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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年6月号

障がいのある人の住まいと居住支援制度の課題

高橋儀平

1 障がいのある人の住まいと人権

1988年、アメリカで公正住宅修正法が制定された。その要点は、4戸以上の集合住宅を供給する場合に、障がいを事由とした住宅の供給差別を禁止するという画期的な内容で、障がいのある人の差別を禁止する法律ADAの制定(1990)を先取りしたものであった。アメリカにおけるユニバーサルデザインのステップはここから始まった。障がいのある人向けに供給する住宅の形態が、一般住宅の枠組みの一つとして法的に担保されたのである。ユニバーサルデザインを提唱したロン・メイスは、この法律のガイドラインづくりに関わっている。

一方、よく知られているように、北欧の福祉先進国スウェーデンは、1970年代初頭より、障がいのある人の住まいであった施設を解体して町の中の通常の住宅に統合する方針を打ち出した。ノーマライゼーションの理念を旗印に、どの地域でも住む場の選択ができることを住宅政策の中心に据え、全国各地で地域社会に統合可能な共同住宅(サービス・フラット)やグループホーム、戸建て住宅を建設した。そして、そのために重い障がいのある人のための24時間ホームヘルプサービスを市町村が構築した。

高齢化社会の先進的地域ケアの在り方を実践したスウェーデンなど北欧からやや遅れて、日本は90年代以降に、本格的な高齢者や障がいのある人の地域居住の政策が打ち出された。とはいえ、わが国でも1970年代の後半から、民間住宅を活用した生活ホームの取り組みや公営住宅を中心に障がいのある人向け住宅制度に長い歴史がある。

振り返ると、私自身が1974年に、重い脳性マヒ者の町なか居住を求めるケア付き住宅運動に参加してから今日に至るまで、今なお地域の中で、重い障がいのある人がいざという時に安心して住み続けられる居住環境が構築されているとは言えない。何とか今日をしのぎ、街を移動しているのが実態だ。

1964年にスウェーデンのフォーカス協会が提唱した、1.好きな地域で生活できること。2.信頼できる個人サービスが得られること。3.障がいのない人と同じ状況、同じ機会の中で生活できること。4.自分に合った仕事を選択できること。5.十分に自由な活動を楽しむことができること。以上の5原則は、今なお重い障がいのある人たちの基本的な目標である。

2 高齢者、障がいのある人の居住政策を検証する

わが国における障がいのある人の住宅・居住環境は、法制度とともに急速に発展してきた。屋外環境では、ハートビル法(1994)からバリアフリー新法(2006)への移行、住宅分野では、障害者自立支援法に基づく地域居住の支援、高齢者の居住安定確保に関する法律、住生活基本法(2006)による住生活基本計画などがある。

