施設入所前に開催される合同支援会議(矯正施設・保護観察所・地域生活定着支援センター・援護の実施者となる出身地市町村福祉の出席)での情報交換や本人面接、施設入所後、約1か月かけての行動観察や本人との面談が重要な手がかりとなった。

たとえば、窃盗については、その行為が悪いことであるとの認識があるのかどうか、自己抑制できるのか否かの法令遵守・認知の面、年金などの生活資金があったかという所得保障面、お金が足りない時は働いて得ようとする就労意欲の面、資金はあるが計画的に使えない等の金銭管理面、困った時に相談できる人がいない、友人関係がつくれない等の人間関係面、精神科・内科・歯科・皮膚科など慢性疾患の治療を必要とする健康面、生活の中での生きがいづくり等の余暇面等を整理して、一つ一つに改善のための支援目標と具体的支援計画を作成して支援を行うこととした。

4 就労という課題

地域生活移行した方の利用期間が平均11か月程を要しているのは、就労先の確保の難しさである。所得保障の面では、障害基礎年金は2級に該当するかどうかであり、それだけでは生活費としては乏しく、地域生活をするためにはどうしても就労が不可欠になる。就労移行支援事業に所属し、障害者就業・生活支援センターの支援のもと職場実習、トライアル雇用とつなげているが、厳しい雇用状況に合わせて、本人の経歴の情報を理解してもらえる事業所を見つけること、就職後も、本人・事業所の両者を引き続き支援していくことを前提にすることが必要であった。

5 認知と問題解決方法の改善

本人に合った生活環境作りは、罪を犯したという経歴とは関係なく、一般的な知的障害にも共通することであり、特別な支援方法があるということではない。一方で、本人の生育歴の中で家庭的にも人間関係的にも恵まれてこなかったことにより、善悪を判断する基準や問題解決方法のゆがみというものも見られている。これは、福祉制度の利用というだけでは解決できない部分でもある。

もちろん医療的ケアを必要とする場合もあるが、他人を信用できない、相談できないという時にとりあえず、ここにいれば安心できる、自分の都合の良いように解決するのではなく、行動を始める前に相談できる人がいる、本人が理解するために分かりやすいコミュニケーション方法、たとえば視覚化などの支援技術を持った職員がいることが施設特有の社会資源として有効に働き、本人たちの生き直しのきっかけになり得ると思われる。

6 支援体制と職員の意思統一

なぜ、犯罪行為に至った知的障害者を支援するのかということについて、職員間で意思統一しておく必要がある。どうしても、犯罪行為に至った知的障害者を支援することで他の利用者や施設近隣の住民、そして職員に迷惑をかけるようなことにならないだろうか。もし、再犯に至った場合の施設としての責任はどうあるべきなのか等というマイナス要因だけが先行しやすい。

「罪はすでに償っているので、支援内容自体は他の知的障害者となんら変わりがないこと」「本来、福祉サービスにつながっていれば、犯罪行為に至らなかったかもしれないこと」など、むしろ積極的に関わっていく必要があることを理解していかなければならない。

また、支援における価値観の統一が必要である。地域生活では、自由なことを施設内生活ということで規制してしまいがちである。対象となる利用者の多くは、長く地域での生活を生き抜いてきた方であり、あくまで本人の価値観は地域の生活である。矯正施設を退所してようやく普通の暮らしを送れると思ったら、また特別の環境に置かれるということで、ストレスをためてしまうこともある。

たとえば、本人が希望する喫煙・飲酒・携帯電話の所持・自由な外出について、施設ということで、従来の施設生活を基準として規制してしまうことが多い。利用者一人ひとりに合わせたルール作りについて、本人と十分話し合う必要がある。

なぜなら、彼らのほとんどは、地域移行すれば喫煙・飲酒し、携帯電話を所持するからであり、移行後、突然始めてしまえば、むしろ金銭管理が破綻し、生活費の困窮につながり、地域生活が困難になり、再犯の可能性も出てくるのである。

具体的例としては、喫煙は、健康を理由にしても納得されることは少なく、むしろ所持金(お小遣い)支出の範囲でのたばこの購入ということで、「1か月当たりの施設での賃金の範囲で購入しよう」などと、本人の納得できる範囲で1日当たりの喫煙本数を決めて金銭管理の支援に変えていくという方法もあるだろう。

また、携帯電話も同様で、1か月当たりの使用額を決めて所持してもらうことで金銭管理の支援につながり、効果的と思われる。

だが、地域生活移行後に、携帯電話に月数万円支出していることを問題にして支援会議で協議されることがあったが、本人にしてみれば、知らないまちで生活をはじめ、唯一人との関わりである電話相手の会話に数万円かけてしまう本人なりの事情と、私たちが職員間のコミュニケーションの必要から支出している飲酒にかけてしまう数万円とどう違うのかと問われれば、支援者側の常識を押しつけるわけにはいかない。

このように、利用者個々によって異なる支援・内容を行う必要性を職員間で意思統一しておかないと、職員個々が異なる支援方法を行うことになり、本人は混乱してしまう。統一した支援を行うためには、この事業を始める前の職員研修や支援経過について定期的に他の職員に周知することで、施設が一体となって支援していることの確認が必要である。

7 地域移行後の支援体制作り

福祉施設を退所して地域で生活を始めることを前提に、入所時から支援チーム作りが必要である。本人の希望により、どこに住みたいか、どんな仕事に就きたいのかを基本に、本人、援護の実施者の市町村、チームの中心となる障害者相談専門員、地域生活定着支援センター、社会福祉協議会、障害者就業・生活支援センター、入所中の施設そして雇用予定事業所が集まり、それぞれの機関が本人にどんな支援が提供できるか、また実際に移行後も定期的に支援会議を開催して、本人の周りで起きるさまざまな出来事をバックアップしていくことが必要である。これまで、就職先や住まいとなるアパートが決まった後のチーム作りだったため、支援チームのメンバーと本人の相互理解に時間を要したり、本人がどうしても施設職員を頼りがちになり自立が進まない傾向が見られていた。

8 最後に

当施設では、地域での生活を前提として、地域移行で入所者が減少して空いていた生活寮を改修して、本年1月末より矯正施設を退所した方用の「自活訓練ホーム」(定員7人)を開設した。中軽度の方だけの生活により、職員との一対一の関係だけでなく、利用者間の関係作りを行い、生活のルール作りや問題解決も自分たちで行えるよう取り組むこととした。1人でも多くの方が福祉サービスにつながることで、地域で自立した生活を送ることができることを目指している。

(おのりゅういち 国立のぞみの園地域支援部長)