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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年9月号

知り隊おしえ隊

自転車は風と笑顔を感じるおもちゃ

松田靖史

1 はじめに

私は自転車が好きです。自分で溶接してフレームを作り部品を組み付けて自転車に完成させます。もちろん乗るのも大好きで、ちょっとのお買い物にも便利な上に季節の移り変わりを感じさせてくれます。ロードレーサーやトラックレーサーで早く走って風を感じるその心地良さ。マウンテンバイクで泥どろになって山や川を越える爽快さ。極め付けはサイクルサッカーでボールを蹴ってゴールに突き刺さった瞬間です。自分で乗る以外に、自転車に乗れない人や乗りにくい人に工夫して乗るお手伝いもしています。そんな自転車の良いところや乗るための工夫をお話しします。

2 自転車の良いところ

自転車は脚の往復運動をクランク機構により回転運動に変換する効率の良い移動機関です。筋肉や関節に負担の少ない高活動な運動も可能で、年齢や性別を限定しないレクリエーションとして欧米ではメジャーなスポーツです。また、オートバイの免許を取るまでの移動手段の自転車は同年代との連携や社会参加には不可欠で、特に、小中学校時代の行動の要素として自転車は移動以上の価値を持ちます。

大人にとっての自転車は近距離への移動機器としては最適であり、体力や持久力の強化、エコロジー効果も高く、自動車を止めて自転車に乗る人も最近は増えてきました。普段着で手軽に気分転換や爽快感を味わうことに加えて、近頃の自転車ブームはおしゃれなファッションで街を走ったり通勤に使ったり、本格的な競技スポーツとして取り組むこともできます。本当に、日常に溶け込んだ実用品でありレクリエーション機器でありおもちゃとも言えます。

自転車の効能として、障がいの有無にかかわらず巧緻性の獲得や心肺機能の強化、関節への小さい負担で筋力の強化など期待できる効果も高く、何よりも屋外での二足走行より速い速度で風を感じて走る爽快さは何ものにも代え難いものです。

また、自転車は世界共通の規格品ですので、三輪車や補助輪の追加、ハンドルやサドルやペダルの改良により多くの障がいにも対応が可能です。
自転車とは単に行動範囲を広げる移動機器ではなく、純粋に友情と新発見と爽快さと冒険を一気に獲得できて、楽しくて笑顔になれるワクワク支援機器なのです。

3 自転車乗車に必要なこと

自転車に乗るには体力と巧緻性が必要です。二輪は自立できません。走る理屈を理解してバランスを取って力を込めてペダルを踏みます。障がいによりどちらかに不足がある場合でも、代償となる機器支援を行えば自転車に乗ることが可能になります。

・体力について

自転車のペダルを回す動作は消費エネルギーが小さく股関節や膝関節に負担が小さいのですが、走り出す前に体重+自転車の重さを動かすのは歩くよりも大きな力が必要で、ふらつきが押さえられずに自転車乗車をあきらめてしまう人が多くいます。実際には、サドルに座ってハンドルを握れば上半身の力も踏む力になるので歩行よりも使う体力は小さいのですが、うまく力を自転車に伝えきれずに挫折してしまうのは残念です。

・巧緻性について

巧緻性とは、運動時に状況に応じて適切に行動し目的を果たす能力です。巧緻性により得た技量は一度体得すると身体から離れません。大脳ではなく、小脳や脊椎の反射で体全部が連携を取って動作できます。歩行や走行はこれに当たらず、スキップや水泳やお手玉や自転車などが当たります。はじめはできなくても一度マスターするとブランクがあっても同じように動作できる外部との連携です。

・代償について

体力と巧緻性の不足があると自転車には乗りにくくなります。その不足を機器の工夫で補うことが自転車にはできます。自転車乗車の動作の代償の機材は補助輪とペダルとブレーキ、身体を支えるハンドルとサドルです。

4 自転車の機材

自転車は買ったものをそのまま乗る人が多いですが、実はその後で個々に合わせていく必要があります。一般でもサドルの高さと前後と角度、ハンドルの高さと角度、ブレーキレバーの幅と角度は合わせなければ快適に乗れません。

・補助輪→バランスが取れない人にはどんな自転車にも合う補助輪があります。単に補助輪を付けるだけでは、大人の場合は低速度のカーブでも転倒しますので、背が高くなるに合わせて補助輪の取り付けや左右幅も広げる必要があります。

・ハンドル、ブレーキ→脳性マヒや片マヒや対マヒ、二分脊椎症者が自転車に乗る際、不安定だからとどっかりサドルに座る設定にすると、実はハンドル操作が難しくなります。力は弱くとも上肢が使えるのであれば、前傾姿勢でハンドルに体重をかけて、ペダルとサドルとハンドルに均等に体重がかかる設定がお勧めです。この3点に体重を分散させる設定は、ペダルから足を外して地面に着いたり、サドルからお尻を浮かして衝撃を弱めることもやりやすくなります。前傾姿勢を長く保つことが難しい場合は、いくつかのポジションが取れるハンドルバーもあリます。