表1は、住生活基本計画で国が強力に推進しようとしている何らかの生活困窮世帯を対象とした「住宅セーフティネット」の対象領域である。

表1 主な世帯類型と住宅セーフティネット

  高齢者 障害者 子育て世帯 摘要
1 生活に適した住宅の取得、改修、住替え支援 1.住宅ローンの金利優遇   介助用車いすで通行可能な通路幅の確保、段差のない床、階段の勾配、手すり設置など
2.バリアフリー改修に対する優遇税制   バリアフリー対象部位は上記と同じ、所得税と固定資産税の軽減、対象者の年齢や改修期限等の要件が設けられている
3.マイホーム借上げ制度   高齢者等のマイホームを借り上げて子育て世帯に転貸する制度、高齢者世帯の収入となり、高齢者がバリアフリー住宅やサービス付き住宅に住替え、老後のために他土地への移住も可能
2 民間賃貸住宅に入居しやすい環境の整備 1.高齢者円滑入居賃貸住宅制度(高円賃)     高齢者の入居を拒否しない民間賃貸住宅情報の登録と提供。登録された住宅は通称「高円賃」と呼称される、実施は都道府県
2.高齢者専用賃貸住宅制度(高専賃)     高円賃の内、高齢者だけが入居できる住宅を「高専賃」という、介護、生活支援サービス付き住宅もある。厚労省基準に適合したものは適合高専賃住宅という
3.あんしん賃貸支援事業 高齢者、障害者、外国人、子育て世帯が入居可能な民間賃貸住宅、協力店、NPOなどの支援団体情報の提供、実施は都道府県
4.地域優良賃貸住宅制度 自治体、UR、民間住宅事業者、社福、医療法人等が高齢者、障害者等の生活に適した賃貸住宅を整備する際の国の助成制度、入居所得制限あり、高齢者向け住宅は25m/戸以上でバリアフリーが原則
5.家賃債務保証制度 保証人がなく民間住宅に入居できない人の代替支援制度、高齢者住宅財団が実施。高円賃、高優賃等が対象
3 公共賃貸住宅における暮らしやすい環境の整備 1.公共賃貸住宅のバリアフリー化 高齢者、障害者、外国人、子育て世帯が入居可能な民間賃貸住宅、協力店、NPOなどの支援団体情報の提供、実施は都道府県
2.公共賃貸住宅の入居環境整備
(イ)公営住宅の単身入居   高齢者、障害者、DV被害者等向け制度
(ロ)公営住宅入居収入基準の緩和   原則収入分位25%から高齢者等の世帯を対象に、収入分位40%までに収入基準を緩和
(ハ)公営住宅の優先入居   入居募集時に公営住宅、UR住宅で戸数枠、当選倍率の優遇
3.公共賃貸住宅における福祉環境整備
(イ)身体状況の変化等に応じた住替え 身体状況の変化による低層階への住替えられる制度
(ロ)シルバーハウジングプロジェクト   高齢者の生活相談業務を行う生活援助員(LSA)が常駐する
(ハ)コレクティブ住宅     高齢者のプライバシーに配慮しながら共同居間、食堂、台所をもつ
(ニ)グループホーム   グループホーム事業者に賃貸し、認知症高齢者、知的障害者等が入居
(ホ)福祉施設の整備 100戸以上の公営住宅団地を整備、建替える場合、福祉施設を一体的に整備する。大規模な場合は住宅と屋外空間のバリアフリー化、余剰敷地等があれば医療、介護、交流、子育て等のサービス施設を整備する

(注)住宅セーフティネットの対象世帯は、外国人、母子世帯・父子世帯、DV被害者、犯罪被害者、ホームレス、ハンセン病療養者等多岐にわたる。○印は一部対象。国土交通省(2008)の資料をもとに要約し改編している。

住宅セーフティネットでは、「住宅の取得、改修、住替え」「民間住宅に入居しやすい環境整備」「公共賃貸住宅における暮らしやすい環境整備」に区分し、公的住宅や公共財源の不足から、民間住宅を活用した居住支援策を提起している。現在のところ、どこまで地域の自治体レベル、生活単位で実行できているか些(いささ)か疑問な点も少なくない。恐らく、多くの読者諸氏がその実態を体感しているはずである。

(1)住生活基本計画の目標

本年3月の東日本大震災直後に公表された住生活基本計画(2011年3月)によると、「地域において安全・安心で快適な住生活を営むことができる住宅のバリアフリー化や見守り支援等のハード・ソフト両面の取組を促進する」、「高齢者、障がいのある人、子育て世帯等の地域における福祉拠点等を構築するため、公的賃貸住宅団地等において、民間事業者等との協働による医療・福祉サービス施設や子育て支援サービス施設等の生活支援施設を設置する」としている。

しかし、首都圏の公的住宅再整備計画においては、その際にもっとも重要となる地元地域や入居者の利用者ニーズが、必ずしも十分に再整備プロセスに反映されていない事例が散見される。

