音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年9月号

ほんの森

ケースブック 日本の居住貧困
子育て/高齢障がい者/難病患者

早川和男編集代表

評者 中澤正夫

藤原書店
〒162―0041
新宿区早稲田鶴巻町523
定価(本体2,200円+税)
TEL 03―5272―0301
FAX 03―5272―0450

この本は保健師学生が、保健所実習中に取り組んだケースレポート集である。学生はひと月ほどの間に母子や高齢者、障がい者、難病、結核など多岐にわたる分野から数例を選びレポートを作る。当然、先輩が扱っているケースを、指導を受けながら訪問することになる。先輩には手慣れた例でも初めての訪問なので、新鮮な打算のない観察眼で問題点の指摘が行われるのが常である。それだけに価値が高いとも言える。このケース訪問が保健師生活の原点となる人も多い。

この本には368編のケースが載っている。家の間取りまで附(つ)いている例もある。読めば読むほど、保健指導における「現場学」の重要性が分かる。家の狭さやちょっとした段差がどれだけ大変かは、現場に立ってみなければ分からないことを若き学生たちのレポートが雄弁に語っている。「地図は現地ではない」のである。

「現場学」は文字通り「五感」をフルに動かして状況を認知する。自分の城からデータだけを駆使しても正確な認知はできないのである。従って「訪問なき保健指導」はありえない。ケースレポートはすべて現場に立ち、わが国の住環境の劣悪さが如何(いか)に子どもの発達をゆがめ、障がい者の社会参加を阻害し、難病の方々を孤立させているか鋭く指摘している。そういう意味で一般の方々にぜひ読んでいただき、わが国の住宅政策の劣悪さ是正の運動に加わっていただきたいと思う。保健や介護や福祉や建築関係の方々には、日頃の自分の仕事のあり方を見直す契機にしてほしいと思う。

短期訪問であること、個人情報保護のためか、レポートはやや物足りなさが残る。長いこと訪問を続けている私の感覚からすると馴染めない点をあげておきたい。

子どもは成長するし、障がい者も発達する(退化もする)。家族にも介護側にも歴史がある。どういう過程を経て「現在」に至り、「どこへ向かおう」としているのかの考慮が少ない。細かくバリアをあげているが、すべてバリア・フリーな住環境を用意することが、その人の発達を促進することになるだろうか。少し段差があっても家族や関係者と協力して乗り越えていくことがトレーニングにもなり、発達意欲を向上させるコツである。レポートは障がい(者)目線に立ち切っているが、そこに暮らす障がい者個々人・家族の目線を欠いている。

次に、これだけの目を養っている保健師現役組が、どうしたら「住環境改善運動の先頭に立てるか」の示唆がほしい。「死に体」の公衆衛生とはいえ、今回の大震災でも保健師たちはその力をいかんなく発揮しているからである。

(なかざわまさお 代々木病院、精神科医)