通常のハンドルでは、成長の違いや関節の硬さで同じ位置で握れない場合にハンドルの端にバーエンドを着けます。グリップとブレーキレバーの角度や遠い近いの設定が自由になります。

手で握る以外のブレーキがあります。ペダルを後ろ回しして制動できるコースターブレーキは、アメリカでは一般的で上肢の障がいをもつ方にはぜひ使っていただきたいです。

片手が動けば、2人乗り自転車に使う2本のワイヤーを一つのレバーで引くブレーキもあります。

・ペダル→前に進む力を入れる所でもあり、身体を支える部品でもあるペダルですが、足の動きを制御できなくて踏み外しやすい方は、マウンテンバイク用の大きな踏み面のある物に交換したり、トゥクリップやトゥストラップを付けることで踏み外しにくくなります。

スキーのブーツのように、ステップイン/ツィストアウトで着脱できるビンディングペダルを使えばより効率良い移動が可能です。

・サドル→お尻と上半身を支えるサドルには多くの種類があります。ほとんどのサドルは股関節の動きを妨げないように横幅が坐骨よりも狭くて圧力が集中しますし、凸になっているので会陰部を圧迫します。障がいやマヒの状況を見て注意して選びます。あまりに柔らかいと体幹が安定しません。

前立腺肥大者用のサドルは骨盤だけで支持します。坐骨と軟部組織で支えるために会陰と外性器と内股への緩衝はありません。大腿骨の部分は可動式になっており、ペダル操作を妨げません。筆者は2分脊椎症の独歩可能な人や骨盤帯付きの長下肢装具を使う人に利用しています。

・フレーム形状→自転車本体のフレームの形状についても選択肢があります。下肢装具や整形外科靴を履いている場合は、乗降に手間取りますので前から跨(また)ぎやすいフレームをお薦めします。

5 個別事例

1.脳性マヒの自転車には補助輪を付けるか、三輪車がお薦めです。体幹保持のために側方も囲った箱型の椅子を取り付け、ペダルは大きくてベルト押さえが付きます。あくまでも施設内の遊びと訓練用です。

2.握る力が弱い人はコースターブレーキの自転車がお薦めです。

3.脊椎損傷。脊椎の損傷部位により症状は個々により違いがあります。ほとんどの場合、脊椎端にある仙骨に影響があるため排泄障害があります。立位で歩行可能であってもこの部分の影響はとても大切です。通常の先の尖ったサドル形状は内股に外傷を生じ坐骨、恥骨、会陰部に強い圧迫が生じます。そこで、前立腺肥大症用のサドルを用いました。低く握りこめるまっすぐのハンドルを付けて前傾姿勢を保ちやすいサドルと、サドルをハンドルの高さに取り付け、位置を調整しました。サドルの先端とハンドルの引き込みが無くなったためフレームの跨ぎ越しのスペースが生まれ、乗り降りが楽になりました。

足部の感覚が曖昧なために踏み代の広い引っかかりが大きいマウンテンバイクのペダルに交換しました。従来のペダルでは、土踏まずから踵(かかと)で踏んでいたため踏み外していましたが、前後に長くなり安全に踏めるようになりました。マウンテンバイク用のペダルにはピンが埋め込まれていますので、下肢装具を介しても足載せが簡単で漕いでいる間もずれにくいです。

4.長下肢装具。左肢が免荷式長下肢装具で固定されていて、ふだんの歩行もまっすぐに固定されているためにペダル操作はできません。そこで、電動アシスト自転車の左ペダルと左クランクを外し右ペダルだけで操作します。アシスト自転車はペダルが止まるとアシスト力も無くなるので、右足だけで左足の踏み動作、つまり右足の引き上げ動作を行えるようトゥクリップとトゥストラップを装着し、片足で回し続けられるペダルを付けました。

漕げるようになっても内股にある装具の大腿支持カフ+ベルトとサドルの干渉を避けるために先端突出の無いサドル(前立腺肥大者用)を付けました。

6 まとめ

自転車の一般交換部品は他の福祉機器と較べて安価で入手しやすいです。特別にその人に合わせて作らなくても、各部の調整といろいろな工夫(サドル・ハンドル・ブレーキ・ペダル)はほぼ市販品でまかなえます。そのままだと乗れない自転車が、部品の交換で大人でも子どもでも楽しく乗れる「おもちゃ」になります。

自転車はだれでも初めは乗れないものです。だれもが何回もコケて乗れるようになるからこそ、あの爽快感が得られるのです。ぜひ、みなさんも風を感じて、笑顔になれる自由の羽根を身に付けるために自転車乗りにチャレンジしてください。

(まつだやすし 川村義肢株式会社 K-Tech)