住宅のバリアフリー化については、1.高齢者等の居住する一定のバリアフリー化住宅(2か所以上の手すり+家屋内段差の解消)を2008年の37%から2020年には75%に、2.高度のバリアフリー化住宅(2か所以上の手すり+家屋内段差解消+車いすでの通行可能な廊下)を2008年の9.5%から2020年には25%とする目標値を掲げている。数値の適正さはともかく、少なくとも、この数値をすべての区市町レベルで実際に実行できる住宅行政の確立が急がれる。

おおむね新規住宅では、表1のような助成制度によるバリアフリー化が進捗しているとみられるが、既存の公営住宅や戸建て住宅では改善があまり進んでいない。高齢者は、介護保険制度を利用した住宅改修が一定の範囲で可能であるが、障がいのある人に対する住宅改修補助事業は、多くの自治体で後退気味である。特に近年、老朽化が潜在化しつつある公営住宅では、区市町村の財政悪化を理由に建て替え、設備改善が進んでいない。民間賃貸住宅の家賃が低価格化しているとはいうものの、既存賃貸住宅のバリアフリー化は容易ではない。高齢者や障がいのある人にとって公営住宅の重みは依然として大きく、住宅行政の柱である。

(2)借上公営住宅制度の課題

借上公営住宅制度は、2006年の公営住宅法の改正により導入されたもので、自治体が民間住宅を借上げて公営住宅戸数を補完する制度ともいえる。民間賃貸住宅業者のストック活用、公的住宅の戸数確保、グループホーム事業者の参入による多様な住まいの実現など、障がいのある人の居住を支援する視点からは幅広いメリットがあると考えられる。しかし、住宅事業者によっては良質な住宅を提供できないこともあり、立地条件の良い物件の契約は難しい印象を受ける。床面積は広いが、老朽化した賃貸住宅に借上げが集中することのないよう、家賃設定等区市町村の姿勢が問われる。

(3)公営住宅のグループホーム活用

2002年より試行的に実施され、すでに700か所を超えているとみられる。この制度の対象は、精神障がいのある人、知的障がいのある人、認知症高齢者、ホームレス活用、児童自立援助など広範囲である。利用ケースは、知的障がいのある人のグループホームが大半である。運営は社会福祉法人、NPO法人など多様ではあるが、生活サポートが必要な市民の継続居住の視点から、今後も重要な住宅セーフティネットの一角として位置付けられる。

3 障がいのある人は、これからどこで暮らしたいか

図1は、東京都が2008年度に実施した障がいのある人の生活実態調査からの引用である。「将来どこで暮らしたいか」を尋ねたものであるが、今のままでよいとする身体障がいのある人(高齢で配偶者や子どもとの同居が多い)と、グループホームなど住まいへの独立意識がある知的障がいのある人(親、きょうだいとの同居が多い)との違いが分かる。むろん、後者は親が回答している可能性もあるが、同調査によると、グループホーム等への移行が5年前に比べて1.7倍に増加している。図にはないが、精神に障がいのある人では親や家族との同居、または独立が大きな二極傾向として現れている。いずれにしても、施設居住、戸建て住宅での居住割合が減少しているので、多様な地域居住の場の創出が急がれる。

図1 将来どこで暮らしたいか(%)
円グラフ 将来どこで暮らしたいか(%)拡大図・テキスト

4 これからの方向

時代の流れは公的住宅からの脱皮傾向にあるが、当面、民間住宅での居住支援を拡充しながら公的住宅での受け皿作りをしっかりと構築しておきたい。

特に公的住宅においては、UR都市機構(公団)、都道府県、区市町村というこれまでの事業者別住宅種別を撤廃して、抜本的かつ一体的に、地域を主導とした住宅整備計画の立案とその手法を早急に確立する必要がある。少なくとも高齢者、障がいのある人の居住支援の在り方については、区市町村での判断が優先される政策を望みたい。

現行制度のさらなる改変、地域の理解、住民が共に支え合う仕組みをつくりだす必要がある。居住支援の場におけるNPO等住民組織への積極的な支援も不可避であろう。

(たかはしぎへい 東洋大学ライフデザイン学部教授)