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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年7月号

課題は「生活機能」低下「予防」
―被災者とコミュニティーの「自立」に向けて―

大川弥生

東日本大震災で被災なさった多くの方々、その御家族やお知り合いの方々に心からお見舞い申しあげます。

筆者は新潟県中越地震(2004年)以来、地震だけでなく、豪雪や高波等のさまざまな災害について、被災地での活動や生活機能の把握を行ってきました。今回の震災でも自治体等と協力して、生活機能低下予防・改善を中心に活動を続けております。その中で痛感したこと、今後に生かすべき教訓などもたくさんありますが、ページの制限もあり別の機会に譲り、今回は、今後の被災地での障害のある人々への働きかけのあり方についての基本的な考え方を中心に述べたいと思います。

1 災害時は平常時対応の顕在化

最初に強調したいのは、「災害」という特殊な事態だけを考えるのではなく、平常時と連続したものとして捉えるべきだということです。

これまでの被災地での調査や活動で痛感したのは、平常時の体制のプラス面とマイナス面が顕著に現れるのが災害時だということです。災害時の働きかけの基本は、実は災害の時だけでなく、障害のある人への支援のあらゆる場面で日常的に行われていなければならないはずのものなのです。

直接被災していない地域でもこの機会に防災対策を再考なさることが多いと思います。その際には、防災対策として、災害時向けの特別の体制(たとえば、避難訓練)だけを考えないでください。障害のある人への平常時のさまざまな支援のあり方を、災害時のことも考えて作っておくことが望まれます。それが十分に行われていれば、災害のような環境の激変にも適応できますし、逆にそうすることで平常時の対応自体が一層適切で効果的なものとなるのです。

それに関係することですが、本誌の発行元である日本障害者リハビリテーション協会が毎年開催している総合リハビリテーション研究大会は、本誌でも述べました1)が、昨年から「新しい総合リハビリテーションのあり方を構築しよう!」というテーマを3年間かけて深めていく新しい取り組みを行っています。その一環として、昨年は「総合リハビリテーションの視点から災害を考える」2)というテーマのシンポジウムを行いましたし、本年も10月1日(土)にこのテーマのシンポジウムと分科会を開催予定です。

2 生活機能低下予防を―中・長期的な観点から

次に、災害時の支援で留意すべき基本的なことを列挙します。

(1)支援の目標は、被災した障害のある人への「『生活機能』の低下『予防』」。

(2)中・長期的な観点をもって働きかける。目の前の課題に対応するだけでなく、長い将来にわたる平常時の対応をいかにより良くするかという視点が必要。

(3)障害者への支援単独ではなく、高齢者・病人・妊婦・乳幼児などを含む、生活機能に何らかの困難や問題のある人(「生活機能低下者」)全般への支援の中に位置づける。このように「生活機能低下者」としての共通性に立つことが、今後多くの人の関心や配慮につながる。

(4)コミュニティー全体として考える。障害のある人が交わり生活するコミュニティーを積極的に拡大する仕組みが必要。

(5)身の回りの介護が必要な人にも仕事や社会への参加を向上させる取り組みが必要。すなわち「不自由さを手助け(補完)する」だけでなく、「自立」に向けた支援(まさに「生活機能向上」)を意識して行うべき。補完は自立の阻害にもなりうることを留意することが必要。

(6)避難所や仮設住宅だけでなく、自宅や親類等の家で生活している人にも十分な配慮が必要。障害のある人の場合、遠慮や避難所生活上の困難などを考え、不自由さをこらえて自宅生活している人が少なくない。また「平常時ですら適切な支援がないから」と、諦(あきら)めていたり、声を出せない人が多いことにも留意すべき。

3 生活機能とは

以上を一言で言えば、被災者に対するあらゆる支援において、「生活機能」への配慮が重視されるべきだということです。

では生活機能とは何でしょうか。

生活機能とはWHOが定めたICF(国際生活機能分類)で示された、新しい概念で、図1の真ん中の高さにある「心身機能・構造」「活動」「参加」の3者を包括した(3つをすべて含んで、それを一言で言い表した)ものです。これは人が「生きる」ことを3つのレベルに区別して整理し、その上で総合してみていくものです。

図1 ICF(国際生活機能分類、WHO)
図1 ICF(国際生活機能分類、WHO)拡大図・テキスト

この3つのレベルは、実は図2のように、上下に重なったものとしてみるべきものです。一番上の「参加」とは、人にとって最も大事なレベルであり、仕事をしたり、主婦としての役割を果たしたりなど、社会生活・家庭生活での役割を果たすことや、さまざまな社会との交流、スポーツや趣味などで人生を楽しむことなどです。これは生きがいや充実感につながります。

図2 生活機能
図2 生活機能拡大図・テキスト

災害の後は、参加にはさまざまな制約が生じます。仕事や家庭での役割、スポーツや趣味や地域の行事の機会など、社会や家庭生活での役割や楽しみが減少します。そして社会から孤立しがちにもなります。この参加の制約が重要な生活機能低下です。

次に「活動」とは、生活の中でのさまざまな動作で、参加を実現するのに必要なものです。そして「心身機能」とはその動作を行う時の、体や頭、心の働きです。

参加が制約されるということは、活動としては種々の動作をしなくなることであり、そのため心身機能としては体や頭も使わなくなります。この「参加制約」「活動制限」「心身機能の障害」を包括したものが「障害」(生活機能低下)です。

このようなICFの障害の捉え方は、これまでのものとは根本的に違っています。それは障害のある人をその障害(問題・困難)の面だけからみるのでなく、さまざまな生活機能を発揮しつつ、そこに障害をもっている存在として捉える点です。このように人が「生きる」ことのプラス面を中心に見て、その低下を予防し、より向上させようとするのがICFの基本的な考え方です。これはマイナス面を中心としてみがちなこれまでの捉え方と、根本的に異なるところです。

4 生活機能モデル

図1に戻って、この生活機能に影響するものは何かを考えてみましょう。

生活機能に影響する因子を大きく3つに整理したこともICFの特徴です。上にある「健康状態」には、病気やケガやストレスなどが含まれます。従来はこれだけが生活機能に影響してその低下(障害など)を起こすと考えられがちでした。

しかしICFでは、それに加えて下に示す「環境因子」と「個人因子」も生活機能に大きく影響すると考えます。

ここで「環境因子」とは、物的なものだけでなく、人的な環境、制度的な環境を含むものです。物的な環境には、避難所や仮設住宅の構造や周囲の道路、また杖や車いすなどの道具などが含まれ、その他、自然環境として地震や津波などの自然災害も、また放射能被害などの人的災害も含まれます。人的環境とは、家族を含む周囲の人々や専門職、行政官、またボランティアなどの直接的関与や態度などです。制度的環境にはさまざまなサービスや政策が含まれます。

次に右下に示す「個人因子」とは、性別、年齢や価値観などの個人に属する特性です。「個別性」の尊重が叫ばれる現在、重視されるべきものです。

そして、これらの6つの要素はバラバラにお互い無関係にあるのではなく、図のたくさんの両方向の矢印が示すように、相互に関係し合っていることが非常に大事なポイントです。

5 支援内容を生活機能への影響として整理する

このようなICFの観点からの見方は、復旧・復興の取り組みを考える上で非常に役に立ちます。

このような取り組み自体がまさに環境因子であり、それが被災者の生活機能にどのような影響を与えるかという、図1の矢印が示すような相互の関係性の観点でみることが大事です。

一人ひとりの生活機能にはその人独自の特徴があり、個人の価値観も違い、それにより支援の重点も違います。このような個別の必要性に対して個別の配慮をしていくことが必要です。

しかしそれも現在必要な支援だけでなく、より長期的に、その人の社会生活・家庭生活をいかによりよい状態に作り上げるかという目標を明確にしていくことが大事です。

6 災害時に「特別の配慮が必要な人々」と捉える

これまでの災害時の障害児・者への対策は「要援護者対策」として論じられてきました。しかし、より広く「災害時に特別な配慮の必要な人」として捉えた再検討と綿密化が必要です。

他の障害をもつ人との共通性、また高齢者その他の「生活機能低下」のある人、「生活機能低下」を生じやすい人を含めて、共通に解決すべきことはないか、それを災害時だけでなく平常時についても考えていくことが大事です。

7 生活不活発病の予防

災害時に生活機能低下が生じる大きな原因として、もっと認識される必要があり、その予防が重要なものに「生活不活発病」があります。

生活不活発病とは、文字通り、生活が不活発なことによって生じる全身の心身機能の低下です。これは、避難所や仮設住宅などだけでなく、家で生活していても生じます。また災害後早い時期だけでなく、実は年単位で注意が必要です。

災害の時に生活不活発病が起こりやすいことが確認されたのは、中越地震の時です。介護を受けていない一般の高齢者ですら約3割に歩行の難しさが出現し、6か月後にもそのうちの約3分の1、全体の1割の方が回復していませんでした。介護を受けていた高齢者では、同じことがもっと多くの割合でみられました。

8 生活機能低下予防

では、災害時の生活機能低下を防ぐにはどうすればよいでしょうか。

一番大事なのは、生活機能の3つのレベルのうちのトップにある「参加」の低下を防ぐことです。これが災害で大きく制約されることは先に述べたとおりです。この参加の低下を防ぐこと、つまり社会や家庭生活での役割や楽しみを増やすことが基本です。これが生活機能を向上させ、充実した日々を送るための基本です。

この参加の充実は、生活不活発病の予防にもつながります。参加が活発になれば多くの動作を行うようになり、自然に体や頭を使う機会が増えるからです。ところが、生活不活発病の予防や回復には心身機能の改善が第一だという考え方、たとえば体操で防げるというような考え方がありますが、それは大きな誤解です。

9 新しいコミュニティー作り

このような充実した参加を実現するには、特に災害時には、これをコミュニティー作りの中に明確に位置づけることが大事です。ご本人の自覚と家族のサポートや工夫も必要ですが、それを生かしやすい物的・人的・制度的な環境を作ることです。

たとえば介護が必要な人のために仮設住宅群の中にケア施設を設けること等が論じられていますが、これは「過介護」によって自立を阻害する危険性をもはらんでいます。仮設住宅だけで完結させるのではなく、図3に示すように、最初からそれを含む地域全体として、地域住民も含めた新しいコミュニティーを作っていくことが大事です。その中に仕事や役割や交流や楽しみの場や機会が提供されるように最初から意識的に取り組むことが必要なのです。

図3 コミュニティーの再建・新生
図3 コミュニティーの再建・新生拡大図・テキスト

おわりに

以上をまとめて、読者の皆様とご一緒に考え、行動していくべきこととして、大きく次の3つを挙げたいと思います。

(1)この災害への対応として何をなすべきか。

(2)今回の震災の教訓を今後の災害にどう生かすべきか。

(3)平常時の障害のある人への対応にどう生かすべきか。

これによって、よりよい災害時対策と平常時の障害のある方への適切な対応がなされる社会を築いていくことが、今回犠牲になられた方々に報いることになるのではないでしょうか。

(おおかわやよい 国立長寿医療研究センター研究所)


【引用文献】

1)大川弥生:「第33回総合リハビリテーション研究大会に向けて」『ノーマライゼーション』2月号、P.34-37、2010。

2)大川弥生:「総合リハビリテーションの視点から災害を考える」『リハビリテーション研究』146号、P.19-21、2011。